第1729話・上皇陛下の改革

Side:南部晴政


 斯波の御屋形様と織田の大殿の御前だ。


 先に処遇の言い渡しがあった浅利には厳しき沙汰が下ったとか。浅利は降伏した際の失態があったからな。致し方なかろう。


 そもそも、織田と我らでは物事の見方がまるで違う。半年余り仕えたのだ。おおよそ理解しておるつもりであるが、足利一門である斯波家がいずこまで我らと違うのか。正直、分からぬままであった。


 無論、今でもよう分からぬと言うべきであろう。尾張に参ってまだ数日、首を捻りたくなることが幾度もあった。


 正直、腹を切らせてしまえばいいのではと思わずにはおられぬわ。


 南部一族は許された。ただ、南部一族は三戸南部を主としたひとつの家としては認められず、各々で織田の大殿に仕えることとなった。致し方あるまいな。たいした実入りがあるわけではないが、広さだけはある。


 おかしなことを出来ぬようにする手は打たねばならぬ。今までが妙なまでに甘いとすら思えただけに納得する。


「そなたには奥羽に戻ってもらうこととする。一族一門を従えておったそなたが、仕えておった者らと同じ立場となるのは辛きことであろう。されど、そなたの働きは捨て置くにはあまりに惜しい」


 ただ、続く織田の大殿の言葉には驚かされる。わしを戻すと言うのか? 地縁も深きあの地に。


「実はな、季代子らが、そなたを欲しておる。あの地を変えるには難儀しておるようでな」


 南部の地を織田の地とするよりも、食える国に変えることを望むというのか? それともわしには謀叛も起こせぬ程度の者と思うておるのか? いや、それはないな。浅利がそうであろう。


 とするとまことに……。


 所領という武士の根幹たる形を廃したというのに、わしを戻しては本末転倒ではないのか? あの地を飢えぬようにする。それは理解する。されど、出来るとは思えぬところもある。我らとて、好き好んで貧しき地のままにしておるわけではないのだ。


「畏まりましてございます」


「分からぬこと。思うところはあろう。されど、これはそなたにとっても悪い話ではない。まずはこの地の政を学べ。いずれそなたにも見えてくるはずだ」


 元より戦で敗れた以上、異を唱える気はない。許されたのだ。仕えて務めるしかない。そのつもりだ。


 正直、この地がいかになっておるか、知りたいと思うところも大きい。父上にはお叱りを受けるかもしれぬがな。新たな立場として生きたい。




Side:久遠一馬


 こたつに入り、みかんを食べつつ書状を読んでいた菊丸さんが笑った。


「ふふふ、院もお考えになられたな」


 都からの書状だ。


「表向きは、尾張流の茶を楽しむために内裏に上がられているということですか。そこまでお考えになられておられたのでしょうか」


 上皇陛下の近況について報告が届いているんだ。オレもエルも驚いたね。


 尾張流のお茶を楽しむという名目で内裏に出向いて、帝と余人を交えずお茶を楽しまれているらしい。無論、それだけではない。その場でお二方が直接意見交換をされているようなんだ。


 上皇陛下と帝。親子ではあるけど、お二方だけで会われたことはないのではと思う。常に蔵人のような側近や女官が付いているし。


 そもそも、この時代の上流階級は夫婦や親子でも別居しているのが一般的だ。それは皇室も変わらない。一般人のオレには理解が難しい世界だろう。


 蔵人や女官は公卿や公家の者だし、元の世界で言うならプライバシーもないようなもの。話した内容が周囲から公卿に漏れるなんて当然だし、迂闊なことは口にも出せない。


 院政改革。それ故、相談だけでも危険になると心配していたんだけど。お茶を理由にふたりだけで会うなんてね。


 尾張の政、物事の進め方、ウチの家族の形、斯波家や織田家の家族の形。一年でいろいろと見聞きされたことを活かしておられるんだなと実感する。


 帝と上皇陛下が余計な人を挟まずに意思疎通をする形を、誰憚ることなく作られた。朝廷とすると、これだけでも大改革なんだよね。


「さてな、それはオレにも分からぬ。ただ、シンディの茶だからな。いかなる形であっても都の者が異を唱えるのは筋が通らぬ。誰も口を出せぬのだ。都合が良かったのは確かであろう」


 そういや、丹波さんが最後の茶会で言っていたっけ? みんなで院に尾張流の茶を習わないといけないって。あれ冗談じゃなくなるのでは。


 シンディはお茶に形をつくることをしないのを基本としている。その時々に合わせてもてなしてお茶の時間を楽しむ。一言で言えばそれだけだ。


「これはちょうどよいかもしれません」


 少し考えているとエルが口を開いた。


「妙案でも浮かんだか?」


「妙案とまでは言えませんが、院にこちらから茶菓子を献上するべきかと愚考致しました」


 そうか。それなら仙洞御所とこちらが直接繋がる窓口が出来る。朝廷への献上を幕府経由にしたことで少し離れたものの、交渉に使える伝手は複数あったほうがいい。茶菓子程度ならば、褒美に見返りがどうとか騒がないだろうし。


 それに幕臣も信用しすぎるのも危ういんだよね。今はいいけど。なにかのきっかけで状況が変わると……。


「ふむ、なにがあるか分からぬ世だ。そなたらと院の伝手はあったほうがいい。武衛からの献上ならば、騒ぐ者もおるまい」


 菊丸さんも同じようなことを考えていたようだ。信秀さんたちと相談して形を詰めてみるか。


「しかし、院はまことに動き出しましたね」


「ああ、止まらぬ。これだけはそなたらでも止められまい。なんとしてもお守りせねばならぬ。兵を挙げての上洛など御免だ」


 お二方だけで話が出来る土壌をつくられた。


 帝と上皇陛下は意思疎通をして、今後の方向性、変えるべきことをお決めになられるんだろう。公卿や公家も、当然それを受けて動かざるを得なくなる。


 菊丸さんも懸念しているけど、ひとつ間違うと南北朝や応仁の乱の再来になるからなぁ。三好と近江以東は迂闊なことはしないだろうけど、西国以西はこちらのコントロールが利かない。


 まとまりに欠けるものの、国力、経済力、権威や歴史。どこから見ても間違ってまとまると厄介になるのは確かだ。


「上様がおられるのです。こちらが手綱を握れる以上、大乱にせぬように致します」


 エルが珍しく強い言葉で言い切った。考えがあるというよりは覚悟の言葉だろう。


「ああ、そうだな」


 帝と上皇陛下の対立という最悪の事態は避けられると思う。まずはそれを喜ぼう。


 しかし、人ってすごいね。ひとつ新しいことを教えると、何倍も変わってこちらの思惑を超えていくんだから。





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