第1745話・新年会
Side:久遠一馬
今日は、織田家の新年会の日だ。
日程変更の評判は概ね上々らしい。故郷や生まれ育ったところで新年を迎えたいという人もいれば、昔から決まっていることだから、主家に挨拶に行くべきだという意見もある。今後も試行錯誤をしていくことになるだろう。
主要な織田家直臣は来ている。奥羽や、寺社関係者は代理の者もいるけどね。来ていないのは今川家だけど、嫡男の氏真さんと母親の寿桂尼さんが出席する。
「治部大輔殿の覚悟も見事よな。さすがは父上を苦しめた今川と言えよう」
新年会の前に義統さんに挨拶に来た。少し打ち合わせすることもあってね。話は今川家のことだ。
義元さん、来ていないのには訳がある。明日には大評定があるので当人も来る気だったけど、駿河・遠江にて、義元さんに謀叛を促すようなことを言った人たちの対処のためもあって駿河に残っており、代理として寿桂尼さんが来ている。
これに関しては役目による欠席で信秀さんの判断でもある。オレとしても欠席するという事例を早く作りたいという思惑もあって勧めたけどね。
「少し哀れな気も致しまするな。本気の者は多くおりますまい」
この件、信秀さんはそこまで怒っていないんだよね。仕方のない連中だと笑ったくらいだ。リップサービスというのは少し軽すぎるけど、義元さんに取り入りたい。あわよくば織田に痛手を与えて、自分たちの商いと実権を取り戻したいという夢物語を願う寺社や商人がちょっと騒いだだけらしいんだ。
ウチでも調べてみたけど、具体的な謀叛を企んでいる人はいないっぽい。
「口の上手い愚か者か。それが懸念になる前に潰したいのであろう。わしは理解する。そなたと一馬を怒らせる懸念など始末して当然よ。無論、今は懸念にはなるまい。だが、いずれかならず騒ぐぞ。名門というのは、左様なところに気を付けておるものよ」
そこまで怖いのかぁ。ちゃんと話して解決するようにしているのに。
ただ意外なことに、義統さんは義元さんに賛同した結果、彼らの掃討をすることになったんだ。
「私はどちらでも構いませんが、寺社奉行と今川の方々が随分と頭を下げて成したことを潰そうとしましたので……」
正直、この程度の反乱予備軍なんていくらでもいる。オレと信秀さんは見なかったことにしてもいいという意見だ。
寺社奉行のふたりも表沙汰にするなら面目が関わるものの、内々に処理するなら仕方ないといった感じだ。この報告を受けて少し話をした際には、ため息をもらしていたくらいだし。
最終的に代官としての義元さんの意見を受け入れることになった。言い方が適切か分からないけど、大勢に影響ないし。オレは本当にどっちでもいい。
まあ、雪斎さんなら同じく潰しただろうね。今が大切な時だ。家中の引き締めのためにも見せしめがいると考える気がする。
さて、血生臭い話はまた今度だ。今日は楽しい新年会だからね。それを楽しむのも仕事だ。
Side:寿桂尼
尾張での新年もなかなか良いものですね。賑やかで昨日の烏賊のぼり大会など、壮観なものでした。
「我らはまだ御屋形様のお覚悟を理解しておらなんだのでございましょうな。かようなことになった失態はすべて留守を任されておった某の責であるというのに……」
「左京進殿が責めを負うことではありません。現に家臣で同じような愚を犯した者が出なんだことは手柄と言えましょう」
ただ、共に尾張に参っている岡部左京進親綱殿は未だにあの件で責を感じておる様子。
「されど……」
「寺社と武士は違うのだと考えることは、間違いではありません。織田の大殿もそれを認めると言うておられます。家臣でもない愚か者の責を負うなど不要。この件は守護様を筆頭に織田家の総意なのです」
今川家として責を負うべきか。織田の大殿の御裁定はすでに出ています。懸念は幾度も軽んじられた内匠頭殿でしたが、この件においてはなにも求めておられぬ様子。むしろ自害などで責を負うのは控えるべきだという話が内々にありました。
「忠義は生きて尽くせとは、内匠頭殿の言葉だそうです。織田家ではそれを大事としておるとのこと。この先もそなたには励んでもらわねばなりません」
「……畏まりましてございます」
恐ろしい国です。尾張とは。かつての因縁も仇もすべて飲み込み大きくなる。今年は奥羽の南部すら従えてしまった。雪斎殿が命を懸けてなした臣従がなくば、今川家とていかになっておったのやら。
「さて、宴の刻限です。参りましょうか。彦五郎を頼みます」
「はっ」
私は女衆の宴に出ねばなりません。若い彦五郎は少し案じてしまいますが、左京進殿がいるのならば懸念はありません。
Side:戸沢道盛
まさか城も所領も失うとはな。先行きを案じて女子供は泣き続け、年寄りは死んでこいと叱責した。
されど、織田では死ぬことすら許されなんだ。
「殿、左様な顔をされては……」
「分かっておる」
正直、今も城に戻り所領を治めて暮らしたい。それだけでよいのだ。一戦交えて意地を見せ、謝罪すれば済むと思うた。
無論、浅利のようにすべてを失い日ノ本から追放されるよりはいいがな。
あり得ると思うか? 代々所領を治めることで生きておるというのに、その所領を認めぬなどと。何故、皆従うのだ? 訳が分からぬわ。安東が斯波に臣従したという話すら謀かと思うたほどよ。
とはいえだ。いつまでも悲観しておれぬ。家臣に促されて気を引き締め、新年の宴の席に赴く。
南部殿が当家の処遇について口添えをしてくれたのだ。下手なことをすると南部殿の面目を潰してしまう。
それにもう所領はないのだ。意地を張ることすら出来ぬ身分となった。それだけのことよ。死ねと命じられたら死ぬしかない左様な身だ。
上座が遠くに見える。端の席だ。誰も気にも留めまい。今のわしにはむしろ幸いと言えるな。目立つことなど望まぬ。
尾張にて教えられた話では、おかしな扱いは受けぬ。暮らしも良うなると聞いたが、わしは正直、信じておらぬ。奥羽とも尾張とも違う、遠く離れた地に送られて、生涯日の目が当たらぬままにされるはずだ。
それでも、一族のため、なんとか食らいついていくしかない。恥もなにも捨ててでもな。
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