第1793話・茶席のゆくえ・そのニ
Side:山科言継
院より茶席の支度を命じられた。院も多くは語られぬが、新たな蔵人らもそこまで信を置いておるわけではないか。さらに言えば、公卿でさえも……。
吾は内匠頭の本領を見た唯一の者であり、それを院以外に一切口外しておらぬことで信を受けておるとお見受けする。
仔細は吾にも分からぬが、院と主上は此度の法要のための上洛において、織田と内匠頭を他と同じく扱うとお決めになられておったのやもしれぬ。
一切のお声掛けもなく、また召し出されることもない。そこに理由があると考えたほうが筋は通る気がする。
「憎しみと因縁深き都か」
内匠頭の心情、吾には分かる。朝廷も公家も寺社も武士も、憎しみと因縁ばかりではないか。吾もそのひとりであるがな。
近衛公とて九条家を筆頭に多くの者と因縁がある。大樹もまた……。
盛り立てる? ただでさえ東夷だ、鄙者だ、成り上がり者だと騒がれておるというのに、今よりさらに朝廷に尽くす義理が尾張にあるのであろうか?
大樹とて今はいい。されど代替わりでもあれば、次の大樹が尾張を討てと命じても驚かぬ。武衛らが西は関わりたくないと言うわけじゃの。
朝廷とて同じであろう。誰ぞ動けば、その者に綸旨を出して尾張の富を奪おうとする。その頃には内匠頭もおらぬかもしれぬからの。
ひとつ気になるのは、内匠頭らがそれを理解しておらぬはずがないということじゃ。
いかがするつもりなのであろうかの? 国を整え豊かにし、兵を揃えて備えるのは分かる。まことにそれだけか?
あの心優しき男が、子や孫に憂いを残すだけのままにしておくか?
「いろいろと騒がしいようですなぁ」
急な茶席ということで思案しつつもあれこれと忙しゅう動いておると、丹波卿が姿を見せた。
「すまぬの。今日は酒も飲めぬ」
「いや、吾もなにか手伝えぬかと思いましてな」
尾張から戻って以来、丹波卿は目立たぬようにしておったというのに。何故じゃ?
「院と主上の御為、丹波家のため。それだけよ」
問うわけではないが返答に迷うておると、自ら心情を口にした。
直に尾張を見て、薬師殿に教えを受けた丹波卿がおかしなことをするなどあり得ぬか。
「すまぬ、手を借りたい」
「ハッハッハ、任されよ。ないとは思うが、おかしな話も聞こえぬわけではないからな」
この大事に豪快に笑えるとは、胆が据わった男よ。しかし皮肉なものよな。長年付き合いのある公家よりも尾張を知る者のほうが信を置けるとは。
内匠頭や薬師殿に認められた丹波卿の力添えは百人力と言うてもよいの。これでなんとか支度が間に合うであろう。
Side:久遠一馬
政治とは難しい。改めて考えさせられる。
「こちらとしてはすべて構いませんよ。ご配慮に感謝致します」
幕臣から茶席について、幾つかの提案を受けたのですべて了承しておく。というか、そもそもオレの許可なんていらないんだけどね。それでも事前に内容を相談してくれる。
オレの扱いが斯波家陪臣じゃなくなっているけど、この乱世だしね。ある程度、臨機応変に動いているようだ。あと日ノ本の外に国があると解釈すると、別におかしくないみたい。
その時々に合わせて解釈を変える。まあ、元の世界でもあったけど、こういう点では政治の本質はあまり変わっていないのかもしれない。
「それはようございました。あとで呼ばれておらぬと騒ぐ者もおりますので」
内容は端的に言えば、呼ばれてないぞと怒りそうな人は呼んではどうかということだ。もちろん急なことであるので、参加出来ない人がいるのは仕方ないけど。上洛していて、まだ京の都に残っている者もいる。
筆頭は畠山家だ。斯波家と細川家から参加して彼だけのけ者にすると面倒になる。しかも畠山家は三好と協調しているしね。現時点では。
無論、若狭の人は名前も出てないけど。彼だけはどうしようもない。
「誉れも恨みも分け合えばいいですからね」
「まったくおっしゃる通りかと」
あまり名門を集めると、オレが嫌がるかと懸念したようだね。ただまあ、幕臣とすると後始末もしないといけないわけで。なるべく面倒にならないようにしたいらしい。
ホッとした顔で帰っていく姿に大変だなと改めて思う。
「茶席は、院が御自ら差配されておるとか」
入れ違いで報告してくれる一益さんの言葉に少し驚く。
上皇陛下。問題の厄介さを理解しているのかな? 分からないけど、これで茶席に対して公式にケチを付けることは誰も出来なくなった。
今はなにより、みんなで懸念の芽をひとつずつ潰していくしかない。
「直接動けないというのも辛いわね」
ヘルミーナは少しもどかしい様子だ。確かにオレたちが動ければもう少し楽なんだけど。政治的な動きをしてしまうと今後に関わる。
オレたちの難しい立場を察して動いている幕臣も多い。今は任せるしかない。
「丹波卿が動いた。毒などの心配はいらないかもしれない」
一方、珍しくケティに文が届いたから何事かと思えば。いろいろと心配して、丹波さんが支度に加わったらしい。
衛生観念とか教えたはずだし、毒の警戒は丹波さんがしてくれるようだ。これも大きいなぁ。
「必要なものとかあったら手配するから、そう返信しておいて」
「分かった」
家の再興をしたばかりだからなぁ。他と比較して、あまりしがらみがない人なんだけど。にしてもここで信頼出来る公家がいるって、本当に助かる。
もう義輝さんの権威を示す茶席にするしかないからなぁ。近衛さんと広橋さんには思うところもあるが、尾張を知るあのふたりに泥を塗ってもこっちに得がない。公家衆が反尾張になんてなったら困るし。
申し訳ないが、上洛すると厄介なことが多過ぎる。ただ、それが世の中だといえばそうなんだけど。
「このまま勢いでやるべきですね。あまり時間をかけて支度をすると、良からぬことを企む者が出かねませんので」
オレたちでコントロール出来ないけど、エルの言うとおりだ。まあ、幕臣もそこは理解している。
急なことだけど茶席を設けようとなったということで、急いでいるんだ。本来なら長い準備期間が要るけど、それだと待っていられない人が多いし。
領国を長く空けると、家臣とか周辺勢力がおかしなことをするところもあるからな。
ほんと近衛さんと広橋さんには申し訳ないが、オレたちが帝や上皇陛下と儀礼的な挨拶以外で話すのは京の都では無理だろう。
それもまた、彼らが作り上げた朝廷であることに変わりはない。
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