第1723話・文化祭・その二
Side:木下藤吉郎
夜通し仕事をしたなんて初めてだ。
昔はそういうこともようあったと親方は言うておられたが、おらは初めてなんだ。なんでも久遠様が禁じておられるんだとか。働き過ぎは駄目だと命じられるのは初めてだったと言うておられたな。
文化祭があることで数日前から学校には大勢の職人が来ていて、本業を役立てておる奴もおれば、おらみたいに雑用でもなんでもしている奴もいる。
おらは先日には一端の職人として召し抱えていただいたが、今でも親方たちには敵わねえ。精いっぱい励んでいるんだけどなぁ。
去年に使った道具とかは納屋においてある。そこから運んでくるのも皆でやるんだ。夜が明けて学校で学ぶ子らが起きてきたので、皆で運んで支度をする。
幾度も納屋から道具を運んでおると、十過ぎるかどうかという娘御がひとりで重そうなものを運んでいた。
「ああ、危のうございますよ」
「ありがとうございます!」
いずこかの武士の子だろうなぁ。昨日から多くの子らが学校に泊まり込んでいるからな。危なっかしいんで代わりに持ってやる。
「いずこまで運べばよろしいので?」
「あっちまで運びたいのです」
そろそろ客人の方々が来るかもしれねえ頃だ。急いで運ばねえと。幾度か往復しつつ道具を運んでやると、驚いたお方がおられた。
「藤吉郎殿、職人衆での仕官おめでとうございます!」
開口一番で祝いの言葉をいただいたのは市姫様だった。まさか、市姫様がおらのことを存じておられ、祝いの言葉をいただけるとは思わなんだ。
「職人衆なのですか?」
「そうです。とてもいい職人だと一馬殿も褒めておられました」
先ほど声を掛けた娘御が驚いておられるな。おらは威厳とかないから下男かなんかだと勘違いしたんだろう。
ただ、市姫様にかように褒められるとは思わなんだ。
「私は寧々と申します」
「藤吉郎でございます。良しなにお願い申し上げます」
娘御は浅野様の姫君か。ここはいずこに身分のあるお方がいるか分からねえからな。無礼のないように気を付けねえと。
市姫様と寧々様と挨拶をすると、おらはそのまま支度に戻る。
あと少しだからな。不足がないか見て歩かねえと。
Side:久遠一馬
そう言えば、祭りとか明確な開始時間とかないんだよね。この時代。一般的に時計がないからさ。
朝ご飯を食べてみんなで学校に行くと、すでに大勢の人で賑わっている。
明らかな旅装束らしき人もいる。武芸大会から一か月過ぎたことでずっと待っていた人は多くないと思うけど、泊りがけで見物に来る人がそれなりにいるらしい。
「賑やかだなぁ。近頃は領外からも来るからな」
今日は歩ける子供たちも一緒なので賑やかだ。ちょっと目を離すとあちこちに行きそうになる子供たちから目を離さないようにしつつ、学校の中に入る。
さっとみただけでも旅装束の人がそれなりにいる。今では、ここで学びたいとわざわざ遠方から来る人もいるんだよね。
ただ、領外の人を無条件で受け入れてはいない。このあたりは各寺社と同じだ。あちらは学校という体裁は取っていないものの、本山や各地で中核となる寺社では学問などを教えている。基本は出家して、そこで仕えるなら教えているようだね。それでも秘匿するような知恵や教えは簡単には教えないはず。
尾張の学校も同じだ。よほど確かな身元とコネでもないとまず学べない。まあ、教わる内容にもよるんだけどね。ウチの関連する知識は基本的に織田家以外には出していない。最近だと北畠と六角の人には開示しているけど。
「今日でしたら、中を見物出来ますから」
子供たちに急かされるように歩くエルもなんかいいね。
出入りの際に荷物改めと武器を預かる決まりがあるけど、今日なら他家他衆の人でも中に入れる。間者も相応にいるだろうなぁ。
まあ、割合で言うと、圧倒的に領民が多いけど。
「おっ、今年は授業もやるのか」
入口付近には文化祭の案内がある。イベントや各種展示物の案内もあるが、今年は去年までなかった体験授業というんだろうか? 参加者求むと書かれた授業の案内もある。
日頃の成果を披露することから始めた文化祭だけど、花火大会や武芸大会のように見物人も多いんだよね。一昨年には武芸大会の直後にやったことで、そのまま人が流れたこともあって。
「アタシもあとで授業をするよ」
「私もお昼を過ぎたらやるわ」
あれ、ジュリアとメルティも体験授業をするのか。セレスもこういう仕事が好きそうだけどな。産休中だから、今回はやらないようだ。
「あー! きく!」
「おお、大武丸殿。よう参られたな」
とりあえず外を歩いていると、子供たちと一緒に屋台で料理を作る菊丸さんと与一郎さんがいた。本来の身分の仕事も増えて忙しいはずなんだけどなぁ。
ウチの子たち、未だに正体教えていないからなぁ。時々遊びに来てくれる人という認識になっている。
今日は菊丸として思う存分楽しむようだ。
「よいか。ここを持ってだな……」
学校内にある野外射撃兼弓道場では、弓の授業が行われていた。大島さんたち武芸大会の弓部門で活躍した人たちが教えているようだ。子供もいるけど、元服しているだろう若い武士も教わっている。
あっ、数人だけど、明らかに農民っぽい人も一緒に教わっているのには驚いた。鉄砲もそうだけど、弓も結構お金が掛かるんだよね。弓本体も矢も必要だし。下級武士なんかは自分で矢竹などから弓矢を作っているはずだ。
「皆に教えているんですね」
「これは内匠頭殿。興味ありげに見ておる者がおったので誘ったのでございます。留吉殿のように才気ある者がおるやもしれませぬのでな」
つい気になって声を掛けると、楽しげな大島さんがいろいろと話してくれた。弓の授業は大島さんが責任者らしく、せっかくだからと見ていた人も誘って教えているらしい。
もともと体験授業は見物に来た人なら誰でも参加していいと決めていたものの、実際どこまでどう教えるかは教師の裁量に任せているようだ。
「いいですね。海も陸も弓の使い手は引く手数多ですし」
織田では鉄砲や弩が主流となりつつあるけど、弓の需要は下がるどころか上がっている。天候に左右されず、曲射なども出来る弓は、鉄砲や弩と合わせて運用すると戦力として素晴らしいものがあるからだ。
もうすこし技術が進めば完全に銃器の時代になるんだろうが、補給や戦術の観点から見ても弓は当分必要だろう。
伝統ある弓術を教える大島さんたちを見ていると、そんな時代の流れにこの先も合わせて進化してくれるだろうと思える。
なんか嬉しいね。
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