第1794話・いざ仙洞御所へ

Side:斯波義統


 朝廷に配慮をするのは、もう止めてもいいのではないか? その思いが今も消えぬ。古より残るとはいえ、世を乱し、己らの利のみを求める姿には尊皇など消え失せるわ。


 古き知恵、それが残す理由か? 朝廷や公卿が仰々しく残す知恵などなくとも、日ノ本は困らぬのではないのか?


 細川晴元のことを呆れておったが、それも今は理解するところが僅かにある。朝廷に力を与えてはならぬのだ。


 一馬らは慈悲深い故に世が乱れるのを嫌う。故に、わしはあえて口にしておらぬがな。帝や院ではない。一馬らを信じるが故に。


 誰も口にせぬが、帝や院が公卿のようにならぬと言い切れぬのではないのか?


 上様も随分と辛抱強くなられた。かようなことがあっても堪えておるのじゃからの。身分ある者は、一度は己の身分から離れた暮らしをしてみるのは良いことなのかもしれぬ。


「皆、揃うたようじゃの。参るか」


「はっ」


 いかんな。ひとりで思案すると良からぬ考えばかり浮かぶ。わしは斯波武衛家当主。弾正以下、臣下と民を守らねばならぬ身。一馬のように導くことは出来ぬ。されど、身を呈して守り、新たな世に連れていかねばならぬ。


 守るべきは従う者と弱き者。これも一馬の考えであるがな。


 今の世が終わるその時まで、わしはそれを続けねばならぬ。




Side:織田信秀


 この中の幾人がこの茶会を喜んでおるのであろうか? 守護様はいつもとお変わらぬ様子なれど、あまりご機嫌が良いとは言えぬはず。


 一馬は言うまでもあるまい。昔からかような場を好まぬ男。近衛公と広橋公は嫌がることを強要したと言える。公卿というのは恐れを知らぬと感心するやら呆れるやら。少なくとも一馬の心証はより悪うなったであろう。


 公卿はいかがなるのであろうか? 一馬は政に己の心証を持ち込むことをよしとせぬが、それでも突き放すことはある。今の朝廷のようにな。


 さらに後の世にて一馬の子孫が、このことをいかに見るか。考えたことがあるのであろうか? 頭を下げることを強要し、望まぬ誉を喜べと仰々しく与える。憂いにならねばよいがな。


 エルとシンディは一馬以上に私心を見せぬ。されど、特にエルは一馬を害する者に対して、内々に秘めた怒りがあるのはわしを含めて僅かな者しか気づいておるまい。


 新たな世の最後の敵は、朝廷なのかもしれぬな。一馬も今のままでは残せぬというくらいだ。承久の乱から幾年月。今一度、朝廷は叩かねばならぬのかもしれぬ。他ならぬ武士であるわしがな。




Side:山科言継


 茶会を前に院は人払いをされた。


「なにごともままならぬものよ。帝と話をして、武衛らを何事もなく帰国させると決めておったのだが」


 やはりかようなことであられたか。


「出来ることは致しておりまする」


 丹波卿には本当に助けられた。他にも大樹の奉行衆や町衆も手を貸してくれた。特に町衆は、院と主上が大樹や武衛らを迎えて茶会をすると知ると喜んだ者も多い。


 荒れた世に疲れ、尾張を妬む者も多いが、これを機に誼を深めて上手くいくことを望む者もいるのだ。故に、この茶会を上手く終わらせねばならぬ。


「公卿とは難しき者らよな。本来の役目も忘れ、官位を巡り争い、気に入らぬと勝手に都を離れてしまう。残った者とて、朕と帝の意に添わぬことも平然とする。これが朝廷とは」


 此度のことだけではないということか。解任された蔵人の処遇もあろう。近衛公らが官位を巡り長年争うておられることも、院は思うところがおありになられるとは……。


 尾張を知り、公卿にも自ら変わることを望まれたのであろうが。変わるということは公卿には難しきこと。


 御内意は察するにあまりあるが、吾にはいかんともしようがない。今は茶会を何事もなく乗り切るしかな。




Side:足利義輝


 未だ近衛殿下からは騒動になりかけたことに対して、内々の謝罪もない。茶会を上手く使うことを選んだことで悪うないと考えたか? 随分と軽んじられたものよな。これが公卿というものだ。その気になればオレとて切り捨てるだろう。


 何故、決める前に話してくれなんだのだ? 本来、守護は将軍の下にある者ら。公家ではないのだ。帝に拝謁するなどという大事は、まず将軍の了承を得るべきであろう。


 今や諸国の諸勢力が勝手に官位を得ておることで、それも構わぬと考えたか? 武衛らもまた己らで朝廷から官位を得ておったが、本来の形に戻そうとしてくれたというのに。


 正室の件、以前から近衛家の娘をと話があったが、止めたほうがいいかもしれぬ。


 此度の一件ではっきりした。近衛家とオレが望むものは別のものだ。公卿を今のまま残せぬ。必ずや後の憂いとなる。


 されど、正室を迎えねば後継の件で騒がれるか。征夷大将軍は最後にするつもりだが、それはまだ言えぬ。いかにするべきか。


 管領代と、武衛らと北畠卿に打ち明けるか。さすがにひとりで決めて動けることではない。


 近衛家との縁は母上だけで十分だな。あの様子だと、オレの権威が戻ると殿下が勝手をするやもしれぬ。




Side:久遠一馬


 急激に動いた事態に、こちらも相応に大変だ。情報収集と情勢分析などはシルバーンで行なっていて、最新情報が入ってくるものの、実際に動く方針はオレたちで決める必要がある。


 ただ、朗報もある。山科さんや丹波さんのおかげで毒殺などの懸念はほぼ消えた。帝もまた蔵人を通じて、公卿におかしなことをする者が出ないようにと密かに釘を刺したことには少し驚いた。


 上皇陛下と帝が連携されていると示すことで、公卿に動ける者はいないだろう。茶席が急なことで悪事を企む時間がないというのももちろんあるけど。


 変えられない朝廷において、上皇陛下が知恵を絞ったのだろう。オレたちとは価値観も住む世界も違うが、それでも親子なんだ。お二方で力を合わせておられる姿には、朝廷の可能性を感じさせられる。


 参加する武士たち、こちらは驚いているようだね。畠山家なんかは法要が終わり帰路の途についていて、もう都にいなかったのに途中で戻ってきた。


 喜んでいるのか、面倒なことと思っているのは分からないけど、少し申し訳ないね。下手すると斯波家が金の力にものを言わせたと思うかもしれない。


 まあ、そのあたりは幕臣がフォローしてくれると思うけど。ほんと、敵味方が史実とまったく違う。もう違和感なんかないけど。


 なるべくおかしなことにならないようにと動いてくれた。一日に何回もオレのところに相談にきていたくらいだ。


 尾張に戻ったら義輝さんにお礼を送ったほうがいいだろうね。



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