第1717話・第九回武芸大会・その十

Side:織田信光


「舐めてかかるなよ。我らと違い、久遠の知恵を学んでおる者らだ」


「はっ!!」


 初陣の相手か。去年が一馬だったからな。皆も顔つきがまことの戦のようだ。下手な真似をすれば、大恥をかくからな。実際、昨年見事なまでに完勝した一馬の後ということで、願い出る者が誰もおらず、珍しく一馬が困っていたからな。


 今年も一馬にやらせれば、来年もとなりかねん。出来ぬわけではなかろうが、あやつは背負うものが多過ぎる。ひとつずつ皆で代わってやらねばならんのだ。


「難儀なことでございますなぁ。初陣に困るほど戦がなくなるとは……」


 古い戦を知る者が少し困ったように笑った。あの頃を知る者も少なくなりつつある。


「いずれにせよ、尾張から出張るほどの相手が近隣にはおらぬ。一々初陣のために遠方に出すわけにもいくまい。遅いか早いかの違いだ」


 誰が悪いわけではない。皆も理解しておることだ。強く大きくなると尾張半国にも満たぬ頃と同じというわけにはいかん。


「内匠頭殿は我らと同じ戦でも強い。されど、それでも先はないと考えた。今ならわしでも理解出来まするな」


「ああ、あいつは誰よりも先を見ておる。わしやそなたの孫やその子。もしかすると子々孫々の頃を見ておるのかもしれぬ」


 一馬が言うこと、わしも最初は分からなんだ。害にはなるまいと聞き流しておったこともあるがな。そんな一馬ですら、戦のない世においても、戦の備えがいると苦心しておる。戦のない世故、兵も軍も不要であると言えば誰も信じなんだであろう。


 もっとも一馬は日ノ本の外が敵になると思うておるようだがな。それはわしにもまことにそうなるか分からん。


「さて、戦場を知らぬ童どもに教えてやるか。己らがいかに恵まれておるかということを」


 始まりの鐘が鳴る。


 わしは一馬や兄者の真似は出来ぬ。とはいえ、それでいいと思うておるのだ。居場所くらいは自ら作ってみせるわ。


「よし、かかれ!」


 さあ、始めようか。命こそ奪わぬが、戦の恐ろしさ。確と教えてくれるわ!




Side:春


 孫三郎様率いる大人と初陣組の模擬戦が始まった。陣構えから動きまで見事ね。私たちの時と比べると攻撃的かしら。司令は当初、初陣組の攻めを受けようとしたけど、孫三郎様は最初から攻めるつもりね。


 実際の戦で、相手がこちらの攻めを受けてくれることなんてないから当然というところか。


「やはりまだ初陣組は覚悟も経験も足りませんね」


 初手から攻めに入った大人組に初陣組が動揺するのを見て、夏がなんとも言えない顔をした。あまり教える機会もないけど、私たちも伊勢亀山にて、学校の分校で指導をすることがあるのよね。何人かの教え子が初陣組にいる。


 教育と経験。今のところは経験に勝るものはないか。大人も新しい戦、知識を学んでいるし当然だろうけど。


「練度でいえば私たちが上かしら?」


「応用性は孫三郎様たちが上かもしれない」


 秋と冬も驚いている。去年の模擬戦から孫三郎様たちは対策と訓練をしていたようね。全体としての統一性。練度は私たちが勝っているけど、応用しているのは孫三郎様たちが上だわ。


 少し離れたところから見ていた私たちのところに意外な人物が姿を見せた。


「オレも一度やってみたいな」


 菊丸殿だ。今回の大会では、塚原殿の弟子たちと共に審判も務めていた。完全に武芸者として馴染んでいるのよね。彼の発言で少しだけ閃いた。


「模擬戦。別に武芸大会以外でもやってもいいのよね。月一とかでも。人手不足だから今は無理だけど」


 元の世界のスポーツのように一年を通して模擬戦をやって見物料でも取れば、いずれプロスポーツのようになるんじゃないかしら。人の育成という意味でも戦術面でもそのほうが磨きがかかる気がするわ。


「それは面白いな。ならばオレも出られよう」


「差配するのは駄目ですよ」


「存じておる。左様に目立つ気などない」


 考えて見ると、織田の若殿だっておいそれと差配の経験を積めないのよね。身分ある人が経験を積む仕組みもいるかしら。


「もう少し人に余裕が出来ればそれも良いのですが……」


「いずこも人が足りぬか。京の都には暇を持て余した者らが多いがな」


 すぐには無理だと夏が念を押すように口を開くと、菊丸殿は仕方ないと言いたげにため息を漏らした。公方様のところも人手不足なのよね。地下人を使う案を提案して進めているはずだけど。


 ほんと一気にやることが増えるのは困るのよねぇ。




Side:久遠一馬


 ああ、信光さん。遠慮なく初陣組を総崩れに追い込んで勝ってしまった。


 基本は押さえつつ、より実戦形式で、威圧したり時には武勇に優れた人が蹴散らしたりした結果だ。


 事前にどのくらいやっていいのかと聞かれたので、本気でと答えたこともあるんだろう。その辺りは関係者で議論があったようだけど、個人的には中途半端な手加減なんていらないと思う。怪我をしないルールにしたんだしさ。


 貴賓席はやっぱり大人が勝ったことで安堵している人が多いと思う。


 変わることを恐れる人はいないと思うけど、若い者が自分たちの積み重ねた経験を超えると少し複雑なんだろうね。


 まだ十代半ばだったオレのやること、よく認めてくれたなと今にして思う。


 今回は、なんか武芸大会くじの売り上げが凄いことになっていると、報告もあるほど盛り上がっている。六角と北畠の資金提供もあったし、武芸大会は経済効果も凄いことになっているなぁ。


 あと、各地の武芸大会。上手くいっているかな。書画とか和歌も多くないけど展示している。帝や上皇陛下。公家衆の和歌は難しいけど、織田家とか絵師の皆さんのは許可が取れたものから各地の展示用に回したんだ。


 美濃や三河などでは数年前から展示していたんだけどね。今年は甲斐・駿河・遠江と地方大会を出来なかったところ以外すべてで展示した。


 屋外競技もそうだけど、書画と和歌の展示も評判がいい。ああいうのを見る機会がなかった人が喜んでくれるんだ。


 実は、こちらの展示会。経費がほとんどかからないから効率もいい。去年までの武芸大会で展示したものが結構あるんだ。


 警備の経費と、解説をお願いするお坊さんに謝礼は必要だけど、そこまで高くないし。


 さて、残るは団体戦の決勝だ。


 行軍・野戦築城・模擬戦・荷駄輸送の四種目が残っている。うち会場でやるのは先の三つで、荷駄輸送は先に出発をして優勝者が戻ってくるのを待つ形だ。


 娯楽が少ない時代だからね。オレも楽しみだ。去年みたいに参加するのもいいけど、個人的には見ているほうが気は楽だね。



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