第1733話・年の瀬

Side:千秋季光


「もう庇い切れぬな」


 津島神社の堀田殿の言葉に異を唱える者はおらぬか。織田への謀叛。たとえそれが本気ではなく、治部大輔殿に取り入ろうとするための方便であっても許せることではない。


 一言で言えば、見誤っただけであろう。今川の覚悟をな。偽りの臣従など出来ぬ家柄であることは分かり切っておろうに。


「内匠頭殿はいかに申されておられる?」


「特になにも。皆々様にお任せするとのことですわ」


「はっきり言うと、私たちにはいかようでもいいことネ」


 同席を頼んだ桔梗殿と唐殿の様子からも、今のところは内匠頭殿の怒りに触れたとまでは言えぬか。端から信じてもおらぬと言えば、言い過ぎであろうが。


「治部大輔殿も此度は庇う気がないらしい。終わりだな」


 本気であろうと方便であろうと、公にしてしまえばいかようにもならぬ。治部大輔殿の恐ろしきところよな。今川に従う者らを自ら始末するとは。


 寺社は小物が多い。同門の寺が助命に動くかもしれぬが、難しいとしか言えぬ。謀叛ほどになると止められるのは守護様か大殿か内匠頭殿だけ。いずれも止める気がなかろう。


「兵を集めねばなりませんわね。動くのは年明けでしょう」


「警備兵で対処するには難しいネ。駿河と遠江の警備兵は未だ未熟よ」


 茶を飲み、いつもと変わらぬ様子の桔梗殿と唐殿に少し安堵する。ひとつ間違うと駿河遠江で騒乱が起きかねぬが、お二方の様子からあまり懸念はないらしい。


「坊主に二心があり、平然と噓偽りで動くか。また寺社の面目が潰れるな」


 堀田殿が苦々しい顔で呟いた。


 そうなのだ。神仏に仕える者に噓偽りで塗り固めた者がいたとなると、すべての寺社の面目と世評に関わる。


 三河本證寺、伊勢無量寿院。あやつらのせいで尾張では寺社への信仰が揺らいでおるというのに。


 神仏と坊主は別物とは内匠頭殿の言葉だと聞き及ぶが、尾張では確実にその考えが根付きつつある。他ならぬ寺社が自ら世評を落としておることによってな。


 故に、我らは堕落した寺を許してはならんのだ。自ら律することも忘れた寺社は寺社にあらず。厳しく処断せねばならぬ。




Side:浪岡具統


 織田の大殿への臣従を終えたことで、霧山御所に挨拶に来た。湊や町、街道も賑わう尾張と違い、ここらはまだ我らの知る土地と変わらぬ様子に少し安堵した。


「奥羽は変わったか。相も変わらず久遠の動きは早いな。羨ましき限りだ。こちらの家中ですら世が見えぬ者が多いというのに」


 北畠家の若き当主か。斯波と織田の隣国におり、いかにしておるかと思うたが……。こちらにはこちらの苦労があるか。いや、そう見せておるだけか? 今のところいずれとも言えぬな。


「奥州はいかがだ? 難儀しておるとは聞くが」


「はっ、もとより伊勢とは違い貧しき地。さらに雪も降れば、寒さも厳しき地でございますれば。ただ、当家と南部、それと安東は、織田に臣従をして新たな政のもとで励んでおりまする」


「そうか。内匠頭らにはわしも世話になっておるのだ。季代子からは、そなたの助力に助けられておると文も届いておる。これからも力になってやってくれ」


 世話になっておるという言葉にも、家中の主立った者は特に異を唱えたいような顔をしておらぬ。北畠でさえも変わるべく苦心しておるというのはまことか。


「ははっ! もとよりそのつもりでございます」


各々おのおので所領を治めることで生きる。それが間違っておったとは思わぬ。されど、争いが絶えず乱となることも珍しくない。今のままでは誰が治めても日ノ本は変わらぬのだ。父上もわしもそれを変えたい」


 織田の者、久遠の者と話しておると驚かされることのひとつ。それは国を、家を大きくするのではない。変えたいと口にすることだ。それはここ北畠家においても同じらしい。


 南朝と北朝に分かれて争うた世から幾年月。朝廷の力は衰えたが、足利の力も衰えた。都や畿内は争い荒れておると聞き及ぶが、尾張の地から新たな者が隆盛し始めたか。


 鄙の地で燻るよりはいい。少なくとも世が変わるというならば、真っ先に変わる側に付かねば意味がない。


 本家には感謝せねばならぬな。




Side:久遠一馬


 年末年始に向けて、物価と物資の差配がほぼ終わった。甲斐は小山田領と穴山領などにおいては飢えない程度の支援しか出来ないけど、それでも大変だったんだよ。


 本来は領内の寺社、国人、土豪、村、これらすべてに説明をして従える作業がいる。それがまだ済んでいないんだ。ただ、あの地域はもう飢えているから、先に食わせないと従えるどころの騒ぎじゃないし。


 本当はお餅とお酒くらいは正月に行き渡るようにしたかったな。


 朝廷や観音寺城にも必要な物資はすでに届いている。特に観音寺城では義輝さんが年越しをするからね。相応に挨拶に来る人たちがいる。尾張に負けない正月にするためには相応の物資がいるんだ。


「大根はほんと助かるよなぁ」


 ああ、今年も大根の生産が安定している。作付面積が増えていることで生産量も右肩上がりだ。


「今年も美味しいお漬物が出来ました。蟹江の大御所様に届けます」


 ほほう、エルが自信を持つくらいの漬物か。オレも楽しみだな。


「伊豆の大根も上手くいったみたいだし。成果が見えるってのが一番いいね」


 改革の難しいところは、成果が見えるまで時間がかかることだ。成果を疑って改革が中途半端になったり、止めたりすると余計に悪いことになりかねない。その点、誰が見ても成果がすぐに見える大根の普及が、友好の懸け橋になってくれているんだよね。


 伊勢、近江でも大根の作付けは増えている。秋から冬に掛けては畑で植える作物も多くないし、とりあえず空いている畑は大根を植えるんだ。


 北畠と六角には魚肥の販売もしている。田畑の肥料事情がそれでよくなりつつあることも無関係ではないだろう。


 あと武芸大会の協賛金を出してくれたことで、尾張からの支援をさらに増やしてある。両家とも今年の冬は賦役を増やしているので、今後は発展を感じる人がさらに増えるだろう。


 尾張の経済力をなるべく活用して伊勢と近江を豊かにしていく必要があるんだ。


 走り出したら止まれないってのが、経済と改革だからね。頑張ろう。



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