第1788話・誰が為の茶席か
Side:足利義輝
急な先触れで近衛殿下がやって来たので、何事かと思えば。茶会とは。
「聞いておりませぬな。主上もまた拝謁を望む者が多くおるはず。武衛らは広がった領国に忙しい身。いつまでも留め置けませぬ。朝廷は東国が荒れてもよいと仰せか?」
近習や奉行衆もおることで少し険しい顔をしてみせると、近習らが顔を青くする。ただ、殿下には通じぬな。
「すまぬ、少し内々の話でな」
素直になられるとこちらも押し通せぬ。致し方ない。管領代を呼んで他の者を下げるか。
「殿下、武衛らを巻き込むのはおやめください。都の諸事は都で。なにかあらば奉行衆を通してくだされ」
人払いをすると殿下にはっきりと言うておく。都合が良い時だけ持ち上げる朝廷に北畠ですら含むものがあるというのに。
「此度はなにもない。主上と武衛らが少し話す場を設けたくての。余人は交えずともよいし、そなたも同席してならばよかろう?」
疑いたくないのだが、殿下は少し焦りておるところもある。他意がないと言い切れぬところがあるのだ。
迷う。管領代になにか知恵はあるか?
「管領代、いかがだ?」
「畏れながら北畠殿の同席もなさるのならばよいかと。上様と北畠殿が揃えば懸念はございますまい」
なるほど。殿下らを相手に引かぬ男だ。北畠卿が同席するならばいいかもしれぬ。
「ならば管領代、そちも同席せよ。譲位では皆、他家より多く励んだ。公でないなら構うまい。殿下それでいかがか?」
「それでよい。武衛らが揃って参内したが、お言葉を賜ることもなくての。主上にせめて茶席でもと思うての」
主上の名を出されると強く言えぬ。されど……。
「目立つことをして恨まれるのは武衛ら故、主上もそれを
主上の御為、まあそれはいい。されど、相も変わらず武衛らへの配慮が足りぬわ。都では東夷が勝手をしておると陰で騒ぐ者が増えておるというのに。かような場を設けたとなれば、また武衛らが力で取り入ったと騒ぐ愚か者が出る。
「吾らとて分かっておる。故に左様なことを騒がぬように命じておる」
甘い。そもそも殿下は、己の荘園だけ守っておると陰口を叩かれる身。なにか命じたところで、また己の利だけ守るのだろうと思われても致し方ないのだがな。
「此度はいいでしょう。されど、これ以上騒ぐようならば、尾張からの献上は某の一存で止めるつもりであると、承知くださいますようお願い申し上げます。何故、恨まれてまで献上を続けさせねばならぬのでございますか」
主上のご機嫌伺いをしたければ、己らでやればいいものを。殿下もやはり公卿ということか。地下家を使うてやることで、こちらから利と道を示したというのに。
主上の御為ならば、尾張に泥を被れというのか?
院があれほど御覚悟を決めて、尾張にご配慮されておるというのに。殿下らはまだ己らでなにひとつ覚悟せずに動こうとする。
これは変えられぬものか?
Side:北畠晴具
「茶会でございまするか」
上様より火急に参上するように命じられた故、いかなることかと思うたが。
「すまぬ。そなたを巻き込んでしまった」
「構いませぬ。某にお任せあれ。ちょうど良い機会でございましょう。北と南に分かれた頃とは違う。左様な姿を見せてもよいかと」
あまりご機嫌がようないらしい。武衛殿らを目立たせぬようにとお心を砕いておられたというのに、唐突に茶会とはの。
「困ったものよ。主上の御為というのは分かる。されど、これでは武衛らが悪う言われるだけではないか」
わしも京の都の公卿とはそこまで親しいわけではない。さりとて漏れ伝わる話では主上と公卿がいまひとつ上手くいっておらぬとか。
院と主上が余人を交えず茶会をするのが気に入らぬというのが根源にあり、己らの目の届かぬことをさせたくないという傲慢甚だしい増長が見え隠れする。
「動くとすると端午の節句かと思うておりましたが。武家はあれを好むことから武衛らを召し出すのはよい口実でございますれば……」
「ああ、それなら内々に辞退してある。弾正と一馬を不慣れな内裏の作法で恥を掻かせたいと考える愚か者が出ぬとも限らぬ」
ふむ、それも茶会になった理由のひとつかもしれぬの。
主上の御為というのは間違いあるまい。されど、武衛殿らが恨まれ妬まれることまで考えておるとは思えぬ。左様なことから争い、戦となることもあるのじゃがの。
「祈りにて世が治まるならば、それもよいがな。殿下を見ておるとそれは難しかろう」
人払いしておるとはいえ、恐ろしきことを口になさる。まあ、それだけわしを信じてくださっておるのであろうがの。
「北と南に分かれておった頃の話を伝え聞く限り、左様でございましょうな」
帝とて、人の子じゃからの。
院は内匠頭と会うたことで祈りが通じたと信じておると漏れ伝わるが、内匠頭と会うた者は、左様に思う者や天啓を得たと思う者が少なからずおる。わしからすると、今更なこととも思える。
しかし、今までは誰も近付けず己らのためだけの帝としておったというのに、世が変わらんとしておるからと外に出して、今度はご機嫌伺いをしろとは。
まあ、それが人というものであろうな。わしも決して悪う言えるほど世のために動いておるわけではない。
「なにかあらば、そなたの一存で好きにして構わぬ。責はすべて余が負う。勅勘を賜ることになってもな」
「ははっ! 畏まりましてございまする」
このお方は……、内匠頭に学んだか。にしても勅勘とは恐れ入る。世を割る覚悟すらあるというのか。近衛公らにはない覚悟よな。
「上様、今しばらくの辛抱かと。地下家をこちらに取り込めば、公卿は手足を少しずつ失うようなもの。絵師殿の策は確と進んでおりまする」
ふふふ、たまらず六角殿が口を開いたか。上様は少し性急に考えるところがあるからな。
「ああ、分かっておる。そうだ。今のうちに聞きたいのだが、若狭より帰参した者は捨て置いてよいのか? 不満だと余のところまで聞こえてくるぞ」
「構いませぬ。奉行衆で抑えまする故に」
槍を持たぬ戦は、今もあるか。武士を使うておった公卿を武士が使う。これは世が変わる先駆けとして相応しかろう。
絵師殿か。幾度も話したことがあるが、恐ろしき
さて、公卿との戦。わしはいずこまで出来るのであろうな。楽しみなことよ。
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