第1746話・新年会・その二

Side:久遠一馬


 美味しい料理とお酒があれば宴の雰囲気はいい。


 もちろん表情の硬い人もいるし、素直に楽しめない人もいるだろう。ただ、このあたりは元の世界と同じだからね。正直、オレも仕事であると考えているし。


 公私の区別をどうつけていくのか。悩みの種だ。


「美味しそうだね」


 今日は鰻のかば焼きがメインにある。この時代らしいと言えば鯉の味噌煮もあるね。


 うん、白いご飯によく合う料理だ。武士の皆さんはご飯をよく食べるからなぁ。ウチだと一日三食とおやつがあるし、栄養を考えておかずが複数あるから違うけど。一般的な武士だと、おかずの品数はそこまで多くないことも珍しくない。


「うん。美味しい」


 ケティの宴の楽しみ方は料理とお酒が中心だ。マイペースで黙々と食べて飲む。周りの様子とかあまり関係ない。賢い宴の楽しみ方だなと思う。


 一方のジュリアは周囲との会話を楽しみながらだ。文官が増えていて政治の主流になりつつあるけど、武官や武闘派も当然ながら多く花形とも言える。時代的に仕方ないんだろうけど。未だに武功や力のある者が大きな顔をする傾向にある。


 宴でも騒いで声が大きいのは武官が多いんだ。ジュリアはそこまで騒がないけどね。会話に入っていて中心にいることも珍しくない。


 産休中のセレスは来ておらず、エルやメルティは周囲と会話を楽しみながらの食事といった様子だ。まあ、宴も後半となるとお酒が主となりそれなりに動いて飲むこともあるけどね。


 気になるのは奥羽衆か。彼らは今年も静かだ。新参者だとどうしても仕方ない部分もあるけど、尾張から遠く離れていることもあって、生活風習から言葉の単語やイントネーションとか違うことも多い。


 共通の価値観、言語、イントネーション。ここらはこれから整えていかないといけないことだ。


 それでも尾張だとウチがいるから、皆さん異なる文化や言葉には慣れているんだけど。この時代には使われていない言葉なんかが普通に使われていることも多い。代表的なものだと『費用対効果』という言葉か。


 いくら掛かってどうなるのか。一度考えようという意味でもよく使われる。各地からの陳情や嘆願の中には、面目や悲願ということから費用対効果が絶望的なものも珍しくないし。


 少し話が逸れたが、奥羽衆。なんとかしてあげたいけどねぇ。季代子は彼らが自発的に慣れるまで過剰に構わなくていいというスタンスだ。


 まあ、オレが動くとまた周囲も注目するからね。今日は大人しく見守るくらいにしておこう。




Side:山内盛豊


 また新参者が増えたな。家中では毎年のように増える新参者が珍しくなくなった。


 僅か数年まえには、大殿と戦になるかというほど争うておった我が伊勢守家の事情など知らぬ者が増えた。美濃斎藤家すら一門衆に収まっておるほどだ。そういうものなのかもしれぬがな。


 あの時、殿をお止めして良かったと心から思う。織田家が尾張を統べて日ノ本を飲み込もうとするなど、誰も思わなんだはずだ。


 内匠頭殿と奥方衆は今更だ。かの者らが我らより優れておるのはすぐに分かったことだ。驚くべきは守護様を筆頭に大殿や織田一族、従えた者たちの変わり様だ。


 所領を捨て、各々で勝手に争うことも捨てた。新たな治世とやり方を皆が理解しており、かつてと別人かと思うほど変わったのだ。


「猪之助殿、ささ、一献」


「これはかたじけない」


 盃に注がれた透き通った酒でさえ、感慨深いものに感じる。畿内では未だに高値で手に入らぬと騒ぐ金色酒や清酒だが、領内では主な者ならば飲めるものだ。民でさえ婚礼の祝いなどには、金色酒や清酒を僅かでも飲む者がおると聞き及ぶ。


 変わることを上から下まで皆が望む。いや、望むように変えたということか。


 にもかかわらず内匠頭殿だけは初めて会うた時から変わらぬ。役目で会うことも多いが、今でも困った時は悩み皆と話しておる。


「奥羽衆は戸惑うておりまするな」


「いつものことであろう。我らは冷遇するほど暇ではない」


「確かに」


 同じ古参の尾張者同士、新参者を見て笑うてしまう。いかに考えておるか手に取るように分かる。されど、あの者らが考えるようなことはあり得ぬ。


 土地の広さでいえば抜きん出ておった南部家ですら、一族一門を各々で臣従をさせるという形を取った以外は罰らしい罰を与えておらぬ。なんということはない。潰して冷遇するなど無理だと内匠頭殿が言うておったほどだ。


 正しくは、所領を認めて治めさせるだけならば出来ることかもしれぬ。されど、遥か東の地を変えるには力と才ある者は使うていかねばならぬ。


 かつて内匠頭殿が始めた山の村は、今の領内において大きな実りとなっておる。


 炭焼きの技により良質な炭を各地で作れるようになり、山の木々を守るべく励んでおる。また絹綿しか出来なんだ養蚕も、生糸を紡いで布を織れるようになった。今後はそれを広げていくべく、手を尽くしておるのだ。


 あと十年、いや二十年か。なんとか今のまま変わることが出来れば……。


 まことに二度と荒れた世にならぬように出来るかもしれぬ。


 そのために、まだまだ励まねばならぬ。




Side:林秀貞


 ふと昔が懐かしくなる。大殿がまだ古渡におられた頃だ。


 皆が今の世を喜び、よりよき世をと口にするが、わしはあの頃も嫌いではなかった。目の届く所領を治め、田畑を耕しておれば良かったのだからな。


 飯はあの頃と比べようもないほど美味くなったがな。


 わしは逓信奉行を仰せつかり、忙しき日々だ。広がる所領を治めるための要と言える役目。わしのような年寄りでなくとも適任な者はおるであろうに。


「新五郎、いかがした?」


「いえ、昔のことを少し思い出しておっただけでございまする」


 ふと箸が止まったわしに若殿からお声がけがあった。このお方も変わられたな。あれほどわしを疎んでおったというのに。今は少し様子が違うと案じるようにお声がけがある。


 このお方を廃しようとしたなど、わしと弟が間違うておったのだと思い知らされる。


「過ぎたることか。忘れたほうが良いこともあれば、残すべきこともある。難しきことよな」


 あえてそれ以上問われなんだことが、このお方なのだ。


 真に恐れるべきは武勇に秀でた者ではあらず。人を変え、世を変えてしまう者。


 運がいいと言うべきか、悪いと言うべきか。


 分からぬ。分からぬが、凡たる身に生まれた者としてはあるがまま生きるしか出来ぬ。


 それだけは世の常であり、変わることはあるまい。




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