第1791話・茶席に向けて

Side:織田信秀


 近衛公と広橋公を理詰めでやり込めてしまうとは……。わしに出来るか? 守護様ならば出来ようが。


 一馬、そなたもまた大きゅうなったな。


「いかにやら広橋公の考えらしい。尾張を見て以降、現状に思うところがあるようでな」


 近衛公らと入れ違いで上様に呼ばれた。今後のことを話さねばならぬからな。同席するのは六角左京大夫殿と北畠の大御所様だ。


 しかし、茶席が尊皇の志からなる動きとなると、余計に厄介かもしれぬ。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」


「よい。公卿に動くなと言うて素直に従うはずもないことよ」


 一馬は上様を筆頭に皆に謝罪するが、気にする者はおらぬようだ。上様のお言葉にもあるが、遅いか早いかの違いであろう。


「この茶席。こちらのために使えませぬか?」


 さて、これからとなるが、口を開いたのは北畠の大御所様の言葉に皆の顔色が変わる。そうくるか。いや、そうするべきなのであろうな。


「余は構わぬが、いかにする? 下手に動くと面倒になるぞ」


 思案する。確かに使われるだけにしておくのは惜しい。されど、公卿と朝廷の厄介さを今知ったばかりだ。ひとつ間違うと大乱になる。


「一馬、エル。なにか策はあるか?」


「お畏れながら、ひとつございます。茶席に細川右京大夫様、三好修理大夫様、古河公方様、北条左京大夫様の同席をお許しになってはいかがでございましょうか」


 一馬は思案しておるが、エルが上様の問いに即答した。さすがと言うべきか? いや、茶席の話があった時から考えておったのだな。常に他者の先を読むのだ。


 にしても、ここでその者らを持ち出すとは……。


「くっ、ははは! 殿下らをあれだけやり込んでおいて、細川と関東への布石をする気か!?」


 上様が目を見開き、上機嫌なご様子で笑われると側近らが驚きの様子を見せた。菊丸としてではなく将軍としてかような顔をするのは珍しいのであろうな。


「誉れは皆に分け与えるべきでございます。さらに上様のお力を示すまたとない機会。もう少し申せば、人が多いほど恨み妬みは軽くなります」


「ふむ、悪うないの。これがいかになるか分からぬが、今より悪うなることはあるまい」


「そうだな。北畠卿の言う通りであろう。あとは、エル。そなたとシンディも同席したらよいのではないか? 余が命じたことにすればいい。そなたらがおれば、おかしなことにはなるまい。いかがだ?」


 一馬も異を唱える様子はない。いずれにせよ、この茶席を乗り切るにはこちらも相応に動かねばならぬ。シンディは院の師でもある。久遠流の茶の湯にするというならば、エル共々出てもおかしゅうあるまい。公の席でないとしたのは近衛公らだからな。


 守護様がわしと一馬とエルの顔を見たが、一馬らも異論はないようだな。こちらとしても手は尽くしたい。今の斯波と織田を支えておるのは一馬とエルなのだ。


「こちらとしては異存ございませぬ」


「よし、決まったな。場は仙洞御所でよかろう。内裏は面倒になる。奉行衆に支度するように申し渡せ」


「ははっ!」


 守護様の返答で決まった。あとはいかになるかか。




Side:久遠一馬


 京の都に来ると、予期しないことが多い。相手があることだ。仕方ないんだけどね。


「やっぱり、こっちのお茶で一騒動あったな」


 武衛陣の自室に戻ると、ようやく一息ける。でもさ、荷が重いよ。公卿の矢面に立つなんて。


 上皇陛下と帝の茶会、それでなにかしら起こる可能性を考えて、シンディも同行したんだけど。ここまで厄介になるとは。


「焦りは募るばかりということでしょう。近衛公であっても」


「そうですわね。ただ、帝と院を前面に出したのは失態だと思いますわ」


 エルとシンディは思いの外、驚いていない。焦りを察していて、なにか起きる可能性が高いからと事前に話していたから警戒はしていたんだけどね。


 ただ、ヘルミーナとケティはあまりいい表情ではない。


「確かに、今までにない動きだね。広橋公の焦り、少し危ういよ」


「綺麗事を言えないと開き直られると面倒」


 広橋さんか。虫型偵察機の情報では、発端が広橋公だというからなぁ。こちらを嵌めようとしたのではなく、あくまでも帝のため。理解はするんだけどね。考え方を変えると、個人の利害とかではなく尊皇のために動いたから危険な人だと言える。


 近衛さんは志だけでなく利害とかきちんと考える人だから、止めてくれても良かったんだけど。近衛さんはこちらのデメリットを軽視しているんだよね。立場も世の中に対する見方もまったく違うので、意思疎通するだけで苦労するだろう。


「毒とか盛られないだろうか?」


 正直、ここまでくるとそっちのことも考慮しないといけない。オレたちに死んでほしい人なんて都にいくらでもいる。今ならば近衛さんと広橋さんにすべてを押し付けてしまえば……。


「近衛公も分かっておられますよ」


 一応、仙洞御所はオーバーテクノロジーでの監視対象なので大丈夫だろうけど。突発的に関係者を脅すなりしてやらせるとかなると、オレたちでも完全に防ぎきれないかもしれない。


 エルは相変わらず冷静だ。ただ、同席する家臣のみんなは毒という言葉に顔が険しくなる。


 シルバーンのバックアップとケティがいるから、よほどのことがない限りはそんな事態はありえないけど。だからといって、この時代の人を過小評価するのは危険だ。


 少なからずオレたちも命懸けの茶席ということだ。


「尾張を敵に回しても殿とお方様を殺めんとする。あり得ることでございますな」


「茶席はオレたちでなんとかする。みんなはあとのことを頼む」


「ははっ!」


 一益さんや太田さんの顔が武士らしい顔になっている。常に争い、疑い、そんな中で生きてきたみんなだ。覚悟は当然ある。


 近衛さんも広橋さんも個人としては嫌いな人じゃないし、尊敬出来るところもあれば学ぶべきところもある人だ。


 ただ、そんな人たちでさえ、立場と利害が違えばこうして対峙しなくてはならない。


 みんな朝廷を残そうとしているんだけどね。方法も目指す先も違うから。


 もっともエルは想定済みなんだろうけど。細川さんや古河公方を巻き込むのは、将来の布石だけではなく、万が一毒殺など考えたら大乱となると示すために人を増やしたんだろう。


 第三者の証人がいるというのはこの時代でも大きいことだ。


 あとは、帝と上皇陛下がこの茶席にどう挑むのか。それはオレたちでもまだ分からないことだ。


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