第1786話・次の一歩へ
Side:久遠一馬
無事に法要が終わったものの、義統さんにはあちこちの名代から挨拶をしたいという打診が山積みだ。不要だとも言えないんだよね。これが。信秀さんと共に相応の家の者たちとは会うことになる。
実はオレにもそういう打診があるんだけどね。ただ、基本的には義統さんを通してほしいと言って終わりだ。最近は減ったんだけどね。斯波の陪臣なら会えるんじゃないかと軽い気持ちで打診する人がいる。
ただ、何事も例外があるわけで……。
「わざわざありがとうございます」
断れない人。近衛稙家さんと息子の晴嗣さんが、旬の山菜などをお土産として武衛陣にやってきた。一応、先触れがあったけどね。まあ、お世話になっているし出向くと言われると断れないね。
恐らくだけど、法要が終わるのを待っていたんだろう。今回は法要での上洛だから。
「よい法要であったの。尊氏公も喜んでおろう」
法要の話から、世間話のように京の都の近況を少し教えてくれる。なんか頼み事かなと少し思案するけど、あまり思い浮かばない。
正直、オレが動くと幕臣やら近衛さんたちの仕事が増えるからなぁ。
「うむ、美味い茶であるな」
シンディが紅茶を淹れてお出しすると、晴嗣さんが笑みを見せた。ちなみに彼は史実で前嗣と名を改めるはずが、未だに改めていない。これは推測でしかないが、『晴』の字は先代将軍である義晴さんから頂いたものらしく、義輝さんの権勢が強いことで変えるという決断をしていないんだろう。
同席するのは、エルと姉小路さんもいる。ちょうど手が空いていたらしく同席をお願いしたんだ。都のことだとオレたちだと分からないこともあるしね。
「桔梗殿か。院はそなたの茶の湯を殊の外、気に入られておっての」
「畏れ多いことでございますわ」
稙家さん、尾張に慣れたなと思う。あまり形にこだわらないで会話を好む。シンディにも直に話しかけているくらいだ。
「そういえば、そなたの茶は形を決めぬとか。何故だ?」
「同じ時は二度とございません。その時々にもっとも相応しいと思うものを、心のままに表す。それだけでございますわ」
なんだろう。晴嗣さんが口を開くと、穏やかな顔をしていた稙家さんがほんの僅かだがこちらを窺うようになった気がする。気のせいか?
シンディのというか、尾張の茶の湯が批判されているのは知っているけど。まさかオレたちに変えろとか言わないと思うけど。
上皇陛下に余計なことを教えてとお叱りを受けるならば、今後は余計なことを申しませんと謝るしかない。
「侘び茶とは違うな。それも久遠の知恵か?」
「いえ、当家の茶は本来、誰のためのものでもありません。私たちが楽しむもの。畏れ多き方々にお出しするものではございませんわ」
「なるほど。すべて道理であるな」
あれ? なにかあるのかと思ったけど。あっさり納得して、そのまますっきりした顔で美味しそうに饅頭を食べた。それだけ?
「すまぬの。久遠の茶の湯を知るものは僅かしかおらぬ。極意を学んだのは院くらいであっての。まさか吾らも院に問うわけにもいかぬ」
ああ、そういうことか。その割に稙家さんは少し窺うように見ていた気もするけど。まあいいか。気になることを聞くくらいは誰でもするし。
「形を作らぬことを極意とする。なんと面白きことか。これでは誰も異を唱えられず、争いにもなるまい。見事なものよ」
晴嗣さん、今年二十一歳だったかな? 若いなと思う。好奇心旺盛なのがオレにも分かるんだ。ただ、生まれの良さからの教育を受けているんだろう。核心に迫るものを理解している。
結局、ふたりは世間話に終始して、お昼ご飯を食べて帰った。
えっと、本当にご飯を食べにきたの?
Side:織田信秀
「たまには上洛もするものじゃの」
朝から途切れることなく続いた使者との目通りが終わると、守護様はようやく一息吐かれたようだ。
「尾張は変われども畿内は変わらず。忘れそうになっておったことを思い出させる。京の都にて、諸国の者の挨拶を受けておるとの」
ご機嫌が悪い様子ではない。お疲れかと案じるが、それとも違う。そう、昔を思い出しておられるようだ。
「武士ならば、誰もが一度は夢に見ることかと」
「左様であるな」
かつての夢を思い出す。京の都にて織田の旗を立ててやろうというな。守護様もまた、管領となり世を治めることを夢見たのであろう。
「そなたは昔から強かったの。戦ではない。その心がじゃ。坂井大膳がそなたを終始恐れておったのも分かる」
坂井大膳か。これまた懐かしき名だ。
「世を知らぬ愚か者であったが故に、愚か者は強うございます」
「そうじゃの。互いに愚かであったと思う。されどわしには、そなたほどの強さはあったとは思えぬが。まあ、城の外を知るか知らぬかの差かの」
かもしれぬ。そこまで大きな差があったとは思えぬ。多くの人は変われるのだ。正しき教えを受けて学べばな。
「弾正、悔いてはおらぬか?」
それがなにを意味するものか。分からぬらしい守護様の近習が僅かに思案する顔をした。
「少し悔いておるかもしれませぬな。されど、引くつもりはございませぬ」
新たな世をつくる。斯波と足利では難しいとなると、わしがやらねばなるまい。北畠と六角もおるが、今のままでは難しかろう。すなわち、わしの天命と思うておる。
なにより、一馬にだけはやらせるわけにいかぬ。あ奴には無理なのだ。
「ならばよい。わしも最後まで付き合おう」
世を知れば知るほど、いかに治めることが難しいか分かる。己でやれと言われると御免だと思うのはわしも同じだ。かつて斯波家では管領職を辞退したこともあったとか。その時のことが分からぬものの、誰しもが天下を狙うわけではあるまい。
頼朝公や尊氏公は、いかに思うて世を束ねたのであろうな。久遠の知恵も力もなく世を束ねるなど出来るとは思えぬが。
「弾正、ひとりですべて背負うなよ。それだけは命じておく」
「はっ、ご下命確と承りましてございます」
ふふふ、わしのことなど承知か。このお方も並みの武士ではないな。変わられた。一馬らと会い、共に過ごすことで。
恐らくひとりで世を治めるのは無理なのだ。一馬らの様子を見ておるとな。
天下とは、皆で治めるもの。
そうなのであろう? 一馬よ。
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