第1747話・大評定

Side:久遠一馬


 新年会から一日間を空けて大評定となる。


 今年は織田家中の体制に関しては、去年ほど大きな変化はない。保険・教導・投資。去年新たに始めたことに関する報告がメインかもしれない。


 保険と投資はウチが調整しているけど、概ね好評だ。


 船舶保険に関しては、すでに久遠船でも沈んだ船がある。これ海上輸送が劇的に増えていることと、現行の技術水準では仕方ないことだ。保険があることで海上輸送と商業が安定すると考えると順調だろう。


 投資の方は、今後は費用対効果や技術的な難易度を公開する方向で検討しているとの説明になる。面目とか特定の勢力の権威のためとか、歴史的な意味などで投資を求める人もいるけど、重要なのは全体として考えることだ。これは皆さんで今後考えてほしいんだ。


 教導。これはジュリアやセレスが関わっているけど、オレはあんまり関わってないんだよね。織田大和守家の元家老だった河尻さん。彼がジュリアの下で文官仕事をしてまとめてくれていることも理由だ。


 ああ、新規事業ではないものの、銀行に新たに業務を増やすことになった。為替業務の商人への開放。これ前々から導入を求める声があったんだよね。


 銀行業務、今のところウチが監督し調整しないと出来ないことや、領内の商いの様子を見つつ保留していたんだけど。尾張・美濃あたりは商人のモラルもだいぶ良くなってきたし、また経済の発展もあって必要に迫られたのも理由だけど。


 今までは商人同士や商人への支払いに関して、銀行内で口座から口座に移す形を認めていなかったが今年からそれを解禁する。


 商人への貸付業務は引き続き見合わせることになったけどね。こちらは寺社との兼ね合いが少しまだ残っている。


 織田家家臣に関しては、すでに織田家による貸し付けにて為替を用いており、借入金の返済などで上手く利用出来たこともある。


 それと北畠家と六角家が織田銀行に口座を作り、為替業務を利用することも発表された。これは昨年の武芸大会における資金提供の返礼の一部という名目になる。


 北畠向けとしては伊勢大湊の銀行支店での取引担当することになり、六角家向けには美濃大垣にある支店での取引となる。


 まあ、大半の皆さんは、それがどうなるんだとチンプンカンプンだろう。両家との取り引きが銀行決済出来ることで円滑化するという名目だ。実際には非公式の目的である両家からの悪銭鐚銭回収がメインになるだろうけど。これは公表しない。


 両家ともに懸案だった所領の問題に手を付けると覚悟を決めたことで、その支援も必要だという事情もある。所領の俸禄化がそのまま利益になるわけじゃないからね。家臣に払う俸禄は良銭が望ましいんだ。


 あと大評定では新領地である奥羽に関しても説明がある。気候風土から現状と今後の方針など、大まかな説明がある。これは代官となっている季代子がする。


 ちなみに各領国において代官は文官のトップであり、警備兵・武官・火消し隊は指揮命令系統として代官の部下ではなく独立した組織にしてある。このあたりは権力の集中を避けるという意味もあるし、一緒にすると代官の業務が恐ろしいことになるのを避けるためでもある。


 なので、それぞれ奥羽警備奉行・奥羽武官大将・奥羽火消し奉行がそれぞれの立場から報告も予定されている。


 奥羽はなにより、ウチの私有領地ではないという形を大切にして皆さんに理解してもらう必要がある。ウチだけ特別扱いはしていないと示すんだ。


 海外領地や蝦夷を領有している時点で別格になるのは仕方ないけどね。日ノ本の中では同じルールで従うということだ。




Side:浪岡具統


 随分と難しきことをしておるわ。古の律令を今の世に合わせたと聞き及んでおるが、これを成しただけで久遠の格が違うことが分かる。


 蝦夷を制してその先も所領としておるとか。最早、武士とは呼べぬわ。己が力で国を営む者。王を称しておらぬのがおかしいとすら思える。


 ただ、織田の治世が久遠の力で治めておらぬことは面白きことよ。武衛家を頂に据えて織田が治め、久遠が支えておる。むしろ、久遠が勝手を出来ぬような体制ではあるまいか? これは久遠が素案を出して決めておるという。


 久遠は自らの枷を嵌めておるのか? 自らを律するといえば納得もいくが……。


 久遠内匠頭一馬。仏の使いであると、まことに信じる者が家中にすらおるとか。無学な民ではない。確とした武士が、俗世の者を心から仏の使いと信じるとは恐ろしいとすら思う。


 正直、安堵した。降る時を間違うと、わしですら浅利の二の舞いであったのかもしれぬ。戦どころではない。政でも勝てぬのだ。


 尾張に来て挨拶をしたが、妻を頼むと深々と頭を下げて頼まれた。人に頭を下げられてあれほど恐ろしいと感じたのは初めてかもしれぬ。


 わしは奥羽に戻ることになっておる。尾張か奥羽か、内々にいずれがよいか選んでよいと打診もあったが、季代子殿に奥羽にて共に働いてほしいと頼まれたこともある。南部を降らせたことの功が思うた以上に高かったということであろうな。


 地の利はあるに越したことはない。それに斯波家、織田家、久遠家に働きを見せるには奥羽の地が良かろう。


 少なくとも奥州は斯波の名の下で織田が平らげることは避けられまい。春に降って以降客将としてではあるが、仕えておったのだ。そのくらいは分かる。


 あとは頼朝公ゆかりの地である関東だ。聞き及ぶところによると斯波と織田は公方様の下で動いておるとのことだが、あの地は公方様でさえ逆らうこともある。


 とはいえだ。北条が織田と半ば同盟を築いておるという。古河公方は北条方であったはず。関東管領は越後で上野奪還を狙うておるようじゃが……。


 織田の評定を聞いておれば分かる。この国は最早、世を根底から変える気だ。戦の勝ち負けでは覆せぬようにの。


 恐ろしきことじゃが、同時に面白うて笑みをこぼしてしまいそうになる。戦が多い西の地にて、あまり戦をしたことがないわしが戦で功を稼ぐというのは無理がある。されど、政ならばなんとかなりそうじゃ。


 運が向いてきたのかもしれぬ。


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