第1716話・第九回武芸大会・その九

Side:久遠一馬


 手に汗握る試合が続く。互いに手の内を理解しているからこそ、そこからどうやって勝つかをみんなが考える。自分や相手の得手不得手や癖など、より高度な試合だったみたい。


 出場者の皆さん、イキイキしているなと感じた。命のやり取りをしない試合でも、武芸を通して強さと武功を求める。この先の未来に続く形になったなとしみじみと思う。


 あと、今年はセレスが産休中で模範演技を出来ないことで、それを残念がる声が聞かれたことが嬉しかった。


「ああ……」


 武芸大会最大の見どころである剣の決勝。


 石舟斎さん、負けちゃった。今年は愛洲さんの勝ちだ。愛洲さんもジュリアたちから久遠流を学んでいることもある。基本が陰流であることに変わりはないけど、相手の技を学び知るとそれだけで違うからね。


 ただ、石舟斎さんも後悔している様子はない。勝っても負けても晴れ晴れとした感じだ。


 ちょっと残念だけど、大会出場者のことは、勝っても負けても褒めてやろうと決めている。


「勝ち続けるって難しいんだろうね」


 武芸大会。オレとしては、ジュリアたちが優勝者相手に試合をしたり模範演技したりすることを、そろそろ見直してはどうかと思っている。


 ジュリアたちも鍛練をして、身体能力や技術を維持するために頑張っているけど、いつまで続けるんだろうかと少し不安もある。みんなの負担にならないかってさ。


 まだエルたちにも言ってないし。安易に止めようと言う気もない。多分、ジュリアは自ら止め時を決めると思うしね。


 性格とか価値観が違うからなぁ。正直、見ているほうがハラハラする。


「今年の初陣はいかになりましょうな」


「楽しみですな」


 和やかな貴賓席では笑い声も響く。そんな中、剣の試合で個人種目が終わり、続いて初陣組の模擬戦になる。


 今年は信光さんが将として出る。自ら志願したんだ。


 初陣組の模擬戦。去年、オレたちが出たことも踏まえて、いろいろと議論があった。初めてだったことやウチのみんなの練度が高いことから圧勝したけど、あれが決して簡単なことだとは誰一人思ってなかったしね。


 教導奉行となっているジュリアを中心に、受けて立つ大人をどうするのか。そこは話し合いが難航した。そういう役職を設けるべきという意見もあったし、志願制でいいという意見もあった。


 家柄や身分、武功や用兵。この時代では、公の場で将として初陣の相手をするために考慮することが多過ぎるんだ。


 結局、今年は信光さんがやってみたいと言ってくれたので任せることで落ち着いた。


「そういえば、紀伊の人たちはどう見ただろうね?」


 団体戦は会場が変わる。陣地構築とかするので第二競場に移動するんだ。オレたちも移動をしつつ雑談をしている。


「敵となるほどの懸案もございませぬ。様子見がせいぜいかと」


 子供たちもいるので、手を繋いだりしてゆっくりと歩いている中、資清さんがオレの懸念に答えてくれた。


 実は今年、紀伊の雑賀と根来から、それぞれに団体さんが来ている。使者というほど正式なものではなく、武芸大会を見物したいという話があったので席を用意しただけだけど。


 根来は尾張や伊勢から遠いので、もともと関わりがなく敵でも味方でもない。雑賀、ここもあまり関わりがないけど、彼らは傭兵のように各地の戦に参戦するんだよね。その際に報酬として所領をわずかに得ているらしく、織田領にも雑賀に与えた土地があった。


 領地制をやめて土地の一元管理をするに際して、雑賀とも交渉して雑賀衆の所領も禄として銭での支給に切り替えている。戸惑いはあったようだが、大きな反発はなかった。本願寺と親しいこともあり、願証寺が仲介してくれたしね。


 それに紀伊は鉄や硝石を筆頭に尾張から物資がかなり流れている。そういう事情もあり、関係は良好なんだよね。今のところ。


 行啓と御幸の影響だろう。各地からの注目度が一気に上がった。今後は全方位を見つつ動かないといけない。大変になるなぁ。




Side:雑賀衆


 驚きを通り越しておるかもしれぬ。豊かな地に溢れんばかりの人。見たこともない品々があちこちにあるのだ。


「織田の鉄砲。我らのものと違うという話はまことのようだな」


 ひとりの男が一番懸念しておるのは、やはり鉄砲か。我ら雑賀でも鉄砲を造り用いるが、織田の鉄砲は久遠が持ち込んでおるとかで日ノ本のものと違うらしい。


 現物を欲しても手に入らず、此度の武芸大会とやらでようやく撃つ姿を見ることが出来た。


「金色砲と鉄砲、それと弩と織田が呼ぶやつもあろう。さらに焙烙玉か」


 三河にあった一向宗の寺、本證寺が一夜にして陥落し、織田に敵なしと言わしめるほどの武がいかなものか。雑賀でも意見が分かれておる。されど、来てみると流布されている話が偽りだと言えぬということが明らかとなったな。


「いや、海だ。織田の船こそ懸念であろう。海では相手にもならぬ」


 また別の者は、ここに来るまでに見た船の数々に意気消沈といった様子だ。


 我らも外海に出る。それ故、それがいかに難しきことか理解しておるつもりだ。海だけで言えば、噂が大人し過ぎるのではと思う。南蛮船、ここでは恵比寿船と呼ぶらしいがな。あれもさることながら、久遠船と呼んでおるあれもまた恐ろしき船だ。


 敵となっておるわけではない。さりとて、これほど力の差があるのは捨て置けぬ。


「争えば、鉄や硝石は当然として、あらゆる品が止まる。伊勢無量寿院で織田はそれを示した。奴らに配慮せぬ織田が我らに配慮をするはずもない」


 我らは我らの土地を守り生きていきたいだけ。それでいいと思うておった。いや、今でもそれでいいと思うておる。


 されど、強く豊か過ぎるこの国を相手に同じことが言えるのかと思うと、難しきこととしか言えぬ。


 織田は自ら領地を広げようとしておらぬ。されど、従わぬ者に利を与えることもない。これは至極当然のことである。他者ならばそれでよいのだ。ところが暮らしが明らかに違うほど豊かな織田が同じことをすると、近隣の者は生きていけなくなる。


 土地を守り、我らで生きるためには織田に負けぬ豊かさがいる。だが、左様なものが手にはいるならば、争うことなど誰もせぬのだ。


 難儀なものよな。畿内は争いが絶えず、尾張は畿内を超える豊かさを得ているとは。


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