第1787話・参内をするものの
Side:久遠一馬
「こちらの様子を見つつ、顔見せと縁繋ぎに来たのでしょう」
近衛さんに違和感があったので、エルに聞いてみるとそんな答えが返ってきた。同席していた姉小路さんも薄々気付いていたそうだ。オレはまだまだ未熟だなぁ。
「申し訳ないけど、もうこちらからはやれることがないんだよね」
近衛さんからは、今でも文が届くことがある。子供が生まれたという祝いとかとりとめのない話とかだ。あれが欲しいこれが欲しいとか言わないので、文のやり取りは続いているんだよね。
そういう縁繋ぎはさすがだなと思う。
ただ、もうこちらが血を流し恨まれてまで京の都を変える気はないと、伝えちゃったしね。どうするのかと悩み考えている様子はあるんだけど。
味方とも言い切れないけど、敵とならない範囲でどうするのか考えて動こうとしている人だ。
「さて、それじゃ行ってくるよ」
尾張だとちょうどおやつの頃、オレは義統さんと信秀さんと共に参内する。正直、参内を誉れと喜んではいられない。緊張もするし、不安もある。帝からなにか言われると困ったことになるかもしれない。
朝廷と尾張の懸案は、実のところ解決はしていない。特に譲位の際に関所封鎖した件。これは未だに明確な変化が見られないんだ。次に譲位する時は考慮しようと内々に考えていると話が漏れるだけで、謝罪もなければ失態だったと認めることもない。そこまで考えているんだから察しろという感じらしいね。
あと上皇陛下の前蔵人たちの処分、これ上皇陛下が甘いのではないかと内々に不快感を示したようだが、それでも処罰が変わっていない。
元極﨟殿。彼は出家という形で仏門に入り寺社にいるが、今でも変わらずこちらのことを罵っているという情報が伝わっているくらいだ。
何故、そんなことがオレにまで伝わるかというと、今の尾張だとその程度の話はあちこちからもたらされる。そもそも寺社って、ウチのお得意様ばっかりだし。
ちょっと様子が知りたいとお願いすると、表沙汰にしないでほしいという条件でこのくらいなら教えてくれるんだ。
自分たちは違う。困っているが義理で預かっているというスタンスらしい。当人たちの不利にならない情報は割と手に入るんだよね。
もちろん公家の皆さんも、こちらを理解して利を得ようとしているけど。自分たちの失態を公に認めることもないし、身を切るようなことは基本として出来ないようだね。これは個人の意思ではどうしようもないこともある。
蔵人の件は各家の繋がりや伝統、前例などあり、今回だけ厳しく罰しろと言われても決断するには相当な覚悟とリスクが要るんだろう。
図書寮は誰の足も引っ張らずに利になるから進むけどね。あとはまあ予想通りというところか。
内裏への参内。元の世界の皇居を訪問する人の映像をメディア等で見ることがあったが、まさにあんな感じなんだろうなと思った通りだった。決められた作法で動いて拝謁するだけ。
まあ、作法とかないとそれはそれで困るし、いいんだけどね。
帝の様子も尾張にいた時とは違って見えた。言葉が適切か分からないけど、一切の自由もないんだなということを改めて感じた。特別なお言葉もなく、淡々と拝謁をこなすそれだけだ。
正直、伝統や歴史を考慮しないと、ひとりの人を帝という立場に括りつけているように見えてしまう。誰の為の国で、誰の為の帝なんだろうね。
そんな答えの出ないことが頭に浮かんだ。
Side:近衛稙家
武衛らが下がった。なにかお声がけがあるかと思うたが……、なにもないとはいかなる訳であろうか。
主上は、今も吾らに御内意をお示しになられぬところがある。都の外に出られたことで、良きこともそうでなきこともある。これは後者であろうかの。なにひとつ思うままになられぬことを喜んでおられぬ。
かつてはそれで大乱もあったのだとお諫めしたところで、尾張を知り、公卿や寺社の堕落した有様を思うと納得いただけぬところがあって当然か。
「近衛公、少しよいか?」
思案しておると広橋公が声を掛けてきた。
「いかがされた?」
「このままでよいのか少し気になってな。主上と武衛らで茶席でも設けてはと思うてな」
尾張を知ると人は変わる。広橋公もまた変わったものよ。かように主上と世の流れを見ておる男ではなかったというのに。
「それは良いの。なれば、まず院にお伺いを立てたほうがよい。院も考えておられるかもしれぬ。吾も主立った者に言うておく。左様な場があってもよかろう」
茶席か。よい塩梅じゃの。このまま尾張に戻れば、次はいつ上洛するか分からぬ。公の席でなくば主上も喜ばれよう。
あとは大樹にも言うておくか。異を唱えまい。いや、大樹もその場に呼ぶべきか。まあ、そこは大樹と話してみてからか。
にしても……。代々、畿内を重んじてその外は見向きもせなんだ。それが今になって吾らに重くのしかかる。
細川のように吾らを己が権勢に使おうとすらせぬ。それ故、公卿の多くが理解出来ず、理解した時には手遅れとなりつつあるか。
さらに、いかほどの者が気付いておろうか。吾らが理解し変わるより、内匠頭らが吾らを理解し先手を打つということに。
昨日の姉小路卿にしてもそうであろう。飛騨におり京の都と縁遠い男のはずが、吾の思惑を察していた節がある。
人を育てるは吾らもしておること。にもかかわらずこちらは上手くいっておらぬ。
もっとも上手くいっておらぬのは寺社も同じか。己の寺社に参拝に参れと動いておった愚か者もおったが、事実を知った上が慌てて謝罪に出向いておったくらいよ。
おかしなことをすると、久遠物が手に入らなくなると何故思わぬのか。
「天は尾張と共にありか」
ひとりやふたりの英傑程度ならば、御せるのであろうがの。かつての頼朝や尊氏のように。内匠頭がおり大智ら奥方衆がおる。さらに武衛と弾正か。
天の意と離れた朝廷はいかがなるのであろうか?
内匠頭は苛烈な男ではない。自ら潰しにかかるまいが、愚か者が潰れるのを助けることまでは致さぬ気もする。
関白にはよく言い聞かせておかねばならぬな。承久の乱、再びなどとなりかねぬ。
もっとも主上は左様なことを決して望むまいがの。
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