第1711話・第九回武芸大会・その四

Side:柴田勝家


 まことに賑わうのかと、半信半疑であった。武芸大会は大殿と内匠頭殿が始められたものだ。それに泥を塗るのではと皆と案じておったのだが……。


「賑わう町を見るのもよいものじゃの。清洲も悪うないが、我が故郷じゃからの、ここは」


 山城守殿が目を細めて喜んでおる。清洲では大会の最中だというのに、多くの者が集まり賑わっておるのだ。


 各地の田畑で採れるものとて、それほど珍しきものがあるのか疑念があった。もっと言うならば、珍しき品があったとてそれを見に来る者がおるのかと言われると、我らには分からなんだことだ。


 それともうひとり、久遠家の湊屋殿が来ておる。忙しい身であろうに、わざわざ新しきことを始めるのだからと、久遠家からも幾人か人を出していただいた。正直、それだけで皆が安堵しておると言うてもよい。


「領内ばかりではございませぬな。大湊はもとより、武芸大会目当てに尾張に来た商人の姿も見られまする。やはり、かような場があれば目端の利く者は集まるということでございましょう」


 わしは存じておらぬが、名が知れておる商人や商家から多く集まっておるらしい。動員したのかと問うたが違うと笑うておるわ。


 まだ今ほど内匠頭殿の力が諸国に知られておらぬ頃、大湊の会合衆を辞して仕官した男だ。湊屋殿が一声かけると、織田領の品物の値が動くとまで言われるほどよ。


 当初は商人風情がと陰口もあったと聞き及ぶが、日増しに変わり続ける織田家において異を唱えさせぬほどの働きをしておる。


「三河吉良の茶はいいワケ。ここ数年で質も量も揃ってきたわ。ただ、今回は品物の質は二の次でもいい。売れそうな品、求められる品は質を上げることが出来る。意外な品もいくつかあるわね」


 それと久遠家のエミール殿が先触れもなく姿を見せた。商いに役立つかもしれぬと思い、わざわざ見に来たらしい。


 僅かな警護の者のみを供として目立たぬように来ておるが、それでも目立ってしまうのが定めか。山城守殿が慌てて警護の者を増やしておったな。


「信濃の唐辛子など驚かれておりますなぁ」


「あれもこれからよ。ウルザもこのために送ってくれたけど、まだ試している段階なワケ」


 湊屋殿とエミール殿が親しげに話す姿を見ておると、武士とは違うのだなと改めて教えられる。とはいえ、武士とはいかなるものか、己の民や土地を守る者だとするならば、久遠家は紛れもなく武士であるがな。


「そういえば、あのツクリタケとやらは出しても良かったので?」


 せっかくなので、ふと気になったことを問うてみる。久遠家からも珍しき品を幾つか出してくれており、中でもツクリタケ、内匠頭殿はマッシュルームなどと呼んでいるキノコが領外の者に驚かれておる。


 尾張では数年前から見かけるもので、今では露店市などでも買える品だが。久遠家は領外にあまり売らぬ品がいくつもあるのだ。売って寄越せと騒ぐ商人が出そうなものだが。


「ああ、構わないワケ。干したものを少量なら売れるようにしてあるわ。いかほどの値を付けるか様子を見ているのよ」


 ツクリタケ。家中でもあまり知られておらぬが、あれは採るのではなく作っておるキノコのはず。山の暮らしをしておる村のいくつかで作り、久遠家が買い取って売っておるはずだ。


 あまり目立てば、作り方を盗まんとする者が出てくるはずだが。


「隠すより広げるしかないか」


「ええ、領地が広がるのが早過ぎるワケ」


 理由は知っておる。これでも農務総奉行を拝領しておるからな。飢饉に備えるべく久遠家とは常に話をしておるのだ。芋類はまだ早いが、幾つかの作物はすでに作る場を広げておる。


 儲けばかりみておれば大勢を見失う。久遠家が今懸念しておることだからな。


 ひとまずこちらは上手くいきそうだな。武芸大会に出られぬことは口惜しいが、わしもそろそろ先を見越して若い者に譲るべきかとも思うたのだ。


 上手くいって安堵するわ。




Side:とある男


 外の賑わいが家の中まで聞こえてくる。賦役も休みでやることがない。隣近所の奴らは、皆、武芸大会を見に行った。


 だが、オレは行きたくない。いや、行けぬというべきかな。


 オレはかつて武士だった。陰流の免許皆伝もある。先代の師から頂いたものだ。


 先代と比較して今一つ物足りぬ、あやつに不満があった。そう思い……、違うな。さしたる理由もなく、兄弟子らと共にあやつを罵り、好き勝手しておっただけだ。先代を重荷に感じて兄弟子らに強く言えなんだ、あやつに付け込んでな。


 我らは驕っておったのであろう。尾張であやつが負けたと聞き、それ見たことかと責めておったことが北畠の御所様のお耳に入った。


 結果は追放だ。北畠の御所様のお怒りを買ったオレを、親戚縁者の誰も助けてくれなんだ。


 当初は親しい兄弟子と共に東国に向かったが、途中で喧嘩別れをして離れた。ろくに銭もなくいかがするのだとなった際に、兄弟子がいずこからでもいいから銭を奪ってこいと言うたからだ。


 奪うのは構わぬが、それを兄弟子などにやる義理もない。


 そのまま別れて、人には言えぬようなこともした。それでも生きていけず、気が付けば故郷に戻りたいと尾張まで来ていた。


 ただ、そこでも見たのは、立派となり尾張で慕われておるあやつだった。


 頭を下げて許しを請いたい。そう思うておったが、なかなか出向くことが出来ず、尾張にて流民らと共に賦役で生きる日々。


 気が付けば刀すら持ち歩かず、免許皆伝の目録と共に床下に隠したままだ。


 もうこのままでよいかと思うところもある。北畠の御所様に見つかれば近場におることで罰を受けるかもしれぬが、落ちぶれてしまったオレを見て気付くとも思えぬ。


 幸い、食うには困らぬ。二度と武芸などやらねば、このまま穏やかに暮らせるはずなのだ。


「数多の者が見ておる場で勝つ。難しきことよ」


 見てみたい。一度は武芸の道を歩んでおればこそそう思うところもある。されど、見れば必ず未練が出る。


 あの時、御所様に追放された者で、名を上げた者は誰もおらぬ。すぐに名を上げて御所様とあ奴を見返してやると息巻いておった者もおるが、名を上げたのはあやつのほうだ。


 柳生と愛洲の勝負は武芸大会のもっとも面白き見せ場とすら言われており、諸国に名が轟いておる。


 武士である以上、結果以上のものはない。


 そう、武士であるオレはもうおらぬのだ。一介の流民としてこの地で暮らす。それしかもう道は残されておらぬ。


 それだけのことだ。




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