第1790話・覚悟の違い

Side:エル


 これがこの時代におけるリアルの政治なのでしょうね。


 武士と公卿の争いなどこの時代では珍しいことではありません。朝廷の権威も地に落ち、武士による荘園の横領もよくあること。公卿の権威など無視されることすらある。


 北畠の大御所様の教えは正しい。同じ人と思ってはいけないほど身分が違えば生きる世界が違う。とはいえ、身分と実情が釣り合わない以上、交渉しなくてはならない。


 先程シルバーンから入った情報では、後から知り、止められなかったことを山科卿が悔いているとか。公卿でこちらの価値観を一番理解しているのはあのお方ですね。


 ただ、五摂家である近衛殿下からすると、一々山科卿に話を通す必要はなかった。


 結果として失態と言えなくもありませんが、判断が難しいですね。近衛殿下は自らの責任で動いているのですから。


 世評など考慮しないのも五摂家らしいといえば、そうなのでしょう。ただ、そんな近衛殿下ですが、ご自身の価値観では最大限の配慮をしている。権威と伝統が残された唯一の力の源だというのに、茶席をこちらの作法にするという。


 その譲歩が、どれだけ近衛殿下と広橋公にとって難しく忸怩たる思いか。また後始末も大変になるでしょう。自分たちの文化があり茶の湯もあるというのに、わざわざ余所者の作法で帝と院が御臨席なさる茶席を設ける。都の者たちからすると、この決断は売国と匹敵するようなもの。


 ただ、その配慮が私たちの悪評となり苦しめる。価値観が違い過ぎるといえばそうなのですが、政治とは難しいのだと教えられます。


「主上の御為でもならぬというのか?」


 しばしの沈黙のあと、近衛殿下はさらに踏み込んできました。さすがですね。ひとつ間違えれば騒乱となってしまうというのに。


「はっきりと申し上げたほうがいいですかね。私には僅かばかりの義理はあっても、それ以上に尽くす理由はございません。ご存知かと思っていたのですが」


 司令も変わりましたね。ここで引かず対峙するとは。十年、ギャラクシー・オブ・プラネットの十五年には及びませんが、長い年月が過ぎました。妻を迎え子が生まれ、多くの家臣と民を導く立場となった。


「左様に気にすることあるまい? 茶を飲むだけぞ。愚か者のことなどいかようにでもなるではないか」


「以前にも申し上げたはずでございます。恨まれてまで関わりたくありません。京の都で私たちの流儀で茶席などしたとなると、私たちが傲慢甚だしいと言われます。そもそも私たちは警固固関の儀にて譲位から締め出された身でございます。かような時だけご機嫌伺いをしろと命じられるとは。理に適いません」


 近衛殿下にとって、身分の低い者の世評や噂などは雑音にもならないもの。権威と血筋にて世を固め動かしていた者とすれば当然のことでしょう。その価値を承知しても理解していただくのは難しいのかもしれません。


「あれは形ばかりぞ。そこまで気にすることではない」


「譲位において、意味のないことがあったのでございますか?」


 ふふふ、思わず笑いだしそうになってしまいました。司令は話の主導権を握りましたね。殿下、それは失言でございますよ。


「いや、そうは言うておらぬ。古き世から伝わる儀式。されど、まことに封じておらぬ。それでよいではないか」


「よくありません。莫大な銭を使い、日ノ本のもっとも重要な即位なのですから。それの意味は殿下ご自身がよくご存じのはず。そこからのけ者にされたのです」


 そう、朝廷の行いに過ちがあったとは認められないでしょう。儀式が形式で無駄だったとも。ただ、そうなれば締め出されたという意味がどこまでも重くのしかかる。


 これは戦なのです。朝廷と公卿と私たちの。長きにわたるだろう新時代への戦。使えるものは使わせていただきます。


 譲位、高くつくのは朝廷と私たち、どちらでしょうね。




Side:広橋国光


 恐ろしき男だ。近衛公相手に一歩も引かぬどころか、追い詰めつつある。人のよさげな顔をしておっても王、いや皇帝となる男か。されど……。


「内匠頭、主上と院を助けてはくれぬのか?」


 もとは吾が言い出したこと。責は負わねばならぬ。


「十分尽くしているつもりでございますが。不足だと仰せになるのでございますか?」


 ああ、十分しておろう。されど……。されどな。主上と院はそなたを求めておる。臣下として御内意を以って動かねばならぬのだ。


「主上には心休まる時があまりない。故にせめて茶席でもと思うたのだ。いかにすれば受けてくれる?」


 勝てぬ。ならば恥を晒して不利な立場となっても、吾が内匠頭の存念を聞き出さねばならぬ。いかにしても拒絶するなら致し方あるまい。


 院もまた、武衛らがよいと言うならば構わぬと仰せになられた。今思えば、院のほうが内匠頭の存念を察しておられたのであろう。


「ではひとつ。御身を切る覚悟で変わる気がないのならば、軽はずみなことはお控えください。尾張の日々を忘れて、私が尾張に参る前の朝廷に立ち戻り、あるがままに盛り立てるように伏してお願い申し上げます」


 助けはこれが最後か? それほど吾らを信じられぬと? ……信じられぬのであろうな。


 自らの家を懸けて内匠頭を守らんと、今も睨みを利かせる武衛と弾正。さらに近衛公に兵を挙げることも辞さずと言うてのけた北畠。大樹を擁し尾張と内匠頭の利と立場を守るべく動く六角。いずれと比べても吾と近衛公の覚悟は足りておるとは思えぬ。


 世情が変われば異なる勅を出す朝廷や公卿など信じるほうが無理か。それは細川を筆頭に武士も皆同じ。さらに細川や大内のように世を制するほどの者もおったが、主上に近づけぬようにしていたのは吾ら公卿。


 すべて吾らと先達のツケが回ったというところか。


 されどな、内匠頭。覚悟があったとて変われぬのだ。皆、主上を奉ることはすれど、己の家があってのこと。つまり己の家を懸けてまで成そうとせぬ。


 左様な者ばかりなのだ。いかがすればよいのだ? 吾には兵も銭もないのだ。


 山科卿にでも話をしてみるか。内匠頭も吾のことも理解してくれよう。確かに先に言うておくべきであったな。吾の失態ぞ。



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