第1731話・師走の日常・その二

Side:あいり


 私とプロイは駿河にいる。


 遠江、駿河と鉱石調査をしているためだ。周囲には五十人ほどの供がいる。護衛、山師見習い、忍び衆などから選んだ者たちよ。


 リリーに頼まれてついでに植物採取もしているけど、こっちは本業じゃないのでついでね。ある程度、珍しい植物や必要な植物は分かっているので採取して尾張に届けるだけ。


「ほほう、かようなものがあるとは……」


 どうやらお目当ての鉱石があったらしい。山師見習いが喜んでいる。


「あるにはあるんだよ。あとは採掘するだけあるかと、採掘出来るか。ここはあまり期待出来ないと思う」


 プロイはどちらかと言うと、ハズレだという顔をしている。山が珍しくないこの国では多くの資源が眠っているものの、採算や開発難易度を考えると手が付けられないところのほうが多いだろう。


 武田のように人を使い潰して採掘すれば相応の利はあるだろうけど、それならロボット兵と重機が使える海外領から運んだほうが私たちとしては効率がいい。司令が本土の資源をなるべく残す方針を取っていることもある。


「甲斐のほうが鉱山あるんだけどね」


 武田が開発していた鉱山がそのまま織田の管理下に入った。プロイは現地に入りたいと大殿に進言したものの、時期尚早だと止められている。風土病のリスクをこの時代の人は私たちが思うより気にしているからだろう。


「あいり様、支度が整いました」


 同行している侍女兼護衛の子と一緒に食事の支度をする。私の本業は、コンピュータ制御システムのソフトウェアおよびネットワークの開発および管理。原子力工学専門のアーシャと同様にこの時代では使えない。


 シルバーンに籠るのは苦じゃないけど、この時代で生きるという意味では私もこうして地上に降りたい。


 どのみち織田領の外では二人一組以上で行動するようにしているため、私はプロイと共に山を歩くことが増えた。


 もう十二月も半ばだ。山の冬は寒い。ただ、草が生い茂ることのないこの時期だからこそ見えてくるものもあるとプロイは言う。


 水はかならず流れる川のものを煮沸してから使う。ゲルを広げる場所があればいいけど、駄目ならみんなで野宿になる。ただ、補給だけは欠かさず得られるので食事だけは悪くないようにしているけど。


 山には基本、里に下りない山の民とかもいる。向こうからすると、こちらは自分たちのテリトリーを侵害する相手として見られる場合もある。野生動物や人の痕跡を見逃さず行動しないといけない。


「次はもうちょっと東に行こっか」


 一仕事を終えたプロイは地図を開き次の目的地を考え始めるが、私は静かに首を横に振る。


「えっ、駄目なの?」


 うん。駄目。もうすぐ年末。帰らないと司令やみんな、それと子供たちに会えなくなる。


「お方様、そろそろ戻る算段をせねば年内に尾張へ戻れなくなりまする」


「ああ、そっか。忘れてたよ」


 侍女が私の言いたいことを理解してくれていた。最初は戸惑っていることも多かったけど、だんだん慣れてきたみたい。


「じゃ、一旦、山を下りよっか」


 みんなホッとした顔をした。プロイは山での暮らしが苦にならないからいいけど。みんな、年越しは家族と迎えたいのよね。


 報告すべき収穫はいくつかある。尾張に帰ろう。




Side:椹野ふしの屋甚兵衛


「道理を守りつつ利を得る。殿の世評はいささか大人しいとすら思えるの」


 尾張に来て二月ほどか。驚き納得し、さらに驚く。左様なことばかりであった。


 命を粗末にするな。赤子を大人とするには、いかほどの時と銭と労がいるのか考えろ。異を唱えることすら出来ぬ教えだ。


 巷には、代わりなどいくらでもおるという者もおる。されど、山口を思い出すとそれは間違いであろうと理解する。


 陶様もご面目に懸けて、大内様の頃に負けぬ国にせよと命じておられたようだが、目端の利く者から周防を離れた。そのせいもあって周防は、かつての賑わいが嘘のように変わってしまった。


 厳密には替えが利く者はおろう。だが、利かぬ者も世には多いのだ。


「では、お願い致します」


「こちらこそよろしく、よろしくお願い致しまする」


 少し前より、わしは薬師の方様の供として遊女屋に出向くことが増えた。新参の家臣として挨拶をして歩いておるだけだが、周防で遊女屋をしておったと教えるといずこでも驚かれる。


 御家では湊屋殿や丸屋殿が仕えておることで珍しくないと思うたが、遊女屋から仕官したというと驚かれるのだ。


 もっとも驚くのはこちらもだがな。尾張の遊女屋のやり方は周防とは違う。


 学問や礼儀作法を教え、遊女として食うていけなくなっても困らぬようにしておる。さらに望まぬ子が出来たら、孤児院に預けるか、子を欲するところに養子に出す。


 手間がかかると嫌がるかと思うたが、慣れるとこれはこれで楽だと遊女屋を営む者らは言う。御家から少なくない助けが入っておることも従う理由であろうが、読み書きと礼儀作法が多少でも出来ると勤め先には困らぬという。


 恨まれるよりは気が楽だ。そう言うておった者すらおる。


 誰も考えなんだ。いや、考えても出来なんだことだ。人など余るほどおる。遊女にわざわざ学問や礼儀作法を教えてやる者などおらなんだのだ。さらに働き口まで創り出すとは、尾張の恐ろしさを痛感する。


 尾張には諸国から一旗上げようと集まる男どもが多いという。左様な者の嫁に遊女らが求められることも多いとか。


 遊女屋を出ると、わしはふとケティ様にずっと聞いてみたかったことを問うことにした。


「お方様、いつからかようなことを?」


「私たちが尾張に来てすぐ。互いに少し融通し合えば、変えられることもあったから」


 ここまで成したからには、もうよいのではとも思えるが、ケティ様はその時々に合わせて少しずつ皆で変えていけるようにと思案されておられる。


「新しい領地でも同じことをなさりたいと……」


「そのつもり」


 わしに求められる役目が分かった。これを尾張から離れた地で広げればいいのだな。難しいお役目だが、御家で仕えておると出来る気がする。


 筆頭家老の八郎様からは、人を惜しんで銭を惜しむことはするなとすら言われた。


 ああ、驚いたことは、久遠家家臣は織田の大殿の直臣と同等の扱いになっておることか。明確に決めておらぬようだが、皆が左様に扱っており、織田の大殿や若殿への目通りも叶う身分で、わしも仕官してすぐ目通りが許されたからな。


 身分あるお方の目にも止まらぬような遊女から変えておられる。


 この国は本物だ。



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