第1739話・新年・その二

Side:六角義賢


 上様を迎えての年始。年々、盛大なものになっておる。


 支度だけでも一苦労だが、必要な品の大半は尾張から買うておる。まあ、織田家と久遠家による配慮が過分にある商いであるがな。織田領内と同じ値にて、他に先んじて売ってくれておるのだ。


 上様がおられるのだから当然だと思う愚か者もはしたにはおろうが、すでに尾張との力の差は対等な立場を維持するのに苦労するほど。


 更には、あまりに粗悪で使えぬほどの鐚銭や悪銭を武芸大会に提供させて本来の額面通りに受け取り、後々に形を変え本来の価値以上の返礼をするなど誰が考えようか。これは書状や覚書にも銭の質など書かれておらぬから、家中でも知らぬ者が多い。


 すべては日ノ本の安寧のためだ。無論、斯波と織田にも利はあることであろうが、それを加味しても恐ろしいほどよ。


 家中には実際に尾張に赴き、織田の力を理解する者も多い。そこに京の都の者らが栄える尾張への不満を口にしてこちらまで聞こえてくると、西と東を比べて世の流れを理解する者も増えておる。


 西の者は東国が栄えることを望まぬ。頼朝公の故事もある。古くから近江より東は鄙の地やら東夷と蔑み、己らの都合がいいように使うことしか考えぬ。


 ところがだ。頼朝公が鎌倉で政を始めて以来、足利家も東国の出であり、織田と斯波もまた東国から日ノ本を制そうとしておる。すべては天の意思ではと思えるほどよ。


「ほう、左様であったか。尾張者が久遠に習うと言うて憚らぬことも当然かもしれぬの」


 少し考え事をしておると、蒲生下野守が昨年久遠家本領に行った話を皆に伝えていた。


 近頃では、家中の者ですら習うべきは久遠であると隠さなくなりつつある。宿老ともなると、内々に相談することもあるほど。


 伊勢亀山におる久遠家の奥方らには、外に漏らせぬ相談までしておるのだ。


 座しておるばかりでは力の差は開く一方なのだ。最早、恥やら体裁やらと言うておる場合ではない。


 わしと宿老は、一族、まずは親子から所領を分けることを止めてまとめ、俸禄にすることにした。年始の評定でそれを皆に明言するつもりだ。年始としたのは北畠と合わせたのだ。隠してあるわけでもないので家中では知る者も多いが、公の席で明かす時期は同じくした。


 力の差が明確な織田は仕方ないにしても、北畠と当家が支える形はなるべく変えるべきではない。それは近江・尾張・伊勢に関わる皆が一致したことだ。


 西を軽んじてはならぬ。今は争うべき時ではないからな。なんとも難しきことよ。




Side:北畠具教


 奥羽は浪岡家の者らを迎えての年始か。


 遥か東の果てと思うておった一門衆と共に新年を迎える。これも世が変わるひとつと言えるのであろうな。


 雪もほとんど降らず、奥羽と比べると過ごしやすいようだ。されど、霧山は尾張と比べると賑わいがあるわけでもなく、力の差を如実に感じよう。


 新年を迎える料理や酒にしても、清洲城と同じとは言わぬものの、あまりに違いがあるとこちらの面目が立たぬ。


 情けないものだな。配慮をしてもらわねば対等でおられぬとは。これでは公家衆と変わらぬではないか。無論、尾張にとっても同盟が必要なのは理解しておるが。


「フハハハハハ」


 ご機嫌なのは父上か。変わられたな。


 昔ならば京の都の公卿を相手に強く出るなどあり得なんだというのに。武衛殿が左様な役目を好まぬこともあろうが、自ら憎まれてもよいと矢面に立っておられる。


 北畠はそれ故、斯波と織田、そして久遠の信を得ておるのだ。特に一馬と奥方衆の信があるのがなによりも大きい。


「若。ささ、一献」


「うむ」


 倅は相も変わらず武芸を好まぬ。太っておることで家臣らからも陰で軽んじられておるというのに。


 ただ、アーシャからは少し先を見てやってはと言われておる。学問はもとより悪うなかった故に理解するが、気になるのは父上が大根の漬物を気に入り作らせて以降、料理について興味を持っておることか。


 少し世を見せたいと、幾度か父上のところから那古野の学校にも行かせておるが、向こうでも料理について学びたいと言うておったとか。


 エルの例もある。止めろとは言わぬが、北畠家を継ぐに必要なことを先んじて学んでもらわねば困る。


 まあ、倅が家督を継ぐ頃には、武芸や用兵よりも学問と政を重んじる必要があるのは明白だ。父上もそれを承知で学校に行かせておるのだ。当人がもう少し励むことを待つしかないか。


 しかし、こうして家督を継いで親の立場となると、かつて父上が言うておられたことを思い出す。武芸を極めんと勝手に修業しに出てしまったことなど、申し訳なく思うわ。


 わしも今少し孝行するか。勝手ばかりしたからな。




Side:北条氏康


 穏やかな年始だ。西が変わりつつあると皆も理解しておるが、それでも積み上げた友誼があることで安堵するところが大きい。


 伊豆も織田農園などで変わりつつあるが、先に久遠に譲った伊豆諸島の変わり様を知ることで冷静に受け止めておる者が多い。


 時が過ぎるに従い、あそこを譲ったことが重くなる。叔父上の先見の明は凄まじいな。


 ああ、叔父上が久遠殿に懸念を示された件はすぐに進めた。各地の城や早雲寺などにおいて、米と雑穀を出来得る限り貯めておくことにした。家中の者ですら久遠殿の懸念と言うと軽く見る者はおらぬ。


 実のところ、言われずとも分かることだ。関東に限らず飢えると戦となる。常日頃から戦にならぬように努める御仁だ。当然の懸念であろうな。


 もっとも、尾張と比べると豊かとは言えぬ地だ。米も雑穀も量を確保するのが楽ではないがな。


「父上、おいしゅうございますね」


 元日であるこの日は、尾張料理を主としたおせち料理を用意してある。料理番の者も自ら研鑽を積み、料理は変わっており、新九郎らもその味に喜んでおるな。


 未だ尾張には敵わぬのは明白なれど、習うばかりではない。自ら新しき知恵や技を求めることこそ、久遠より教えられた生きる知恵だ。


 家中にもそれが伝わりつつあり、世の移り変わりを感じさせる。


 奥羽では南部が臣従したという。鄙の地とさえ言われるが、それでも広大な所領があった南部でさえ一年ほどで従えてしまった。


 間違いない。斯波と織田は東国をまとめるつもりだ。これ以上の所領など望まぬのも本心なれど、今のままではいずれ争いとなり戦となる。武衛殿、弾正殿、内匠頭殿がおる今だからこそ、確固たる新たな世を築かねばならぬはずだ。


 もっとも北条は、その前に領内を整えて織田との格差を減らすことが肝要だがな。


 国を富ませ、皆で飢えぬようにする。祖父宗瑞公が生きておられたら、なんと言うたであろうか。


 宗瑞公ならば、もっと上手くやれたのであろうな。それだけは口惜しいわ。



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