第1719話・流浪の果てに

Side:元遊女屋の主


 今は亡き大内様の遺言を思い出す。この国は、周防ともここまで来る道中に立ち寄った国々とも違うようだ。


 数日休んだ我らは、病院なるところで診察を受ける。長旅の疲れもあろうからということと、病に罹る者がおらぬか診るそうだ。病は早う見つけてこそ治せるのだとか。


「貴方は遊女屋をやりたいの?」


 診察も終わり、虫下しくらいで済みそうだと安堵しておると、診察をしてくだされた薬師の方様に声を掛けられた。


「家業でございましたので、やれるならばそれがよいかと。されど、連れて参った皆が食えるならば、他の仕事でも構いませぬ」


 かように栄えた国では遊女屋も多かろう。新参者がやるのは難しいかもしれぬ。まずは皆が食えるようにせねばならぬ。


「身寄りのない者をすべて連れてきたことには驚いた。なぜそこまでしたの?」


 ああ、時折同じことを問われることがある。たいした理由などない。強いて挙げるとすれば……。


「見捨てられなんだだけでございます。わしが捨て置けば死してしまう者たち故」


 なにか求めるわけでも理由があるわけでもないのだ。愚かだと笑われるがな。薬師の方様もまた、わしの返答に微かに笑みをお見せになられた気がした。呆れておられるのであろう。


「武士になる気はない? 私の下で働いてほしい」


「……はっ?」


 慣れておる故、気にも止めておらなんだが、唐突に言われたお言葉にわしはなんとお答えすべきか分からなんだ。戯言か? 愚か者をからかっておるだけか?


「私たちは遊女たちが働けなくなった後のことを考えて働きかけている。尾張では字の読み書きを教えていて、働かせ方も少しずつ変えている。貴方にはその仕事を手伝ってほしい」


 なんと。左様なことを考える者がこの世におられるのか? いや、薬師の方様の噂は西国にも伝わる。数多の民草を助け、神仏の如きお方だとすら言われておるのだ。このお方ならば……。


「某は遊女屋しか知りませぬが、よろしゅうございましょうか?」


「うん。正式に我が殿の家臣として取り立てることになる。期待している」


 良いのか? と思うところもあるが、求められた以上、断れる身分でもない。まして周防で店を閉めて行き場がないわしを尾張へと導いてくだされたのは久遠様なのだ。


「ははっ、誠心誠意務めさせていただきまする」


 久遠家では、かようなことがよくあるのであろうか? ともあれ、相応の着物を急ぎ仕立てねばならぬな。売れそうな品はすべて売って路銀にしたのだ。


 まあ、これで皆を食わせてやれる。それがなによりだ。




Side:久遠一馬


 秋の収穫もほぼ終わり、各地の様子が届いている。不作のところには冬を越せる食料を届ける必要があるし、食わせるためにする賦役をどうするのかと検討もいる。


 あとは食料不足に付け込んで物価を釣り上げて儲けようとしている、寺社や商人に警告を与えたり罰を与えたりもする。


 現状で大変なのは甲斐だろう。小山田と穴山が降ったものの、領地の接収は始まったばかりだ。毎度お馴染みとなっている、各方面からの反発や勝手なことをしているところもある。今年中には終わらないだろうね。


 係争地や、今は自分で治めていない土地も自分のものだと主張したり、どこぞの人から認められたとか偽の書状を持ってきたりするなんてこともよくある。


 さらに役目を与えない。重用しないということになると、怒って兵を挙げようとする人も珍しくない。信濃でも土豪や寺社がいくつもそんなことをしており、最終的には死罪や海外に流罪になった人が相応にいる。


 まあ、甲斐はそういうことをしそうな人が武田家によって労働刑となっているので、今は大規模で騒ぐ人はいないらしいけどね。


 村単位で従えるのはやはり手間と時間がかかる。


 武芸大会についてだが、今年も文化と工芸、それと農産物の展示は五日ほど継続して行なった。これもほんと各町がお祭りのように賑わうんだよね。


 そんな関連イベントが終わると、残すのは文化祭になる。これの日程も毎回微妙に変えていて、今年は一か月後の十一月初旬にしようということになった。一昨年は当時の親王殿下がいたこともあって、武芸大会から日を置かずに開催したけどね。


 武芸大会、文化祭に関しては、オレの意図より携わるみんなで作り上げるものになっている。具体的なことはオレも知らないことすらある。それが楽しみでもある。


 そんなこの日、ウチの屋敷に来たのは周防で助けた元遊女であるお園さんの勤めていた遊女屋を営んでいた人だ。


「ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」


 緊張した様子だね。なんか困っていると聞いていたので、尾張に呼んでみたらと助言して一向宗に頼む書状を一枚書いただけなんだけど。


 この人の報告書はいくつかある。商いにも精通していて人情家だ。抱えている遊女を連れて逃げたことで、陶隆房の謀叛などの混乱から守り抜いたという報告には驚いたほどだ。


 人望もあり、大内家の上級武士とも親交があったというのも納得の人なんだよね。


 ただ、武辺者と言える陶隆房とはあまり相性が良くなかったことと、山口の衰退が思ったより酷いようでこの人ですら店を営めないほどだった。まあ、半分くらいウチが原因なんだけど。周防から人を根こそぎ引き抜いたからなぁ。


「ケティから聞いています。召し抱えるのでお願いします。ああ、連れてきた遊女たちの仕事もいろいろとあるから。そっちも案じなくていいよ。禄は三十貫でどうかな」


「はっ! 畏まりましてございます!!」


 ケティからは是非ともほしいと頼まれているんだよね。とりあえず家禄は三十貫でいいだろう。支度金を百貫ほど別に出すけど。ほとんど着の身着のままで来たみたいだからさ。


「まずは旅の疲れを癒して、尾張と当家のことを見聞きしてください。八郎殿。あとはお願いね」


 いや、こういう人材は喉から手が出るほど欲しい。多分、湊屋さんが知ると、ケティに先を越されたと笑いそうなほどだ。


 領国が広がったこともあって、ケティの負担も増えていたんだよね。遊女関連の仕事、ほとんど独自でやっていたからさ。今後は織田家としての仕事に移行していかないといけない。


 頑張ってほしいものだ。




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