第1718話・第九回武芸大会・その十一

Side:とある商人


 賑わう町の喧騒さえ懐かしく感じる。


 かつての山口の町か、それ以上の賑わいだ。


「お園もお縁も立派になったなぁ」


 蟹江湊というところに着くと、お園とお縁が湊で待ってくれておった。懐かしい二人の顔に思わずわしも涙が込み上げてくる。


 あの日、陶様が謀叛を起こした日。別れたふたりが、遥か尾張の地でこれほど立派となっておったとは。


 馴染みの客の伝手で逃げたいと言うた時、騙されるのではと案じておったことが懐かしいわい。


 武士の妻と養女となり、一端の暮らしをしておることがなによりだ。


あるじ様もよく御無事で……」


 ああ、苦労をした。山口の町は荒れ果ててしまい、店も焼け落ちてすべてを失った。大内様を討った陶様が周防を治められたが上手くいかず、店の再建をしたもののやっていけずに閉めることになったのだ。


 抱えておった遊女らに働き口を見つけてやり、尾張まで供をすると言うた者のみ連れてきた。


「ここまで来られたのは、そなたのおかげだ」


 お園が口利きしてくれたおかげで、一向宗の寺で道中世話になることが出来た。一時のように多くの者が一向宗の世話で尾張を目指しておるわけではなかったが、今でも僅かながら一向宗に従い尾張を目指す者がおった。かの者らと共に来たのだ。


「いえ、あれは斯波様と織田様の差配されたことでございます」


「久遠様の書状とは驚いたわ。道中の寺でも扱いが違ったほどよ」


 昔から遊女にしておくには惜しいとさえ思っておったが、今では久遠様のところで侍女として働くとか。いかになっておるか詳しく知らぬが、久遠様の一筆書かれた書状を寄越してくれたおかげで、連れてきた女どもが乱暴されることもなく道中の飯もいいものばかりであった。


「にしても賑やかな町だな」


「今日は武芸大会があったので特に賑わっておるのですよ。ひとまずお休みください。この国では仕事はいろいろとありますから。主様は店を開くかと思い、いい場所の空きがないか頼んでおります」


 武芸大会か。道中、噂に聞いたやつだな。早ければ見られると思うたが、雨で川が渡れぬところなどあって遅れたのだ。見られぬことは惜しいが、毎年やっておる祭りだとか。来年の楽しみにしておこう。


「店か。新参者だ。わしと連れて参った皆が食えればそれでいい。どこぞで雇ってくれるならそれでも構わぬ」


「詳しくは後日になります。御家の仕事でしたら主様なら喜ばれるかもしれません」


 御家とは久遠家か? さすがに武家に仕えるような身分ではないのだが。ましてわしは遊女屋の主しかやったことがない。お役に立てるとは思えぬ。


 まあ、この際、下人でも構わぬか。お園の様子をみると決して貧しい暮らしとも思えぬ。


 ひとまず今宵は宿に案内してくれるとか。今日はよく眠れそうだ。




Side:久遠一馬


 最終日の宴。本選出場者も参加しての賑やかな宴だ。


 勝っても負けても、この宴で一区切り。明日からは来年の武芸大会を目指すんだそうだ。石舟斎さんがそんなことを去年言っていたのを思い出す。


 宴の形式は席次を決めないものだ。テーブルに料理が並び、好きな品を取って数あるテーブルで自由に食べる。ケースバイケースではあるけど、武芸大会の宴はこの形式が割としっくりとくる。


 席次が決まるとどうしても遠くの人と話をしにくいけど、この形なら気軽にいろんな人と話が出来る。皆さんも椅子とテーブルに慣れているから戸惑いとかないしね。


 北畠と六角の皆さんも自分たちだけで固まらずに、織田家中の皆さんと話していて、それが地味に嬉しいかもしれない。


 そんな宴でオレはあちこちに挨拶に出向いている。義統さんのところに来ると、真柄さんが連れてきた朝倉家中の皆さんを見て楽しげな笑みを浮かべていた。


「ふふふ、越前の者らにはいい薬よの」


「他国にて宴に出る。それもいい経験ですからね」


 彼らは正式な使者というわけではなく、あくまでも武芸大会見物としてきたので貴賓席に呼んでいなかったが、最後の宴には招いている。あと他にも雑賀衆とか根来寺の関係者も招いてあるけど。


 朝倉の皆さんは、自分たちで一か所にいて大人しくしているけどね。日ノ本の宴と違うからか、戸惑っている。その様子も義統さんは面白いと思うらしい。


 朝倉に関しては、宗滴さんから真柄さんを尾張で学ばせられないかと頼まれた。信秀さんや義統さんと相談した結果、構わないとなったので、ついでに越前から来ている人たちを宴に招いたんだ。


 ただ、ひとり違うのは真柄さんだ。彼は尾張でも名が知られて武勇も認められているからね。いろいろな人に声をかけられていて、すでに別のところで楽しんでいるようだ。


「席次を決めぬこの宴。なかなか面白いの。人の才覚や力量が見えるわ」


 同じく初参加のはずの雑賀衆と根来寺の関係者だけど、こちらは自ら声をかけたりして割と馴染んでいる。傭兵として他国に行く機会の多い雑賀衆と寺社である根来寺だ。外交的な場にも慣れているとみるべきかもしれないけど。


 宗滴さんがいればもう少し違ったんだろうけどね。病気療養中ということで公式の場に出ることはないからな。


「こういうのを積み上げて、戦になるのを減らしたいんですけどね」


 戦争は外交の延長だなんて言葉も元の世界にはあった。この時代でも本質は同じだろう。斯波家の権威。こういう場になると、ほんと便利というか万能だなと感じる。


 因縁の朝倉であっても招くことは出来るし、招かれた以上、断るには相応の理由がないと受ける必要がある。こちらとしては、とりあえず尾張を知ってほしいしね。


 さて、他の皆さんにも声を掛けに行くか。朝倉、雑賀、根来の皆さんとは挨拶くらいしておきたいし。


 料理とお酒もたくさんあるんだ。勧めて楽しんでもらいたい。


 塚原さんとか晴具さんのところには、人が大勢集まっているなぁ。こうしてみると、力ある人や権威ある人はやっぱ強いわ。形を変えてもきちんと対応してくるんだから。


 武芸大会が終われば、すぐに冬だ。


 一年が過ぎるのは早いね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る