第1734話・年の瀬の仕事
Side:リリー
年末年始の支度は忙しいけど楽しいものね。元服して各地で働いている子たちも戻ってくる。そんなみんなと会えるのを、みんな楽しみにしているわ。
「もう、戦場には立てぬな」
孤児院の庭で子供たちに武芸を教えてくださっている宗滴殿が、休憩にと縁側に座られるとそう呟かれた。ケティたちの治療もあって寿命こそ延びているものの、若返るわけではない。当人が自らの限界を悟るのも当然ね。
戦に行きたいのではない。衰える自分に思うところがあるだけだろう。なんと言葉を掛けるべきか悩む。
「家を守る。武士としてそれだけは務めて果たしたつもりだ。されど、人を育てられなんだことは悔いが残る。わしのような者は、いっそ戦場で討たれたほうが、若い者は考えたのかもしれんと思うわ」
日頃から愚痴をこぼす御方ではない。ただ、共にいる時間が多いことで、私には本音を語ってくれることもある。
「生きていればこそ、成せることのほうが多くございますよ」
「ふふふ、であるな。それには同意する」
斯波家と朝倉家にとって、この人が尾張で生きている意味は大きい。因縁はあるものの、長きにわたり公方様に仕え兵を挙げたこともある朝倉宗滴だからこそ、滞在も許されて因縁解消の一助となっているんですもの。
「真柄の倅を見ておると、羨ましゅうなっての。戦と言わずも、今一度武芸で己の力を試したいとすら思う」
真柄殿は尾張での越年をするようね。当家の客人となっていることで、ここにも姿を見せる。人生を謳歌している。私から見てもそう見える。
国や家を超えて、己の武芸を極めようとしている。武士にとって一番贅沢な暮らしをしているとすら見る人がいると思うわ。
「やがて戦が珍しきものに変わると、あやつのように生きる者が増えるのであろうな。大いに結構なことじゃ。戦とはあまりに失うモノが多過ぎる」
「その頃には宗滴様のご苦労を皆が理解しておりますよ」
「だとよいがな」
朝倉家を残す。宗滴殿の最後の戦いは、戦場ではなく平和な尾張での戦い。少し皮肉と受け取るのかしら? それとも長き戦いの果ての現実と受け取るのかしら?
いずれにしても、史実よりは残る可能性が高いと思うけど。
難しいものね。
Side:久遠一馬
師走も後半となったけど、季代子たちの報告を受けた奥羽に関連して、各奉行において話し合いが行われている。
中央集権の体制がようやく形になり始めている織田家において、地方統治の在り方は試行錯誤の段階だ。特に飛び地となる奥羽をどう統治していくかは難しい。
現状だとウチに頼った統治しか出来ていないけど、森可成さんたちを派遣するなど、織田家としても現状に甘えているわけではない。
特に難しいのは、あの地域をウチの領地としてはいけないということだ。織田家からの文官・武官・警備兵の増員は必須なんだよね。
それと周辺勢力や寺社の現状と、今後の展望も清洲で把握しておく必要がある。
新しいやり方を始めると、必ずと言っていいほど抵抗されて文句がくる。特に一種の聖域と化している勢力のある寺社なんかになると、敬って当たり前、配慮して当たり前と思っているところもそれなりにあるんだ。
「南部の地は、まだ雪が多くない地とのことで期待したのでございますがな」
ウチも同様で商業奉行としての話し合いを主にしているけど、湊屋さんが困った顔をしている。奥羽もまた潜在力や国力を軽視するほどじゃないけど、どこから手を付けていいか分からないレベルでやることが多い。
しかも土地に根付いた名門名家が多いので、扱いを間違えると領民が敵になりかねない。
太平洋側の航路、これをウチだと使えるのは利点だけど、やっぱり長いこと過疎地として文明が停滞していた地域なだけにいろいろと難しい。
高水寺の斯波も不確定要素だ。斯波一門として主家の血縁であるからと上に扱うつもりは現時点ではなく、遠方の親戚に配慮をする程度に留めている。これは義統さんの考えであり、はっきり言って義理以上に信じていないんだよね。
同盟か、臣従なら受けることになるけど、斯波一門に相応しい地位とか求めると義統さんは受けないだろう。
まあ、争いになって泥沼にはならないと思うけどね。落ち着くまでどう転ぶかは難しいところだ。
「航路の維持から考えないと駄目だからなぁ」
商いとして成立させることで支援は出来る。ただし、途中の安房や北関東・南奥州での寄港を考慮しないと、遠洋航海に不向きな久遠船では交易も大変だ。特に安房、史実でいうところの房総半島南部の里見はこちらと絶縁中だ。
久遠諸島と尾張間を運航している織田家の恵比寿船を回すしかないけど、あれもそこまで数がないからなぁ。
輸送能力を考えると、現地の国力、各種生産高はどんどん上げていきたい。また、物価と貨幣価値もどうするのか。尾張と同じというのは無理なので、あの地で実現可能な数値と流通量の確保など検討する課題は山のようにある。
「一馬殿、お茶に致しませんか?」
湊屋さんや資清さんたちと頭を悩ませていると、お市ちゃんが姿を見せた。もうおやつの時間か。
「そうですね。休憩にしますか」
子供たちも一緒のおやつの時間を毎日楽しみにしているんだ。清洲や那古野の城に登城する時は仕方ないけど、屋敷にいる時はこの時間も大切にしている。
無論、働き過ぎを戒めるためにもね。噓偽りなく、オレが自ら範を示して適度に休みながら働くモデルケースにならなくてはならない。
「はい! 今日はチーズケイキを作ったのですよ!」
当たり前のようにお菓子を作る、お市ちゃんを見ていると、尾張は変わったなと思う。信秀さんの子供たちは、この時代の武家の子たちと違う教育をされているからなぁ。
他家に嫁ぐことは未だにない。義統さんや信秀さんのところにはあちこちから縁組の話があるようだけど、娘さんたちは順次家中の主立った家に嫁いでいる。
同盟関係にある北畠や六角と縁組する話は非公式にちらほらと出ているものの、そうなると織田家は家柄が足りないとか奥向きの序列をどうするかとかで簡単ではない。信秀さんはもう、血縁外交は斯波家にお任せでいいような感じなんだ。
義統さんのほうも血縁外交に関しては、そこまで乗り気じゃないからなぁ。義信君の奥方を、信秀さんの娘さんを北畠の養女としたこと以外は積極的じゃない。
まあ、斯波家も織田家も家中との縁組は積極的だけどね。
北畠と六角。こことの同盟が、この時代では珍しい婚姻を用いない同盟として成立しちゃったからな。信頼関係がある以上、両家もそこまで婚姻関係を急いでいないし。ただ、どうせ嫁をもらうなら尾張がいいからと探してはいるけど。
実のところ、主にオレが原因なのは理解している。ウチは血縁外交もしないし、娘も出さないとすでに明言しちゃったから。
斯波家と織田家はそこまで決めていないけど、必要性となると家中に出すほうが優先だからということになってしまった。
余所に出して人質にされるよりはいいけどね。
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