永禄三年(1557年)

第1738話・新年

Side:久遠一馬


 永禄三年、元旦だ。


 一昨年と去年は、行啓・御幸とオレたちの知る歴史とかけ離れた出来事が多かっただけに、今年は少し穏やかな一年であってほしい。


 織田領も広がったことで統治の難しさは増していて、領内の格差が深刻な問題となりつつあるけど。織田家の皆さんは、まだそこまで危機感がない。領国が違えば、別世界と言ってもいいほど余所のことだという認識がこの時代にあるからだろう。


 属領・属国と、本領・本国が同じという価値観があまりない。無論、飢えないようにしようという方針は共通するものだ。とはいえ、尾張の豊かさをすべてに広げようとまで考えている人は多くない。


 さらに目を外に向けると、こちらもまた問題は山積みだ。


 領地で言えば、西は六角・北畠、東は北条と友好関係のある相手がいるので、なし崩し的に東西に領国が広がることはないだろう。ただ、伊賀あたりはいつまで現状維持出来るか怪しいところになる。


 北信濃は経済的な配慮で当分現状維持に出来るだろうし、越中あたりは飛騨が未だ貧しいので大きな影響はないだろう。もともと飛騨よりも越後や日本海の影響がある地域だからね。


 伊賀は一国をまとめている勢力がなく、六角・北畠に近い者たちとそれ以外の者たちで分かれているんだ。さらにウチの影響があそこにはあるからね。何年も前から契約して、各地に派遣している。


 甲賀が変わった影響がどこまで出るのか。すでに以前よりも国を捨てる者が増えているのが現状だ。伊賀はまとめる者がいるものの、国を捨てても生きていける織田領が近場にあることから、まとまりが弱くなっている。


 まあ、土地を捨てて空いた田畑には別の者が入るので、崩壊するほどではないけど。当然ながら余所より忠誠心があるわけでもないので、より豊かな地で生きていけるという史実にない状況に変わらざるを得なくなると見ている。


 それが今年なのか数年後なのか分からないけどね。ああ、伊賀の問題は北畠・六角と話し合いをしている。


 正直、北畠も六角もあの地にそこまで拘りはない。両家は新しい統治への移行で忙しいし、時には臣従、時には独立なんていう地域の面倒まで見ている余裕がない。


 とはいえだ。伊賀の者からすると、裕福な強国から離れたくはないよね。だからと言って素直に従うこともしないけど。


 奥羽から関東にかけても、奥羽領有の影響が出てくるのはこれからだろう。統一までは油断が出来ない。


 とはいえ、正月くらいはみんなでのんびりと過ごしたい。




Side:エル


 朝から賑やかですね。


 朝食はおせち料理を用意していますが、お雑煮など用意してくれたのは猶子となる子とその妻たちです。早い子は孤児院内で伴侶を決めていて、元服と同時に婚姻を挙げた子もいますから。


 他にも、何人かの子たちは結婚したい相手が出来たと、年末に報告と許しを貰った子もいます。


 司令が驚いていましたね。自身の同じ歳と比べて、みんなしっかりしていると。


「おお、上手いの」


 最年長は宗滴殿です。子供たちの相手をしている姿は、優しいおじいちゃんにしか見えませんね。孤児院の子たちが楽器での演奏を披露するのを楽しげに見ています。


 元服した子たちは、もう子供と言えませんね。幼い頃の印象も残っており、まだ子供にも思えますが、元服した以上は大人として扱うべきでしょう。少し寂しくも感じます。


 この子たちも家庭を持ち、子を産み育てていく。数年後には子供を見せに来てくれるはず。私たちの子育てや料理、風習がこの子たちに受け継がれていく。それがなんだか嬉しくあります。


「エル様! いっしょにあそびましょう!」


「ええ、いいわよ」


 双六を遊んでいた子たちを眺めていると誘われました。少し羨ましげに見ていたのかもしれませんね。せっかくですから一緒に楽しみましょうか。


 権威も序列もない。本当にみんなが自由に楽しむ。そんな正月があってもいいと思います。


 はしゃぎすぎて怪我とかしないかとハラハラすることはありますけどね。それもまた親としての幸せでしょう。


 今年もいい一年になりますように。




Side:織田信秀


 子も増えたが、孫も増えたな。歳をとるわけだ。


 昔は乳母や傅役が行儀作法を気にして大人しくさせておったが、それも過度なものは止めさせた。一馬のところの子育てに倣ったものだ。


 親子兄弟、血を分けた者でさえ争う。いや、血を分けたからこそ争うのかもしれぬ。それが間違っておったのか、わしには分からぬ。


 一馬は血を分けた者が争うのを嫌うが、あれは奪わずとも共に生きられる力がある故に出来ることでもある。


 三郎が一馬を召し抱えて今年で十年。わしにも朧気ながら争わぬ世が見え始めた。


 親と子は同じ時を過ごすことで親となり子となる。一馬らの考えだ。それは血を分けた者が争わぬための礎でもあると思うておる。


 なにが正しいかなど知らぬし、興味もない。争い、勝った者が世を治めることが正しいのかもしれぬし、それが間違いなのかもしれぬ。


 ただ、わしは日ノ本を変えてしまい、くだらぬ争いのない世にしてしまうと決めたのだ。


 子や孫、いずれ生まれてくるその子らのためにな。


 たとえ、神仏や帝と戦うことになってもな。


「じーじ?」


 ふと気づくと、吉法師が目の前でわしを見ていた。


「吉法師も大きゅうなったな」


「はい!」


 抱きかかえてやると嬉しそうに笑みを見せた。


 頻繁に一馬の屋敷に行くからか、吉法師もまた武士の子とは違う育ち方をしておる。故に先が楽しみで仕方ない。


 身分の前に人として育ってほしい。一馬の子の育て方にわしは共感し感心したものだ。


「父上、他の皆も構ってあげてください」


 ふふふ、吉法師を抱きかかえて相手をしておると、市に苦言を言われてしもうたわ。確かに、幼い子や孫らが少し羨ましげに見ておるな。


 身分があり、序列がある。扱いが違うのは当然であったが、今はそれも過度に変えるのを止めた。


「そうだな。さあ、皆も来い」


 パッと笑みを見せて駆け寄る、子や孫らがなんとも良いものだ。難しいことは分からぬ。されど、皆に慕われ困ったように実の子や孤児らを抱きかかえる一馬が、わしは羨ましかったのだ。


 子や孫に恐れられる形式などいらぬ。


 今日はとことん相手をしてやるか。それがいい。



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