第1727話・真柄の日々
side:真柄直隆
武芸大会から二月ほどが過ぎた。越前では雪が降っているだろう。まさか、オレが尾張で鍛練に励むことになるとは思わなんだな。
分かっていたことではあるが、尾張は武芸においても越前とは違った。各々の家や流派に関わらず、皆で鍛練して強くなろうとしておる。
数年にわたり武芸大会に来ておると、僅かながらに聞いていたこともあり驚きというほどでもなかったが、武士としても家としても在り方そのものが違う。
己の技などを秘することなく伝え、さらに皆でより優れたものにするべく励むのだ。オレからすると、日々武芸大会をしておるようなものに思える。
これではいくら越前で励んでも勝つのは難しかろう。己と近しい者のみの鍛練では追いつき追い越すのは至難の業だ。
まあ、小難しいことはともかく、日々楽しくて仕方ない。鍛練で叩きのめされるようなことでさえ、嬉しくて仕方ねえほどだ。
ああ、驚いたのは、父上だ。年始ですら戻らずともよいので、学ぶならばしっかり学べとの文が届いた。左様なことを言うとは思えなんだが、宗滴のじじいが上手く話を付けてくれたのであろう。
朝倉の殿も承知のこととか。斯波家との因縁があり動けねえ朝倉の代わりをオレに期待しているのかねぇ。
義理はあるが、尽くすほどでもない。正直、あまり面倒な役目を与えられても困るんだが。越前で偉そうにしている朝倉一族で責は負ってほしいものだ。
「恵まれた体よの。親父殿に感謝すべきであろう。そなたはその体格を生かすべきじゃの。誰しも己に合った武芸をせねばならぬ。わしのように年老いた者、ジュリア殿のように
それとこの御仁だ。塚原新右衛門卜伝。宗滴のじじいよりは若いようだが、とっくに隠居して安穏とした日々を送ってもおかしくないというのに、未だその剣は衰えておらぬ。
尾張において客分として遇されており、公方様の信も厚く、近江の観音寺城にも頻繁に出向いておられるお方だ。
尾張で多い使い手は、かの御仁の鹿島新當流、今巴殿の久遠流、愛洲殿の陰流であるが、年齢からか、この御仁が皆のまとめ役となりておる。
オレのような余所者にでさえ目を掛けてくださり、教えを惜しまぬ。かように底知れぬと恐ろしさを感じる相手は初めてかもしれねえ。
「はっ、ありがとうございまする」
師となる者や技を学び習得するのではない。己に合う武芸を求めよ、か。鉄砲や金色砲にばかり目が行くが、用兵や兵法も常に新しきものを用いる。
昨年、武芸大会から始まった初陣の者らの模擬戦。あれが織田の強さを物語っておる。鉄砲や金色砲がなくとも強いのだ。
そもそもこの国は戦に勝つことを見てねえ。もっと先。太平の世を見ているんだ。武芸も戦もすべてな。それに気づかねえと、朝倉は終わりだぞ。
side:久遠一馬
奥羽衆、南部晴政さんと浪岡具統さんたちは蟹江で一晩休んで清州へと到着した。去年の安東さんたちもそうだけど、彼らもあれこれと驚いていたと報告を受けている。
現状で一番問題がないのは浪岡家だろう。争わずに臣従をしたので俸禄も現状維持以上になることが確定しており、南部家との戦やその後の統治においてもいろいろと働いてくれたと報告がある。
難しいのは南部家になる。十三湊の者たちがよく分からぬまま安東を助けたことをきっかけに、なりゆきで対峙することになり大戦にまでなった。
時代的にそこまで卑怯なことなどしておらず、慣例に沿って戦ったので、そこまで問題があるわけではない。とはいえ、無罪というのもおかしな話なんだよね。
困ったことは南部家の状況にもある。晴政さん、子供がいなく跡継ぎが決まっていない。隠居してもらうことも考えたが、後釜と南部家の今後をどうするのか。そこは命じる前に話し合う必要がある。
あそこは領地の広さが桁違いなんだよね。発展が遅れた地域であることも確かだけどさ。現状のまま勢力を維持されるのはさすがに困る。ただ、割と閉鎖的な地域で長いこと土地に根付いた人たちを切り離すと統治に支障が出る。ジレンマだね。
この日は、季代子たちの報告から奥羽における裁きや処遇を話し合っているが、評定の場が少し静まり返っている。
「浅利か」
名を呟きつつ、いつもと変わらぬ信秀さんの表情が原因だ。
浅利。出羽北部の国人だ。それなりの勢力であったものの、上手くいっていたのはどちらかといえば先代の頃のようで、近頃は兄弟が争い周囲を巻き込みつつ家中が割れていたらしい。
なんか史実の織田信秀が亡くなったあとの織田家みたいに感じるところだ。
彼らは南部の要請でこちらと戦った。それ故、南部家がだいぶ仲介をしており、和睦というか、せめて戦の始末だけでも穏便に終わらせようとしたが、兄弟仲の悪さから家中の統制も上手くいっていなかったようで後手に回り続けた。
まあ、国人なんだ。そのくらいはいい。問題は知子率いる諸将の前で、助命を求めて異を唱えて兄弟喧嘩をしてしまったことだ。
かつて春を馬鹿にした伊勢関家ほどの深刻な問題ではないが、降伏に出向いてきて騒ぎを起こしたことで扱いが面倒になり、信秀さんと義統さんに裁定が回る形となってしまった。
「守護様、いかがされまするか?」
信秀さん、どうでもいいと考えた気がする。昔から愚か者があまり好きじゃないしなぁ。季代子たちは斯波家の名前で戦に出向いていたので、最終的には義統さん次第になる。
「当主と弟。それと主立った者を日ノ本から追放でよいのではないか? 残る一族と臣下は俸禄を減俸の上で残せば良かろう」
評定の前に信秀さんと義統さんと少し話をしたが、家を残せばどこからも文句は来ない。あとは死罪にするか島流しにするか。その程度の違いなんだよね。
当主と弟と最後までふたりを上手く盛り立てられなかった重臣を島流し。これが義統さんの裁定だ。ウチが邪魔なら死罪にすると義統さんは言っていたけど。大蝦夷、シベリアにでも流して働かせるから問題はない。
まあ、彼らの処遇で、こちらとして少し楽になるのは南部の処遇だろう。断固とした処罰をする見せしめを浅利で出来る。
ついさっき信秀さんたちと話した結果、南部家は解体する方向なんだよね。主立った者を信秀さんの直臣として召し抱えることで、南部一族をひとつの家として残さないことになる。
これ南部本家にデメリットが大きいけど、晴政さんは争いの責任もあるしね。
先にも挙げたけど、晴政さんを隠居させると南部家のパワーバランスが崩れる。逃げていた八戸南部家も降伏して臣従をしたけど、正直、あちらに当主をさせるのもあまりいいとは思えないし。
後継問題で荒れても面倒だし。それぞれを独立した家として召し抱える。もともと、そのあたりが曖昧だったしね。出羽の安東家もそうだったけど、それぞれが独自に領地を主張して認められたり認識されていたりするケースがよくある。
浪岡さんとか季代子から晴政さんの助命嘆願があることもある。南部家惣領の地位がどうなるかは知らないけど。まあ、少なくともこれがベターだろうということだ。
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