第1710話・第九回武芸大会・その三

Side:雪村


 関東の地より参った昔なじみの絵師らが、驚き信じられぬと町を見ておる。


「聞きしに勝るとはこのことか……」


「帝や院が御幸なされたというのも分かるな」


 北条は尾張と誼を深めておると聞き及ぶが、それでもあの地が変わったわけではない。争い、奪い、飢える。


 絵師というのは不便なものだ。力ある者に従い、望む絵を描かねば生きていけぬ。だが、この地は違う。名を多く求めぬのならば好きな絵を描いて生きてゆける。


「多くの書画を集め、領内の民ばかりか万人に見せるとは、いずこの者が考えたのであろうな?」


 多くの者に己の書画を見せる場を与えられる。それだけで絵師ならば目の色が変わってもおかしゅうない。無論、誰でもとは言えぬが、相応の絵を描く者ならば拒まれたという話は聞かぬ。


 呆けた顔をする昔なじみらに、わしもかつて同じ顔をしておったのだろうなと思うと、少し可笑しく思える。


「さあ、皆様。参りましょう」


 自ら案内をすると言うてくれた留吉殿と共に津島の町を歩く。こうして共に歩いておると、誰よりも年下の留吉殿は弟子くらいにしか見えぬのであろうな。


 ただ、すでに余所者以外で留吉殿の顔を知らぬ者はおるまい。一昨年は親王殿下に去年は院に拝謁を許され、お声がけもあったほど。久遠家の絵師殿の一番弟子とも称され、年若いことから謙虚であるが、尾張でも有数の絵師じゃからの。


「かように集めて見ると、面白きものよな」


「ああ、かような場に相応しき書画を描かねばなるまいな」


「まさか泣く者がおるとは……」


 武芸大会初日というのに、絵を見せておる場は人が並ぶほど混雑しておる。民が喜び、時には祈り、涙を流す姿には皆が驚愕し、書画というものを改めて教えられる。


「おお、わしの絵を見て喜んでおるわ」


「なんの、わしの絵のほうが人は多いぞ!?」


 久遠殿の配慮で皆の書画も展示しておるが、己の書画を見る民らの様子には喜びが隠し切れぬようだ。


 見る目がある者に見ていただく喜びもあるが、なにも知らぬ民が喜んで見ておるのもいいものだ。尾張に来るまではかようなこと考えたこともないがな。


「帝の和歌も見たいの」


「わしは蟹江の馬車に乗りたい」


 皆、滞在中は久遠家の世話になることになった。尾張見物をして思うままに絵を描きたいと意気込んでおる。


「すべて案内致しますよ。熱田と蟹江は大会が終わってもしばらく展示していますので、明日は清洲なども良いかと。皆様の席もご用意致します」


 腰が低いのは猶父である内匠頭殿譲りか。内匠頭殿の猶子にして絵師としても確とした技を持つ。我らが頭を下げねばならぬところであるが、当人が望まぬからの。


 されど、我らには我らの技と積み重ねがある。留吉殿にとって昔なじみの皆と、共にあることは決して無駄にはならぬ。


 互いに切磋琢磨していければ、それに勝るものなどない。


 良き日々になればよいの。




Side:久遠一馬


 凄いわ。初参加だった飛騨の若い選手。スタートダッシュしたりして、ペース配分とか滅茶苦茶なのに勝っちゃったよ。


「よほど緊張していたんだろうね。まさか一番だと気付かなかったとは」


 貴賓席で笑いを誘ったのは、彼が一番でゴールしたのに、ビリだと勘違いしていたことか。周囲と背後に人がいないので自分が一番遅いと勘違いしてしまい、遅れて申し訳ないと泣いて謝罪していた。


 最後の最後まで周りを見ている余裕がなかったらしい。


「思うておったより面白いな。新参者でも目に付く者が多い」


 陸上の個人種目。飛騨の彼以外にも、何人か初参加で入賞したりしていて盛り上がっている。信長さんですら驚いているくらいだ。武芸部門だと、一年を通して鍛練している常連組がいて、どうしても新参者が不利だからね。


 特に飛騨は、目ぼしい利益もないわりに火山の噴火で手間がかかるから、あまり評価は高くなかったんだけど。彼のような人がいるなら、人材としては埋もれている人がいるのではと思うんだろう。


 さて、貴賓席では今年もバーベキューを用意している。温かい汁物もあって、のんびりと食べながら見ることが出来る。ちなみに領民の席だと物売りが回っているので、あちらもいろんな料理やお酒なんかを見ながら食べられるようになっている。


「ちーち!」


 去年との違いは、子供たちの見物席が隣にあることだ。去年は上皇陛下がいたので別に用意したけど、今年は隣接しているので子供たちが貴賓席に来ることもある。


 義統さんも祭りだからと、そこまで作法や礼儀に拘らず見物しようと言ってくれたのでこの形になった。


 お市ちゃんが始めた子供たちだけの宴などを大人たちが見た結果だ。あの影響が大きい。


 まあ、子供たちは競技見物に集中できないようでもあるけど、オレはそれでいいと思っている。祭りを楽しみ、大人たちと交流することで学ぶこともあるはずだ。


 ウチの子は自分で歩ける子だけしか参加していないけどね。信長さんのところは少し前に帰蝶さんが産んだ次男の子が参加してないし、どこも似たようなものだろう。


「みんな、危ないから走ったらだめだよ」


「はーい!」


 うん。武芸大会を見ているからか、真似た動きをしようとする子たちが多い。乳母さんや傅役がハラハラしているから、止めてあげよう。


 会場では同時並行であちこちで試合や競技が続く。全部見られないのがもったいないなと思うね。元の世界のようにテレビとかないから仕方ないけど。


 勝ったら生涯の誉れだと喜び、負けたら無念だと落ち込む。個人的にはもう少し気楽に参加して楽しんでほしいんだけどね。ただ、価値観、どう受け止めるかは自由だ。そういう時代ということだろう。


 井ノ口で行っている、農産物の展示会。上手くいっているかなぁ。今年初めての試みだから、あっちのほうが心配だな。


 勝家さん、大会に出場出来る実力があるのに、そっちの対応を優先して今年は出場していないんだ。あと道三さんも清洲に来ておらず井ノ口で差配をしている。ふたりなら大丈夫だと思うけどね。


 

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