第1795話・茶席に込められた思い

Side:久遠一馬


 義統さんと共に参内すると、控えの部屋に入ることもなく庭に案内される。オレは事前に幕臣から概要を聞いているものの、知らない人もいて驚いた顔をしている。


 そう、野点なんだ。今回の茶席は。


 茶席に参加する皆さんは、エルが進言した人以外でも、畠山高政さん、平島公方、朝倉義景さん、あとは近隣でそれなりの家柄の者がいる。近江以東で言えば、信濃の村上義清さん、高梨政頼さん、さらに織田家中に臣従した守護家クラスの皆さんなどがいる。


 名代や使者クラスは同席者がいない。毛利隆元さんや越後の長尾家の使者もまだ京の都に残っているか知らないが、少なくともこの席には呼ばれていない。そこで招くかどうかを区切ったようだった。


 家中だと吉良義安さんとか武田信虎さんとかも参加しているんだけど、前者は驚いていて後者は楽しげな笑みを絶やしていない。このあたりは人生経験が違うからだろうな。



 まず目に入るのは広い庭だ。そこにあるのは、お茶を淹れている場と菓子を並べてある場だ。だけど、なんだろう。なんか見覚えがあるような?


 そのふたつの場の奥におられるのは上皇陛下と帝だ。しかも周囲には近衛さん、広橋さん、山科さんを筆頭に堂上家の皆さんがいる。五摂家の当主が揃っているみたい。


 さらに驚くことに、同じくお二方の後ろに身分のありそうな女性たちがいることだ。典侍ないしのすけ、や宮人みやびと。いわゆる帝の正室か側室の方もおられるのではないだろうか。


 この場には、先に到着して案内された人もいるものの、お茶を淹れる場と菓子を並べてある場の前に不規則に並べられた椅子とテーブルらしき台があり、その後ろのほうに座っている。


 椅子とテーブル。共におそらくは木材で椅子とテーブルのように組み立てていて、その上に畳を載せたもののようだ。椅子とテーブルが都では手に入らないだろうから、同じようなものを用意されたのだろう。


「お好きなところへお座りくだされ」


 案内役の人から引き継いだ山科さんにそう言われると、義統さんが上皇陛下と帝から近いほうの席をいくつか空けつつ真ん中くらいにあるテーブルを選んだ。信秀さんとオレたちは同じテーブルでいいみたい。


「面白き趣向よな。屋台や八屋のようではないか」


 あっ、そうか。どっかで見た感じがあると思ったけど、お祭りの屋台とその席のように見えるんだ。義統さんの言葉で理解したよ。


 明らかにこちらの席側に紅茶を置くような台があって、その向こうでは寺院が炊き出し用に使うような大きな鍋をティーポット代わりにしてお茶を淹れているようだ。


 上皇陛下が自ら淹れつつ、公卿や女官たちが出来上がった紅茶を別の硝子瓶に入れて湯煎で保温しているみたい。でも、あの硝子瓶って、献上品として送った果物の空瓶だね。返ってこないと思ったら、日常で使っていたのか。


 しかも公卿が普通に働いているし。


 エルは細かい報告をシルバーンから受けているだろうから、こういう情報知っているだろうけど。オレは聞いてないんだよね。聞くべき内容と知らないほうがいいことがあるからさ。こういう場だと驚かないと不自然になりかねないし。


「これだけの人数に茶を出すのは、それだけで難しいですわ」


 シンディの言う通りだろう。ただ、それを踏まえて大きな釜をティーポットの代わりにしたようだ。誰のアイデアだろう? 後で聞いてみたい。


 しかし面白いね。次から次へと武士たちがやってくるものの、控えの間もなく案内された先が庭で、しかもみたこともない形式だから驚いて戸惑うのが分かる。


 何人かはこちらに視線を向けるけど、尾張でもこんな茶席はないから、オレたちが教えたんだろうと言われても困る。


 ちなみにシンディが上皇陛下にお教えしたのは、お茶の淹れ方であって作法ではない。もっとも、決まった作法や形を作らないというのが真髄だとは教えてある。


 そういう意味では、この茶席は上皇陛下が自らお考えになって形にしたものなんだ。


 どうなるんだろう。




Side:足利義輝


 仙洞御所に参内すると驚かされる。事前に聞いておることもあるが、あまりに先例にないことをなされておる。


 席次もなく望むところに座れと言われたが、他の者はすでに参内しておるにもかかわらず明らかに席が余っておる。あれは公卿が座る席であろう。それを察したのであろうが、皆が院と帝から離れた席におるわ。


 それよりも公卿が働いておるのはいかなる趣向だ? 殿下でさえも下人の如く薪を運んでおるわ。この茶席は院がすべて差配されておるはず。一馬らが知恵を貸しておらぬというのに。


 まるで尾張のように見える。そうか……。


「集まったようじゃな。大樹から茶を取りに参られよ」


 山科卿の言葉にざわめいた。取りにこいということにではない。院が自ら白磁の碗に紅茶を注ぎ、帝が菓子を並べた台の前におられるのだ。


 オレが参ると、院の御手から直に皿に載っておる茶碗を受け取る。ああ、かようなことよく公卿が許したものだ。いや、異を唱える間も与えなんだのかもしれぬがな。


「お見事でございまする」


「久遠の茶の湯は無形。朕はそれがなにより好ましく思う」


 先例がすべての御身分において、先例なき無形を好まれるのは当然なのかもしれぬな。まして公の場ではなく茶席となると、異を唱える者も減るか。


 御還御以降、ご機嫌を気にする者らも多い。かようなことで院のご機嫌が変わるならばと思うた者もおろうな。


「大樹、いずれでもよい。好む菓子を申せ」


 茶を持ったまま帝の待つ菓子を並べたところに来るが、掛けられたお言葉に思わず笑いだしそうになった。そうか、これは尾張にある屋台だ。


 あの日、帝のためにと清洲城内で屋台を集めた日のようではないか。帝もまた、なんと楽しげなお顔をしておるのか。


「いろいろとございまするな」


「うむ、急なことなれど、よう集めてくれた」


 菓子は川端道喜のちまき、清浄歓喜団に今宮神社のあぶり餅もあるではないか。あとは一馬らが献上した羊羹もある。


「では、某はあぶり餅を頂きとうございまする」


 茶菓子もまた帝の御手から直に頂くか。


 ふふふ、これは面白い。なんと面白きことだ。尾張の日々を忘れておらぬとお示しになられ、公卿が武士の前で働く姿も示してみせた。


 オレと武衛らが近衛殿下と上手くいかなんだことお察しになられたか? いや、それ以上だな。朝廷を変える。その意思を一馬に見せたいのだ。


 お考えになられたな。公卿の考え、我らの考え、院と帝の考え。すべて違う。


 皆、願っておるのは同じ。太平の世ということだけは救いか。




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