第1740話・新年の変化
Side:久遠一馬
例年ならば、二日は織田家の新年会になる。ただ、今年は日程を変更した。
尾張半国に満たない頃からの日程だったけど、領地が広がったことで遠方の家臣が増えたことが理由だ。織田家の新年会には出るものの、年末年始は故郷で過ごしたいという意見が上申されないままで燻っていた。
忠義を疑われたくないので誰も上申も出来ないまま、数年あった意見のようだ。
領地を放棄して城も大半が手放しているものの、故郷への愛着はあるんだ。屋敷を故郷に構えている人は未だに多い。
これ言えなかった原因は、ウチにもあるんだよね。本領に帰らず妻たちが尾張に来ている。そういう姿を見ているので安易に上申出来ず、妻子や一族の主な者を清洲に呼ぶ人が多いけど、出来るなら正月くらいは帰りたいというのが本音のようだ。
誰かが言い出さないと議論も出来ないし、信秀さんたちの許可を得て、オレが評定でちらりと話を振ると、トントン拍子に話が進んだ。
尾張・美濃・三河・伊勢などは、すでに上から下まで、本領と違う土地で働く人が多数派なんだ。今更、正月に故郷に帰ったからといって領地制が復活するわけでもない。
また有能な人ほどあちこちに赴任するので、故郷に帰るのが年に一回とかになる人も珍しくない。
とりあえず今年は、先に挙げた領国を想定して、一月六日に新年会をすることにした。尾張と近隣からならば、元日を故郷で過ごしても来られるだろうしね。
信濃・甲斐・駿河・遠江などは距離的に厳しいけど、信濃は小笠原長時さんが尾張に滞在しているし、甲斐の晴信さんも未だに尾張にいる。駿河・遠江の義元さんが少し大変だけど、今年はこれでいかせてもらうことにした。
その代わりというわけではないけど、新年会。代理の出席でもいいという書面で通知した。もちろん、はいそうですかと出来ないだろうけど。個人的に宴会の強制参加ってあんまり好きじゃないこともある。
今川家だと氏真さんが清洲勤めで尾張にいるんだよね。彼の代理でいいと思うんだ。
人質とか忠義で国を治める形は徐々に減らしていきたい。
無論、愛国心とか忠義は必要だけど。そのために権威と形式を高めて、儀礼ばっかり堅苦しくしても政治や世の中が安定するわけじゃない。
そんな二日だけど、信長さんの提案で、義統さんに臣従している斯波一族と織田一族の新年会になった。それだと皆さん、ほぼ尾張にいるしね。
「かずま!」
「若様、明けましておめでとうございます」
登城して早々に、元気を持て余している吉法師君がオレたちの部屋にやってきた。頻繁にあっているんだけどね。新年でおめでたいこともありご機嫌らしい。
「むかえにきたぞ!」
吉法師君、大武丸たちを迎えに来たみたい。男衆、女衆、子供衆と、それぞれに宴があるんだ。あんまり幼い子は無理なので、ある程度分別がついた子たちだけになるけどね。
あとオレは猶子がたくさんいるから、そちらの代表も数人いるし、他の子たちは乳母さんと傅役が同席するので、ウチからも大人が同行する。
「ありがとうございます」
身分的に迎えにくる立場じゃないんだけど。乳母さんも苦笑いをしている。非公式でウチが相手なら信長さんも怒らないんだろう。
ウチだとほんと、他の子と同じく扱うからなぁ。
子供たちが吉法師君と一緒にいなくなると静かになる。エルたちは先に来ていて料理を手伝っているはず。残ったのは資清さんと望月さんのふたりだけだ。
織田家の新年会だと男衆の宴に役職がある女性も参加していたけど、今回は一族の宴なので完全に男女を分けたんだ。このあたりは試行錯誤の最中って感じだね。
「今年は院が御還御されたから、気が楽だね。公には言えないけど」
清洲城ではすっかりお馴染みとなった南蛮暖炉ことダルマストーブに当たりつつ、ふたりと宴の時間まで待つ。
「誉れでございますが……、過ぎたる誉れは重荷にしかならずというのが本音でございますな」
「大事なく御還御されて良かった」
他に人がいないから、言いたいことが言える。正直、名誉よりも重荷のほうが多かったからなぁ。ウチは。
資清さんと望月さんも本来の身分を思うと、心労が多かったろう。そのあたりもフォローしているつもりだけどね。ウチの影響力が強まるに従って、他家と違う苦労を掛けている。
まあ、今日は本当に素直に楽しめるし、ふたりも楽しんでほしい。
Side:織田信長
親父も守護様も機嫌はいいらしいな。新年の宴を変えるついでに一族の宴を設けて良かった。
斯波家と織田と久遠は、今後さらに繋がりが大事となる。年始に共に宴をするくらいはあったほうがよい。かずが血縁を好まぬことで、オレもいかにするべきか考えることが多い。
今のオレたちに必要なのは、顔を会わせて共に理解することであろう。そういう意味では一族以外がおらぬほうが都合はいい。
まあ、特に目新しいことをするわけではない。母上や市がずっとやっておることだ。男衆はどうしても宴となると家臣や人が増えるからな。正月くらいは一族だけもいいかと思うただけだ。
特にかずは、余人を交えると仕事をしておるように方々に気を使う。悪いとは言わぬが、もう少し役目を忘れる時があっても良いのではと思う。
家中を信じておらぬわけではあるまいが、いささか働き過ぎだ。かずにとっては皮肉なことであろうが、かずやケティが働き過ぎを諫めることで、久遠の働き過ぎを皆が理解した。
かずの場合、代わりになる者はおるが、それもまた大半は久遠の者なのだ。佐々兄弟のように自ら代わりとなる者もわずかにおるがな。
斯波と織田は、かずらが健在なうちに世を変えねばならぬという思いを共にすることで一致結束しておる。なればこそ、今少しかずには気を抜いてもらいたい。
以前はまた違ったのだがな。あの男、役目以上に背負い込む癖がある。織田が大きくなると見えぬところで背負っておるのだ。エルたちがおらねば大事となっておったと思えるほどに。
少しでいいのだ。本領にいる時や、かつて津島におった頃のように。
かずらに気を抜く場を作れるか。それが気がかりだ。
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