第1726話・師走となりて

Side:南部晴政


「お方様がた、この半年、世話になり申した。おかげで南部一族の大半を残すことが叶いました。まことにありがとうございまする」


 八戸を出た船は、尾張は蟹江という湊に着いた。船の中まで聞こえるほど民の賑わいが聞こえる。わしは船を降りる前に最後の挨拶をする。


「仕方なかったこともあるわ。御屋形様と大殿にはすでに報告はしてあります。命を以って償えとはならないでしょう。それに貴方は生きないといけないわ。次の世を迎えるまで」


 季代子様の言葉が胸に響く。一槍も交えず大敗を喫した愚かな将には過ぎたる言葉だな。恩情は過分なほど頂いた。斯波家と織田家の面目が立つのかとこちらが案じるほどにな。


 今も細々とした争いは残っておる。さらにわしが助命され、罰を受けずに仕えておることで浅利などは勘違いをした。


 十分過ぎる罪だ。この命を以って償えと言われても致し方なし。受け入れる覚悟が出来ておる。


「尾張の地をこの目で見られるだけで十分でございまする」


「あら、そんな潔くされても困るのよねぇ。力量ある者には働いてもらわねばならないわ。安穏とした隠居なんて出来ると思わないことね」


 知子様の言葉に、お方様がたばかりか周囲の近習も笑いだしてしまった。


 面目のため、示しを付けるため、惜しいと思いつつ腹を切れと命じるのではないのか? このお方がたにはわしの助命をするほどの力があるのか?


 分からぬ。分からぬが……。


「左様でございますな。いかな裁きとなっても甘んじて受ける所存。ただひとつ、残る一族を良しなにお願い申し上げまする」


 お別れだ。


 女性にょしょうの身でありながら、一国を治めるに相応しき方々であった。


 誰かに仕えるというのは初めてのことながら、主を持つならば、かような方々も悪うないと心底思えた。


 最後に一族をまとめたことでわしの面目は十二分に立たせてもらった。この感謝は末代までわすれてはならぬこと。


 願わくは、見てみたいものだ。


 次の世とやらをな。




Side:浪岡具統


 八戸から尾張まで十日も掛からぬとは。昨年聞いた話より更に速いではないか。揺れる船に合わぬ者もおったが、それでもこの速さは信じられぬほどよ。


 奥羽と畿内がこれほど近くなると、世も変わるわけだ。


 蟹江という湊には多くの黒き船と、見たこともない建物が並ぶ。誰も口には出さぬが、恐れおののいておる者も多かろう。


 南部殿らは先の戦の処遇がある。それどころではないのかもしれぬがな。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じまする」


 旅の疲れを癒したいところであるが、蟹江には伊勢北畠の本家の大御所様がおられる。真っ先に挨拶に出向いた。


「よう参られたの。奥羽におけること聞き及んでおる。苦労をしたの。されど、そなたの決断は決して間違ってはおらぬ」


 温かいお言葉をいただいた。その表情が雄弁に語っておるな。苦労というならば、こちらも同じであろう。いずこの地とて楽なことなどあるまい。


「当家も一族や臣下の所領を俸禄とすべく動いておる。すべての者とはいかぬがな。年始には新しきことを始めるつもりだ」


 そこまでせねばならぬのか? 同盟を結んでおると聞き及ぶが。いや、同盟相手だからか。変わるには自ら動かねばならぬのであろう。季代子殿らを見ておると分かるが、織田は従わぬ者にいささか冷たい。


 配慮は受けておろうが、それ故に変われぬとなれば本末転倒か。


「やはり世は変わりまするか」


「変えねばならんのだ。裏切り、裏切られ、争い、親兄弟ですら疑う。左様な世はもう御免じゃ。そなたのこともよう頼んである。悪いようにはならぬ故、案ずるな」


 同じ目に見えた。尾張より参った織田の者らと。確かとした信念があり、世を変えようと本気で考えておる者の目だ。


 森三左衛門殿によれば、すべては久遠内匠頭殿が成したこととか。


 さて、いかような男であろうな。楽しみで仕方ないわ。




side:久遠一馬


 文化祭のあとは、大きなトラブルもなくて穏やかな日々だった。動きがあったのは六角と北畠だ。一族の所領から俸禄化をすると決めたようだ。わりと上手くいっているのは北畠だろう。あそこは長野家が所領の半分を俸禄としている経験がある。


 その長野家だが、北畠家臣ではいち早く完全俸禄になるかもしれない。具教さんと長野家の話し合いが進んでいるそうだ。


 織田が大きくなり過ぎている。そんな織田の体制が将来自分たちにも関わることになることは、多かれ少なかれみんなが感じていることもあるだろう。


 ああ、武芸大会の後に尾張に残った真柄さん。彼は尾張に馴染んでいる。もともと武闘派ということもあるんだろう。さらに朝倉家家臣でない立場も有利となった。


 驚いたのは親父さんだった。学ぶならしっかり学べ。年始の帰省も不要だと文を寄越したらしい。まあ、オレは朝倉義景さんとこの件で書状のやりとりをしていて、ウチの客人としてしばらく置くことで話が付いているんだよね。


 朝倉家では人質かと騒いだ人もいるらしいけど。優れたところに学びに出るのはこの時代でもあることだ。正式な家臣でない以上、真柄家のことを止められないし、肝心の義景さんは止める気もない。


 そして師走も半ばに入ると、奥羽から季代子たちが戻った。この一年で奥羽領は一気に広がった。改革が間に合っていないほどだ。


 他にも奥羽織田領の南には高水寺の斯波家がいる。そこもこの流れには驚いているようで、先月には挨拶の使者が清洲に来ていたらしい。


 高水寺の斯波は敵には回らないだろう。回るメリットもない。ただ、あの辺には対南部で高水寺の斯波と同盟関係の勢力がいるんだよね。流通体制からして違う織田領と他国の物価差が問題になるのは、いつものことだ。


 こちらからはそれを説明して、高水寺の斯波には配慮をするが、他には配慮をすることはないと伝えてある。使者が持ち帰ったので返答はまだ届いていないけど、北も情勢は流動的だ。


 伊達家あたりは力があるし、物価差があってもなし崩し的に崩れることはないだろうけど。


武光丸たけみつまる、ご機嫌だなぁ」


 妊娠中のセレスも順調で、千代女さんが産んだ子、武光丸もすくすく育っている。子供たちが大きくなっていることで、上の子たちが面倒をみてくれることもある。


 お清ちゃんの産んだ武護丸たけごまる共々、オレと純粋な人間との子なのでケティたちは細心の注意を払っているけど、他の子と違いが分からないほど元気だ。


「うーあー」


 ああ、武光丸ばかりに構うと、他の子が構ってと近寄ってくるんだよね。子供の成長は早い。時間がある時はなるべく一緒にいることにしている。


 みんなの将来は父が守ってやるからな。



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