第1724話・文化祭・その三

Side:飯富昌景


 ここが織田の学校か。西保三郎様が学んでおられる話は甲斐でも聞くことがあった。正直、真かよう分からぬ話もあり、兄上などは信じるに値せずと言うておったが。


 身分に問わず、領内の者に教えを授けておるという話は真だったようだな。


 甲斐源氏である武田家も今は織田の一家臣。斯波ならまだ分かるが、何故、守護代風情の家臣なのだと憤る者は我らが甲斐を出た頃ですらあった。


 武衛様ご自身が家臣は大殿ひとりのみとお決めになられたと聞き及ぶが、甲斐源氏を愚弄するのかと怒る者の心情も分からんではない。もっとも左様な者らに限って、ほとんどの者は御屋形様に異を唱え、隠居に追い込もうとした罪で飛騨に送られたがな。


「皆、よう学んでおるな」


 学問、武芸、礼儀作法から、書画や和歌、茶の湯などあらゆることを教えておるというが、真であったようだな。


 無論、甲斐でも、御屋形様らは多くを学ばれており決して負けておるまい。されど、身分が下がると、武芸はともかく他はさほど学んでおらぬ者が多い。元服したばかりのような幼さの残る者らが、見事に学んだ成果を見せておる姿は甲斐にはないものだ。


「ふん! 我らとてこのくらい、その気になれば出来るわ。にもかかわらず、真田如き新参者が大きな顔をしおって」


「左様だ。奴が御屋形様をたぶらかしたのではないのか?」


 思わずため息が漏れそうになる。かような見事な学問修練の場に来たというのに、人の陰口とは、それが武士のすることか? それでは匹夫の勇と同じではないか。


 穴山殿が自らの首と引き換えにと許しを請うたことで、我らは許されたのだぞ。主を差し替えようとした我らが、一族郎党死罪にならなんだのは恩情以外のなにものでもないというのに。


 武田家が東国一の卑怯者と呼ばれている意味を理解しておらぬ者がまだおるとは。


 真田が面白うないのはわしも同じ。されど、その真田を尾張に出したのは御屋形様なのだ。かような豊かで強き国を知ると、争いを避けて降るように進言することも必要であろう。まことに真田が左様なことを御屋形様に言うたか知らぬがな。


 それよりも、己らが武田を貶めたというのに、何故、他者を恨むことでそこから目を背けるのだ。


 同じ甲斐武田家臣として恥ずかしいわ。




Side:与一郎(細川藤孝)


 楽しげに働く上様の御姿に、かつての日々をふと思い出す。


 あの頃は亡き大御所様が健在であったとはいえ、なにごともままならぬ日々。周囲には顔色を窺う者や、管領のようにいかに上様を御するかということしか考えぬ者ばかりであったな。


 内に秘めたる鬱憤を晴らせるのは武芸の鍛練のみ。力があらば、正しく将軍として世を治められるとお考えになっておられたのであろう。なにより武芸の鍛練に勤しまれた。


 それが今ではこうして世に出て、生きるということを学び楽しまれておられる。臣下としてこれほど喜ばしいことはないのかもしれぬ。


「与一郎様、焦げちゃうよ?」


「おお、申し訳ない」


 おっと、焼いておる麺が焦げるところであった。共に働く幼子が案じるように見上げておったわ。


 わしも上様と共に武芸者に身を変えて生きて以降、いろいろと学んだ。天下、日ノ本。いずれも、城の中で聞く話とまったく違うものであったな。


「やきそばは、ちょっとくらい焦げたほうがおいしいよ」


「えー、駄目だよ。ちゃんと教わったとおりにしたほうがおいしいもん」


 いかん。わしのせいで子らがけんかをしそうになっておる。


「では、焦げぬまでも香ばしさが出る感じに致そう」


 嬉しそうに笑みを見せる子らに、城の中では決して得られぬものを感じる。上様が将軍に戻らずともよいとお考えになる心情。わしも僅かながら理解するところがある。


 正しくは、斯波と織田の国ならばという条件が付くがな。


 この国ならば、理不尽に奪われぬ。働けば働くだけ銭を得て、己や一族が何一つ案ぜずとも生きていけるのだ。


 決められた形のみで受け答えする臣下に囲まれ、冷めた飯を食うような身分など要らぬと言われるのも無理はない。


「ほう、美味そうじゃの」


「あっ、蟹江の大御所様! おいしいよ!!」


「ほほう、ではひとつ貰うとしようか」


 次から次へと来る客の中に、北畠の大御所様が混じっておられた。このお方もかようなところに民と共に並ぶ御身分ではないのだがな。


「なるほど。確かに美味いの」


「わーい!」


 織田は新たな治世と法により国を治めておるが、しかるべき者の権威はむしろ高まっておる。過剰とも思える礼儀や作法などなくとも、皆が当然のように敬うのだ。


 これが本来あるべき形ではとすら思う。


「与一郎もなかなか美味いものを作るの」


「はっ、ありがとうございまする」


「秀でた男は、なにをやらせても上手くやれるのであろうかの」


 わしと菊丸殿の素性を知るお方だけに、菊丸殿を僅かに見て笑みをこぼされた。目指すモノは同じだ。


 そう言うておられるのかとお見受けする。なんとも頼もしきお方だ。




Side:久遠一馬


 学校の一角では家具の展示販売もしている。これ自体は今年初めてではないけど、今年は絵入りの襖まで売っていた。学校で書画を習っている学徒さんたちが描いたものみたいだ。


 名のある人はいないらしいが、出来自体は悪くない。商人を中心に飛ぶように売れていて残り少なくなっている。


 芸術関連は、本当に需要がどんどん伸びているんだよね。着物とか櫛などの小物も、いろいろと趣向を凝らした品が増えているんだ。


 校舎の中ではアーシャが授業をしていた。


「まーま!」


「まーま! まーま!」


 子供たちがアーシャの姿にたまらず声を掛けると、授業を受けている皆さんや見学している人たちの注目を集める。


「みんな、学校は楽しい? これが私の仕事なのよ」


 授業の雰囲気は和やかな様子で、どちらかというと微笑ましげに見守ってくれている人が多いみたい。見学している人たちからも質問を受け付けたり、冗談を言ったりしつつ授業をしていたようだ。


 子供たちがアーシャのところに駆けていくと、子供たちにも分かるように説明しているね。ただ、さすがに理解出来ない子もいる。大武丸と希美と輝くらいなら分かると思うけど。


 あんまり邪魔になったらだめだね。子供たちを呼び戻して授業を再開してもらおう。


「人に教えを請うことは決して恥ではありません。たとえすでに隠居したお方でも、新しいことを学び、さらなる高みへと進まれているお方もおります。学問でなくてもいい。お好きなことを学んでほしいのです。私は、学ぶ楽しさをお教えして差し上げたいと思っております」


 アーシャ。なんか楽しそうだなぁ。いろんな人と交流していて、時には教え時には学んでいるんだもんな。


 今、体験授業を受けているのも、子供たちからお年寄りまで様々だ。嬉しそうにアーシャの話を聞いている姿に少しだけ羨ましくなる。


 こういう学校ならオレも通ってみたいかも。




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