第1721話・変わる者

side:久遠一馬


 武芸大会が終わって落ち着いたからか、献策がいろいろと上がってくる。


 種目やルールに関するものから、新しいアイデアまで様々だ。嬉しかったのは、自分も参加したかったという意見が多いことか。年配者を中心にそんな意見があるみたい。


「ジュリアから献策って珍しいね」


「アタシにはそういう話が耳に入るんだよ」


 武芸大会において、隠居した武士を対象にした部門の創設。その献策がジュリア名義であることに驚くけど、そっち方面の意見は無下には出来ない。


 あと評判がいいのは模擬戦だ。こっちは定期的な開催が出来ないかという意見が以前からあった。鷹狩りも武芸や戦の鍛練という意味があるので盛んな時代だしなぁ。春なんかは、模擬戦で元の世界のプロスポーツみたいに出来るんじゃないかって言っていたけど。


「必要でしょう。学校でも隠居した方々は多いし。活躍の場は必要ね」


 エルも賛成か。まあ、隠居と一言で言っても、家督を子供に継がせているだけで働いているんだよね。大半は。


 第一線を退いても、相談役のように各地で活躍してくれている。そりゃあ、名声を得る機会は欲しいよなぁ。


 来年に向けて献策をどうするか、評定で議論していくことになるだろう。


「大根の生育も順調か。ほんと大根様様だね」


 今日は朗報が多いなぁ。こういう日は気分もよくなる。栄養もある大根は秋から冬に掛けての救世主と言えるほどの作物だ。近頃では、冬菜と呼ばれている小松菜も牧場村以外でも栽培が進んでいて、季節的に貴重な青菜として重宝されている。


 無論、もやしや二十日大根も普及している。これらは北畠六角両家にも広めているので、冬場の食糧事情は良くなっているだろう。


 どうしても目に見える形で変化が必要だからね。


「広がった領地は大変ですが、上手くやりくりするならばよい形に出来る可能性も増えます。駿河と遠江も安定していますし」


「だね」


 エルと顔を見合わせて安堵する。新しいことを始めると苦労が多いんだけど、駿河と遠江はウチがあまり関与していないのに安定しているんだよね。


 おかげで伊豆における賦役と織田農園が順調だと報告がある。まあ、細かい問題を挙げればきりがないけど、賦役で放置された田畑の復興をしつつ織田農園として生産高を上げる。今年は伊豆でも大根の作付けを始めるんだ。


 知多半島の芋の生産も増えたしなぁ。ほんと、このまま平和な暮らしが出来たらいいんだけど。西は近江、東は伊豆を越えると、戦国時代のままだ。


 織田家では椹野屋さんが来たことで周防が少し話題となっているけど、大内家を支えていた肝心の商人や職人たちの大半が尾張に来ているからなぁ。けしかけたのはオレたちだけど、ここまで尾張に集まるとは思わなかった。


 博多なんかにしても、今のところ遠すぎて争うメリットがない。あちらからはウチの船が寄港してくれるなら優遇するという提案まで頂いたほどだ。


 意識の違いも大きいね。織田家で商人や職人を軽んじる人は、上級武士、評定衆クラスだと皆無だろう。ウチが商人として今でも動いていることもあってね。その恩恵を受けられる立場だし、当然だけど。


 最近だと都から尾張に品物を売りにくるからなぁ。相変わらず畿内の商人は態度が悪くて嫌われつつあるけど、それでも堺のようにあくどいことまではしていない。


 さすがにその現状だと来るなとは言えないからね。


 手間がかかって食糧不足が度々起こる甲斐がどうなるか。それにもよるけど、他が安定しているのでなんとかやっていけるだろう。ホッとするね。




Side:季代子


 北国は冬になっている。


 戸沢はいいけど、浅利の処遇が面倒だった。知子にちょっとした無礼を働いた。そのことで浅利家存亡の機と言えるほどだった。無論、私たちの意思ではない。奥羽衆が配慮と懸念して死罪にするべしと騒いだだけだ。


 結局、浅利家は臣従を許すものの、所領に対する俸禄は大幅に減らすことで決まった。ただし、浅利兄弟の処遇は尾張での裁き待ちになる。形としては南部殿たちと同じね。


 奥羽織田領はようやく落ち着きつつある。と言っても劇的に変わったわけではない。とりあえず蜂起しても勝てないと様子見をしている者が多いだけだ。


 もちろん、こちらとしても国人や土豪や寺社をすべて排除するわけにはいかない。働けば暮らしが貧しくなることはないと理解させて、使っていくしかないのよね。


 まあ、津軽南郡のように勝手をした土豪なんかは相応にいる。罪状により変わるけど、基本として当主は死罪、残る一族は流罪として大蝦夷、シベリア方面に送った。


 それが効いたとも言える。南部殿も浪岡殿も彼らを庇わなかったのが大きい。


 そんなこの日、神戸殿が八戸に報告に来ている。


「神戸殿、本当にいいの?」


 報告に続いてあった進言に、私も驚いたかもしれない。


「はっ、未だ津軽を空に出来ませぬ。無論、それで織田が揺らぐことはないと思いまするが、ここは残るべきかと愚考致しました。この地を確と治める。その覚悟を見せる必要がございまする」


 私たちは年末に尾張に戻ることで調整をしていたの。同行するのは、正式に臣従をしていない浪岡殿や南部殿たち。浪岡殿は臣従を正式にするため、南部殿たちは戦の処遇も済んでいないので、その裁定がいるのよ。


 あと森殿とか神戸殿たち、彼らは織田家家臣であり与力という立場になる。当然、正月くらいは故郷で一族と過ごさせてやりたいので、連れて戻るつもりだったんだけど。


 まさか、残ると言い出すとは。


「確かに残ってくれると助かるけど。南部との戦も終わったわ。神戸殿らは浪岡殿との橋渡しを願って呼んだということもある。武功も挙げたわ。望むなら尾張に戻せるけどいいの?」


 北畠一門である神戸殿の立場は決して軽くはないのよね。望めば一年で戻れる。幸いなことに南部を降したという功もある。


「そうでございますな。ならば、お方様らがこの地を離れる時には尾張に戻れるように取り計らっていただけたら、某は十分でございまする」


「そう。分かったわ。ここは神戸殿に甘えることとします。大殿や北畠の御所様には私から言っておくわ」


 伊勢から見ると、この地はやはり田舎よ。本音では戻りたいでしょうに。


「戦のない世をつくる。この地を治めることは、その礎として欠かせぬはず。ここで手間取ることがあらば、織田家にとっても久遠家にとっても決してよくありませぬ。お任せくださいませ」


 十三湊に入る荷の管理や流通を含めて、ウチの家臣もいるけど。采配は神戸殿には任せているのよね。この半年、津軽代官として働いて、その難しさと重要性を、身を以って知ったようね。


「ええ、任せるわ」


 自信に満ちた笑みの神戸殿が頼もしい。世を変えるのは自分だ。そういう気概がある。


 私たちの思った以上に奥羽は上手くいくかもしれない。そう思えるわね。



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