第1722話・文化祭

Side:今川義元


「まさか、この期に及んで、わしが兵を挙げると思うておる者がおるとはの」


 駿河に戻り代官として役目に励むが、人というものがいかに愚かか改めて教えられるわ。


「今まではそれが常のことでございました。まして所領から俸禄になったとて、同じ駿河の地を治める。織田に不満を持つ者からすると、この機を逃すまいと思うのも致し方ないことかと」


 この地が斯波家と織田家の治める地となり、しばし時が流れただけで寺社や商人らの中にわしを織田と戦わせようとする者がおるとは。かつての所業の責めを負えと言われ慈悲を求め泣きついておった者らなのだがな。


 しかも決して己らは前に出ず、わしが挙兵するならば致し方ない故、従うという体裁を崩そうとせぬ。


 あまりの身勝手さに今すぐ根絶やしにしたくなる。だが、そうもいかぬか。わしは代官でしかないのじゃからの。


「参った者の名と密約、書状。一言一句残さず清洲に届ける」


「なっ!? 御屋形様!! それでは大事となってしまいまする!」


「二心ある者など要らぬ。まさかそなたら、かの者らと内通しておるわけではあるまいな?」


 わしの言葉に驚く家臣がおるとは。敵は織田にあらず。身内にありと言ったところか。尾張を己の目で見ておらぬ者にとっては、未だにかつてのままということか。


「左様な者おりませぬ! されど、寺社や商人にも言い分がありまする!」


「分かっておらぬな。わしが織田に降ることで領内の者らに苦労を掛ける故、一度は仲介をしたが、それもすでに済んだことだ。この先、二心ある者を庇う義理などない。わしは織田家臣であるぞ」


 駿河ばかりか遠江もおるか。寺社商人共に小物が多い故、大勢に影響はあるまい。この際だ。愚か者を始末して懸念をなくしておかねばならぬ。


 織田の政は理に適っておるの。武士を束ねただけでは、必ず争いとなる。寺社や商人からも力を奪い従えねば太平の世などあり得ぬ。


 我欲のみで動く愚か者など要らぬわ。




Side:久遠一馬


 朝の散歩で氷の張った水たまりを見かけることも珍しくなくなった。旧暦の十一月はもう完全に冬だなぁ。


 織田領は人口増加と共に食料と燃料の消費が増えている。山の村から始めた炭焼き窯の普及がそれを支えている。山林資源の効率的な管理とまではいかないけど、山の植林や竹林の整備などで確実に進んでいるのは間違いない。


 尾張でも炭団や竹炭が安価で売られている。炭団は製造時に売り物にならないレベルの細かい炭が大量に出来るので、それを接着剤代わりに多少の海藻を混ぜて丸く固めて形成したものだ。


 さらに布団代わりとなる藁が村々できちんとあるかは、今も確認するようにしている。藁の中に入って寝るのが一番暖かいんだそうだ。


 実はこれに関して、布団の中に綿や羽毛の代わりに藁を入れる藁布団。史実であったそれも検討したんだけどね。木綿布の価格が思った以上に下がらないことで難しいままだ。


 三河とか長島辺りで綿花を栽培して、自給出来るようになってきたんだけどなぁ。


 無論、領民でも良質な古着が買える程度に普及しているけど、新領地や領外では織物自体が高価だから、そっちに買われていくことで値が下げられない。


 まあ、領民の優先順位が低いからとも言えるけど。藁の中に入って眠る領民ならば、わざわざ高価な布を買って布団にしなくてもいいやとなるみたいでさ。


 燃料問題は住居の断熱性とかも関わるし、一朝一夕には解決しない。


 もっと言えば、織田領の外が領内の発展と安定の足を引っ張っている。ウチはいろいろとチートがあるから対等じゃないし責める気もないけど。改めて日ノ本全土を考えながら進む必要性を感じるね。


「ちーち! おまつり!」


 朝から子供たちが元気だ。気のせいか、まだ歩けない赤子たちも元気な気がする。町から賑やかな声が風に乗って聞こえてくるからだろうか?


 今日は文化祭の日なんだ。


「そうだな。お祭りだな」


 子供たちは屋敷の中のみんなにお祭りを知らせに走っているようだ。すっかり那古野のお祭りになったなぁ。


 そもそも文化祭という名称の文化という言葉。これこの時代だと、まだ存在しないんだよね。いわゆる造語、オレたちが使う久遠語という扱いになっている。


 文化祭から文化という言葉が尾張では普及しつつあるんだよね。ちょっと面白いような申し訳ないような感じだ。


 今年はどんな感じかなぁ。去年と一昨年と違い、今年は特にやることがないから自由に見物出来るから楽しみなんだよね。




side:沢彦宗恩


 雨が降る様子のない空に安堵する。


 文化祭の支度もあり、昨夜は多くの者が学校に泊まっておったのだが、職人衆は寝ずに作業をしておったらしい。


「和尚様、おはようございます。いかがでございます? 良い出来でございましょう!」


 各々に仕事もあり役目もある。そんな者らが集まり支度をしてくれたのだ。誇らしげに語る職人衆が見せてくれたのは、恵比寿船を模した山車であった。


「ああ、これは凄いの」


 蟹江の船大工衆も来たことで、まさに恵比寿船をそのまま小さくした山車じゃの。内匠頭殿と奥方衆に感謝したいと皆で作ったものになる。内匠頭殿もこれは喜ばれよう。職人衆がつくるものを見るのが好きな御仁じゃからの。


 そのまま学校内を歩いて確かめる。


 あちらこちらで寝ずに支度をした者がおるな。内匠頭殿は常日頃から無理をするのを嫌う。夜通しで仕事をするなどというと止めるように言うが、今日ばかりは見逃してよいであろう。それだけ皆がいい顔で働いておる。


 皆、この学校と文化祭を心底楽しみにしておるのだ。


 拙僧も近頃では、寺より学校におるほうが多い。学徒も多く、師として働く者もまた多い。ここで多くの者の助けとなり、教え導くことこそ天命かとさえ思うこともある。


 いろいろ懸念も増えており、政は拙僧では分からぬことも増えた。まさか尾張の地から日ノ本を左右する日が来るとは思わなんだのだ。


「和尚様、おはようございます!」


「ああ、おはよう」


 朝餉を食うた子らが働きだすと賑やかになる。今日も良い日となろう。楽しみじゃの。



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