第1709話・第九回武芸大会・その二

Side:とある若者


「うわぁ……」


 人がいっぱいだ。歩くところもねえくらいに、人ばっかりだ。おらの故郷じゃ、戦でもこんなに人が集まることはねえ。


 ここが清洲かぁ。


「ほれ、突っ立っておると置いていくぞ」


 和尚様の声に促されて後を付いていく。あちこち見ていると和尚様を見失いそうだ。飛騨の国に生まれたおらが、遥々尾張まで来るなんてなぁ。


 一緒にいるのは、どいつも村一番という奴ばかりだ。おらは飛騨の武芸大会予選なる祭りで一番遠くまで走るのが速かったから、お代官様に選ばれた。なんでも尾張で行われる、武芸大会本選ってところで諸国の者が集まる中に加わり走れと命じられたんだ。


 にしても、清洲の奴らは歩くのが上手いな。ぶつかりそうになるのに、当然のように上手く避けながら歩いていくんだ。村とは違うと思い知らされる。


「美味そうな匂いがするなぁ」


「この匂いだけでいい。少しだけ……」


「あとで美味いものを食わせてやるから、さっさと歩け。お代官様に恥をかかす気か!?」


 沿道には市が出ている。なにやら嗅いだことのない匂いに、おらたちはせめて匂いだけでもと立ち止まるが、和尚様にお叱りを受ける。


 そんなに叱らなくてもいいのに。


「おお、やっと来たか。そなたたちが飛騨の代表だな。遅いから案じたぞ」


「申し訳ございませぬ。尾張に入る前から、かように賑わい、人であふれておるとは思いませなんだ」


「ああ、よい。ようあることだ。さっ、すぐに支度をせよ」


 武芸大会って祭りは、変わっているなぁ。人が走ったりするのを皆で見物しているらしい。なにが面白いんだろう。


 まあ、おらたちは命じられたことをすればいいだけだ。お代官様に逆らえば夏と冬の飢える時に、飯を食わせてもらえなくなるかもしれねえんだ。


 手足に付いた泥なんかを洗って、生まれて初めて着るような綺麗な着物に袖を通す。草鞋も真新しいものだ。こんな着物が着られただけで、十分だとすら思える。


「よいか。他の者に手を出したりした者は失格となるからな。決められた道以外を走るのも駄目だ。必ず守れよ」


 お代官様のように身分の高そうなお武家様に命じられるまま、おらは走ることになるようだ。


 隣村やその隣にはおらより速く走れる奴なんていなかった。でも世は広いと道中に和尚様が教えてくれた。お代官様や和尚様、村の皆の恥になるようなことだけは許されねえ。


 手足が動かなくなるまで走るんだ。それしかおらには出来ねえ。




Side:久遠一馬


 親王殿下や上皇陛下がご観覧なされた一昨年や去年と違い、貴賓席はリラックスした様子だ。オレも今年は自由にしていいと言われている。


 ただ、運営本陣はすでに別の人が責任者として働いているから、オレが行っても仕事がないんだよね。偉くなったこともあって、こういう時に上の立場の人間が働き過ぎるのも困るんだ。


 貴賓席で見物しつつ、あちこちを見て回って声をかけるくらいが今年の仕事になる。


 今年は甲斐と奥羽を除く領国から、それぞれの力自慢や足自慢の領民代表を派遣してもらった。どこまで通用するか分からないけど、参加することに意義がある。


 明らかに武芸大会慣れした人たちと、初めて出場する人たちは様子からしてまったく違うけど、この時代ならまだそこまで力の差はないはずだ。


「いきなりだと戸惑うよなぁ」


 ああ、そう思った途端、明らかに緊張して戸惑うような人がいた。長距離走の出場者だ。ただ、その人は開始の合図と共に全力で走り出した。ウケを狙ったりしている顔じゃない。全力を出そうと必死な顔だ。


 陸上競技は、元の世界より面白いだろう。早い人を研究するということが少なく、決まった指導をする人もいない。長距離にしても最初から飛ばして走る人は珍しくない。ペース配分とかも自己流だからね。中には飛ばして、休んで、また飛ばして走る人もいる。


「でも、いい顔をしていますよ。村を出るだけで珍しいことだからかもしれません」


 まあ、確かにそうだ。エルの言う通り、一世一代の名誉だと喜んでいる人も多い。


 武芸大会は広まりつつある。去年、信濃で地方大会を行なったことから、今年は美濃・三河・伊勢・志摩・飛騨でも領民による武芸大会を行っている。今までも各地で予選会のようなものはしていたけど、今年からは領国単位で統一した地方大会と予選会をしているんだ。


 領国が安定していない甲斐と、細々とした条件で寺社がごねていた駿河・遠江は間に合わなかったけどね。


 領国全体での大会が難しいところも多かったものの、一部地域だけでもいいからと地方大会を開催した。正式な報告はまだ届いていないものの、概ね評判は悪くないとは聞いている。


 無理のない範囲でやるように指導したからね。各地の皆さんが頑張ってくれた。


「みんな、綺麗な着物着ているね。来年は統一された衣装も考えてもいいかも。少し動きやすさとか考えてさ。ただ、着物を用意するのも楽しみなのかな? なら無理に統一しなくてもいいけど」


 最初の頃の出場者は、着の身着のままだったものが、年々綺麗な着物やきちんとした着物を着ている人が増えた。一昨年あたりからはそれが当然となりつつある。


 個人的には、もっと動きやすいユニホームとか用意したほうが、みんな楽しめるのかと少し考えてしまう。


 ただし、それはオレの考えだ。


 地元の武士や寺が、着物とか用意してやるのをひとつの義務とか役目としているんだと思うけど、喜んでしているのかどうなのか、少し調べる必要はある。現状では地域を支えていると自負する人たちの役目も残してやるべきだし、上手くいっているものを無理に変える必要もない。


 この辺りは要検討というところだね。


 武士も坊主も領民も、それぞれの立場で武芸大会を考えて盛り上げようとしてくれている。もうオレの一存で決めるようなレベルの行事じゃない。頼もしいけど、少しだけ寂しくもある。


 そういえば、武芸大会で変わったこともある。領民の出場者が遅れるなんてことがまずなくなった。時間というものに囚われない時代だというのに、名誉ある場だから遅れたらいけないと、みんなきちんと時間前に集まる。


 清洲なんかだと、そういうところから領民の暮らし自体が変わりつつあると感じることもある。ほんと、他国とは違うなと思う。


 六角とか北畠の皆さんが戸惑うのも無理はないね。




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