第1732話・師走も半ばにて

side:南部晴政


 夕刻となり、わしは共に尾張に参った一族の主立った者らと夕餉を取る。


 飯は奥羽と比べようもないほど美味い。酒もある。奥羽ではまず手に入らぬ金色酒から麦酒、清み酒まである。聞けば下男や下女であっても、これと相違ない飯が食えるのだという。


 織田の力を示すために、我らに見せつけておるのかと思うた者もおるが、清洲城ではこれが常のことらしい。


 誰も口を開かぬ。一族とはいえ左様なものだ。幾度か顔を合わせたことがある程度の者らなのだ。互いに言えぬこと。明かせぬ思いを抱えておろう。


「しかし、相手が悪かったな」


 誰が口を開くかと思うておったら、九戸右京信仲であった。最後まで従わぬかと案じておった男のひとりだ。


「右京殿にそう言われると救われる」


「ああ、無理に対等にしようとせずともよい。本家であることに変わりはないのだ。浅利の話は聞き及んでおる。御屋形様の怒りに触れるなど御免だ」


 浅利らの処遇が厳しきことに驚いた者が多い。降った者には甘いと思えるほど寛大であったが故に、余計にそう思うのかもしれぬがな。


 筆頭家老の佐久間様からは、一族兄弟で争うなとは言わぬが、喧嘩がしたければ一対一で思う存分やれと言われた。そのくらいならば御屋形様もお叱りになるまいとのことだ。公の場と立場でおかしなことをしなければ、浅利のようなことはあるまいともな。


「左様か。そなたはもう一戦望むかと思うたがな」


「相手が望めば、そのつもりであった。されど、望まぬ相手と勝てぬ戦などしていかがする。まして鉄砲や金色砲を石投げの如く使う相手ぞ。意地を張るわけにもいかぬ。無論、寺社や土豪らは、その気になれば助力するところはあったであろうな。ただ、責めを負わねばならぬのはわしだ」


 ああ、九戸が立てば相応の兵は集まろうな。されど、それで終わりだ。誰ぞに責めを負わせて己らはさっさと降るであろう。


「功を挙げる機会はあろう。高水寺の斯波は争うまいが、他は素直に従わぬはずだ。伊達などは特にな」


 右京の言うとおりだな。このまま奥州を平らげるとまではいくまい。少なくとも我らは許され、働きを求められた。機会はあるはずだ。


 尾張は、国、所領の治め方が違う。まずはこれを学ばねばならぬ。年始も奥羽に戻れぬが、最早手放した所領だ。今後は生まれ育った地を離れて生きることも覚悟せねばならぬ。


 難儀しそうだと思うが、汚名のままで終わるのだけは御免被る。




Side:久遠一馬


 奥羽からは浪岡、南部、安東、蠣崎など、主立った家から来ている人がいる。安東や蠣崎などは尾張でいろいろと学ぶためだ。人材の交流も必要だし、中央で学ぶことは今後も積極的にやっていきたい。


 尾張では年末に向けて賑わっている。売掛金回収などで大変な時期だけどね。ただ、銀行と貨幣価値の安定が役に立っている。


 まあ、一部からは徳政令を求める声なんかもあるけど。特に新領地だと徳政令ありきの借金と利息の高さで苦しんでいる人もいるからな。


 ただ、この問題、本当に難しい。貸すほうも借りるほうも問題がある。武士なんかだと、借金をして、出入りの商人のいい値で品物を手に入れているところが未だに多い。矢銭や贈り物など、理由を付けて見返りを受けているからという人もいるけどさ。


 それも間違いじゃないけど、それの支払いなどで寺社から金を借りて高い利息を払っているんだから本末転倒だ。


 村単位の話になると借金でどうにもならなくなり、貸主に毎年のように米を返済に充てることで、事実上の寺領のような扱いになっているところもある。


 尾張だとそういうのは変えたんだけどね。徳政令をしない条件に利息を下げさせて、村などにも安易に借金をしないように諭して借金を整理することもあった。


 新領地では、これから同じ問題を変えていかなきゃならない。


 まあ、尾張だと寺社も変わりつつあるからね。威張って自分たちだけ贅沢するような寺は、見向きもされなくなりつつある。借金のかたに農地を召し上げることは珍しくないけど、尾張だと召し上げたところが寺社であっても、今度は年貢を払う側になる。


 非道なことをすると村人が逃げてしまうし、坊主が田んぼを耕して年貢を払わないといけなくなるだけだ。


 そんな事情もあって、寺社も自己改革が徐々に出来ているんだけど。新領地はねぇ。


「また、面倒な……といえばお叱りを受けるかな?」


 駿河から報告が届いた。義元さんに挙兵を促したり、挙兵の際には助力をすると約束したりした者などのリストだ。


「狙ったのでしょうね。あえてその気がないと示さずに、動く者をあぶり出したのでしょう」


 エルたちも微妙な表情をしているけど、確かにこれは義元さんの狙いだろう。謀叛の疑いを掛けられても困るし、従わない者をあぶり出したとみるべきだ。手際が良すぎるし。


「ウチが口を出すことじゃないね」


 中には今川が臣従する前に尾張の荷を密輸した者や、尾張やウチの商品を今川に横流ししていた寺社や商人もいて、謝罪と賠償を科すことでなんとか矛を収めたところがあるんだ。現在もウチとの取引停止にしているところが結構ある。


 そもそも今川方の寺社や商人。義元さんたちと寺社奉行が頭を悩ませて、なんとかまとめた話なのに。この人たち、義元さんたちの顔に泥を塗っている。


 まあ、彼らからすると、まさか義元さんがそのまま清洲に報告するなんて夢にも思わなかったんだろうけどね。


 今回は許されないだろうな。庇う人もいないだろうし。主立った者は磔以上、あとは日ノ本の外に島流しかな。


 駿河と遠江はこれで落ち着くだろう。甲斐信濃と違って大きな争いもなかったし、荒れなかったからね。その分、内部にある不満が消えてなかったんだろう。


 今川の家臣も背後で動いている人がいそうだけど。こちらは証拠がない限りは黙認かな。義元さんが手綱を握るなら問題ない。


 年内に始末を終えたいところだけどな。相手に小規模とはいえ寺社もいる。軍を編成するとなると、解決は年明けになるだろう。


 駿河は、なんとも血生臭い年末年始になるね。

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