第1730話・師走の日常

Side:近衛稙家


 幾人かの公卿が集まりて顔を見合わせておる。都では師走も半ばとなり、年を越す支度などいろいろとある。さりとて、互いに思うところもあり、こうして会うておる。


「ひとまず良かったではないか」


 二条公は悪う考えず良きところを見ておるか。尾張からの献上は例年通り届いた。大樹を通すことで、変わるのかと案じておった者もおった故、安堵したことは皆にあろう。


 もっとも、代わりに大樹の奉行衆があれこれと口を出すようになった。先代が都落ちして以降、もっとも大樹の権勢が強まっておることもあろう。それが面白うない公卿や公家は多い。


「されどな。院は茶の湯にて、主上と余人を交えず会われておる。新たな蔵人は先任の失態から院の御意向に従うしかない。案じてしまうことも多い」


 懸念はまだある。とはいえ、院が御自ら茶を振る舞うのを止めろと言える者がおらぬ。せめて茶席に人を配したいところもあるが、院の淹れる茶に鬼役を付けるわけにもいかぬ。作法とて指南出来るのは尾張におる桔梗の方のみ。


 久遠が教えた作法に、公の場で異を唱える者がおるのならば考えてもよいが、誰も内匠頭を怒らせてまでそれを言う者がおらぬのだ。致し方あるまいな。


「欲を出し過ぎではあるまいか? 献上品とて例年通り下げ渡された。これ以上、なにを望む」


 あまりよい顔をしておらぬ者が幾人かおる中、広橋公が不快げな顔で口を開いた。


「勝手をされては困る」


「勝手をしておるのは公卿ではないのか? 院と主上が親と子として茶の湯を楽しまれる。左様なことすら諫めろと言うのか?」


 広橋公の言葉に不満げな者らも口をつぐんだ。


 吾も同じであろうが、公卿も随分と増長したものよな。院や主上が力ある頃ならばあり得ぬことであろう。


 己らの知らぬところで、なにかをされると面白うない。それは理解するが、院や主上を思うままにするなど思うてはならぬこと。


「では、大樹が地下人を召し出せと言うておる件はいかがだ? あれこそ勝手なことであろう」


 ふむ、鉾先を変えたか。されど、それは悪手だ。大樹と一番縁が深いのは吾だ。それに広橋公のみを矢面に立たせるわけにはいかぬ。少し強めに言うておくか。


「言いたいことがあるならば、己で大樹に言うたらいかがだ? 主上はこの件は良きことだと仰せだ」


 浅はかよの。向こうから人を欲しておるのだ。出したほうが得というもの。縁を繋ぎ、人を配してこそ力となる。無論、この策の先には内匠頭と奥方衆がおるのであろう。御せるだけの筋道は立てておるはず。とはいえ、吾らとて新たな世に続く道がほしいのだ。


 生きる場を与えると差し伸べた手を足蹴にしてしまえば、先などないぞ。


 苛烈な男ではない。これも半ば慈悲の策であろう。いずれにせよ食えず暇を持て余しておるのだ。大樹の下で働かせても構うまい。


 さもなくば、まことに吾らの居場所が消え失せるぞ。




Side:木下藤吉郎


 今日は朝から学校だ。一昔前では職人に学問なんか不要だと言われていたが、今では読み書きくらいは出来ねえと駄目だと言われる。


 学校で教わったことが仕事に役立つこともあるんだ。もっとも年配の職人たちが学校で学び始めたのは、遊女に文を出そうとした奴が多かったからだって聞いたけど。


 ギーゼラ様が教えておられる木工を学んで、リースル様から算術を習った。次はアーシャ様から文字の書き方を習うんだ。


「藤吉郎殿!」


「これは寧々様、お久しゅうございます」


 廊下を歩いておると見知ったお方に出くわした。文化祭の時に出会うて以来、学校で時折会うことがある。


「お役目はいかがでございますか?」


「いや~、まだまだ未熟で。日々励んでおりまする」


 いかなるわけか、お声を掛けていただくことが多い。ただ、工業村の中のことは言えぬことも多い。おらはそれほど詳しく知っておるわけじゃねえけど。


 しばしの話をしてアーシャ様のところに急ぐ。


「藤吉郎殿、茶でもいかがでございますか?」


 昼時となり、昼餉を食うと少し休む時となる。学校にある図書の間に行こうかと思うておると、また偶然お会いした寧々様にお声を掛けていただいた。


「それはようございますなぁ」


 なんでおらなんかをと少し首を傾げたくなったが、断るなんて無礼は出来ねえ。寧々様と乳母殿のあとを付いていくと、学校内にある入ったことのないところに案内された。


 驚いたことに、そこにおられたのはアーシャ様たちと市姫様たちだった。


「藤吉郎殿、今日は一日学校かしら?」


「はい、しっかり学べと親方からも言われておりまする」


 アーシャ様にお声がけをいただき、少し安堵した。寧々様や市姫様はあまりお会いしたことがないが、お方様がたとは、それなりにお会いしたこともあるんだ。


 皆様、楽しそうだなぁ。ただ、なんでおらが呼ばれたんだろう? 特に理由が思い当たらず、一緒に茶を飲むだけだったんだが……。




Side:久遠一馬


 元遊女屋である椹野屋さん。働き者でなかなか頑張っているようだ。ケティにいろいろと教わり、医療奉行の指揮下で仕事をしている。


 他にも商家や遊女屋などと顔を繋ぎ、労働環境や健康管理などをどうするか考えるための情報収集も始めた。


 人道を説いたところで、利がなければなかなか進むことじゃない。商人と働く者たちみんなが相応に納得する、利とやり方を少しずつ模索する必要がある。


 まあ、人を使い捨てにして利益だけ求める商人は相応にいる。尾張や美濃や西三河あたりだと、そういう商人はだいぶ消えたけど。


 ケティたちも無茶を言うことはない。それでも反発するところは突き放して終わりだ。そしてケティたちの指導や往診が途絶えると、薬師様を怒らせた店だと評判になり人がいかなくなる。


 それだけで商人の側もだいぶ変わったんだよね。


「上手くいくもんだね」


 そんな椹野さん関連の報告の次は、鉄道馬車の報告だった。


 開通してもうすぐ半年になる。いろいろと問題点や改良点も出ているけど、概ね上手くいっている。


 どちらかというと、まだ観光名所に近い扱いだけど。武士や商人など、それなりに余裕のある人は普通に乗るようだ。


 拡張工事も順次進んでいて、清洲と那古野が鉄道馬車で繋がる日も遠くないだろう。


「鉄を盗もうとした者の磔が効いたのでしょうな」


 資清さんの言葉に少し考えさせられる。清洲にて敷設してあるレールを盗もうとした者が出たんだ。工業村や蟹江でもレールを使っているけど、工業村は部外者が入れないし、蟹江も港部分は人の出入りを監視してあるから問題なかったんだよね。


 レールに関しては鉄道馬車仕様なので、そこまで重くないし持てない長さでもない。しかしレールを枕木に固定する犬釘も簡単には抜けない大きさなので機材もなく知識もない人が軽々しく盗めるものじゃない。


 そんな事情もあり、盗もうと手こずっているところを偶然見つけた町衆が取り押さえてしまい、警備兵に突き出したんだけどね。


 この件は、盗もうとした者が旅の余所者だったことから、少し評定でも議論となった。怪しげな余所者は、清洲や那古野に入れないで迂回させたほうがいいのではと言う人もいた。


 まあ、現状だと見回りの強化で様子を見ているけど。尾張だけ発展が進み過ぎて悩むことが増えたなぁ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る