第1728話・義統の裁き
Side:浅利則祐
家を継いだとて、いいことなどなにもなかったな。
一族の者も臣下も二言目には父上のことを口にして、なにひとつわしの思う通りに出来なんだ。さらにあの愚かな弟とその母、かの者らが家督を奪わんと策略を巡らした。
まあ、南部の要請に兵を挙げると決めたのはわしだ。ここらで
されど、南部が和議の仲介をと幾度か言うてきた時、邪魔をしたのは、弟と弟に近しい一族の者や臣下だ。見たこともない戦であったのは事実なれど、左様なことよりもわしを追い落とす好機としか見えなんだのであろう。
わしに近しい者も形勢が不利と見たのか、弟に近寄った者がおったことも決め手となった。
もっとも、弟らの謀など斯波にはお見通しであったようで、相手にされなんだようだがな。当主を名乗るなら責めを負うと言えば良かったのだ。さすれば、わしの首と引き換えに今よりはいい形になっておったであろう。
わしとすれば、斯波の代将であった女を怒らせた時、腹を切りたかった。それすら許されなんだことが悔いとして残る。
見たこともないほど栄えた町にある五重にもなる白き天守のある城で、わしと弟は裁きを受けることとなった。
「面を上げよ」
あれが斯波武衛家の当主と織田の当主か。幾人かの重臣らしき者が並び、中には見たこともない髪の色をした女がいる。あれが、奥州にも名が知れる久遠の女らか。
「度重なる和議の仲介も拒絶し、兵を挙げて領内に攻め入った途端、家中の争いを露わとして降伏か。さらにわしの代将である者の命を聞かず、助命に拘り内輪で喧嘩をしたそうじゃな。同情するところもあるが、もう少しなんとかならなんだのか。弁明があるなら聞くが……」
武衛様の言葉には怒りはない。呆れており情けすら感じるほど。わしとてかような恥を晒しとうない。さっさと死罪を命じてくれ。
「畏れながら某に弁明をお許しくだされ! 本来は某が父の跡を継ぐはずが、この男が奪ったのでございます。某と一族の者の大半は、武衛様に逆らう気など初めからございませぬ」
己に問い掛けたわけではあるまい。されど、武衛様のお言葉が止まったことで愚かな弟が弁明を始めた。
愚か者が。一族郎党を根絶やしにされるぞ。
わしは静かに目を閉じた。あまりの恥の上塗りに、最早、武衛様を見ることすらしとうない。
「家中にもな、兄弟で争うた者や、失態を演じた兄弟を抱える者がおる。そこな弾正はな、当人は畏れ多いと言うておるが、仏と称されておってな。争うても失態を演じても、命までは取っておらぬ。むしろ兄弟で助け合い、庇い合う者らには手を差し伸べることすらあるのだ。ところがその方らはそれすらない」
武士の体裁、面目よりも、人の道を説かれるとは思わなんだ。まるで坊主でも相手にする如く道理に通じたお言葉。最後まで愚かな我らに人の道を説かれるとは。
「家督の正統性など興味がない。いずれにも言い分があろう。それよりもだ。わしの前で血を分けた兄弟で争う者など、顔も見とうない。わしはの、家中に疑心だけは残したくないのじゃ。たとえわしの面目が傷ついてもな」
ああ、父上。愚かな我らをお許しくだされ。
「裁きを申し渡す。その方ら両名と一族・家中の主立った者は日ノ本からの追放とする。ただし、元服しておらぬ一族の者に家督の継承と、然るべき家中の者への臣従を許す」
目を閉じたまま、深々と頭を下げた。
血を継ぐ者により家の存続が許された。それだけで満足だ。過ぎたる恩情にも思えるがな。
喧嘩両成敗。わしと弟に家督は残らぬ。正しき裁きであったな。
Side:久遠一馬
浅利と戸沢の始末が終わった。
浅利はやはり日ノ本から追放か。当人の態度次第で変わる可能性もあったんだけど、弟の勝頼が家督継承の弁明をしたことで義統さんの不興を買った。
信秀さんが愚か者を好まないというのならば、義統さんは疑心を生む者を好まない。そういう意味では、家督の問題を最後まで主張したのはマイナスでしかない。いくら忠義を示したとて無駄だろう。
まあ、勝頼の気持ちも理解するけどね。どんな言い分も主張しないと伝わらない。
兄の則祐は当主としてこの場にいることで、少なくとも覚悟があるように見える。諦めただけかもしれないけど。
少し客観的に見ると、浅利兄弟。運もなかった。
戸沢、こちらも意固地になっていたのか、謝罪も和睦も拒否していたんだよね。とはいえ、こちらは特に懸念もなく攻めて降伏しただけ。
当主隠居の上、幼い息子に継がせることで存続が決まった。現所領から鑑みると、俸禄減俸もあるけどね。戦に敗れて臣従しただけだ。安東家もそうだったしね。働き次第ではすぐに取り戻せるだろう。
まあ、戸沢は未知数だ。史実で有名な盛安は生まれていないしね。それに織田は史実と違う統治になるので、史実と違う評価になる武将が割と多い。
おかしなことをしない限りは生き残ると思うけど。
あとは南部か。ここは裁きの前にいろいろと事前調整をしてある。あそこは京都御扶持衆という足利将軍と直接臣従関係を結んでいる家でもあるので、形式として観音寺城を通して臣従させる許可とかもらったし、浪岡家や季代子から助命嘆願と戦後の評価報告が届いていて、晴政さんの評価が高いんだ。
南部家の解体は想定の範囲内だったようだ。晴政さんからは一族の者の助命くらいしか頼まれてないけど、異議申し立ても質問もされなかったと聞いている。
実は季代子が非公式ではあるものの、晴政さんを欲しがっているんだよね。実務能力と、大敗してから一族をまとめた手腕。長いこと南部が根付いた奥羽の地の統治に欠かせないみたい。
これは書状などに残せないので、オレと季代子の口から信秀さんと義統さんに頼んだ。
彼に南部家への影響力が残る心配よりも、あの地を変えて食えるようにするほうが難しい。下手をすると史実のように、奥州が長いこと発展途上の地域になりかねない懸念すらある。
最終的に彼は三戸南部として信秀さんの家臣となり、そのまま季代子の与力として奥羽に戻す方向で調整している。義統さんと信秀さんからすると、南部の処遇より奥羽の地をどうするかが気になるらしく、特に晴政さんに懸念を持っていなかった。
まあ、ウチが人材を欲しがるのは珍しいしね。尾張から離れたあの地を統治していくのが、今のところウチ以外無理なのも承知のことだ。
そういう意味で考えると、季代子が欲しいと言わない浅利は追放されるとも言えるんだけど。
負け方。負けたあとの動き。これの差かな。史実の偉人とも言える南部晴政と浅利兄弟では役者が違ったというだけかもしれないけどね。
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