第1708話・第九回武芸大会
Side:ケティ
武芸大会。これも賑やかな祭りとなったと実感する。各所に設置した救護陣も何度も祭りで経験を積んだことで、上手くいくだろう。
喧嘩は相変わらずあるけど、以前と比べると刃傷沙汰は減っている。怪我の度合いにもよるけど、刃物を抜いた者は厳しい罰が与えられることもあるはずだ。見せしめという形も効果があるということだろう。
私たちも余裕のある時は会場内の見回りをする。屋台や露店の衛生指導もするし、病人を見つけて救護陣まで連れていくこともある。
「これ、三つ」
「はい! ありがとうございます!」
見回りの最中にする屋台の買い食いは、ささやかな楽しみだ。美味しそうな串団子を見つけたので早速食べてみよう。
ふむ、味噌タレだ。もちっとした団子に、豆味噌の風味が利いたタレがいい。少し味が濃いけど、薄いと喜ばれないのだろう。悪くない。
「これは薬師様」
「一杯、お願い」
次はうどんだ。目を引いたのは、澄んだスープとよく知る香を感じたからだ。
熱々のスープをまず一口。煮干しの出汁が利いている。シンプルだけど、これが悪くない。昆布やかつお節も尾張にはあるけど、まだ庶民でも当たり前に使えるほど安くはない。その点、煮干しは安価で大量に売っているから使えるんだろう。
具材は今が旬のキノコだ。キノコの強い味に煮干しの出汁が負けていない。荒削りだけどガツンとくる味だ。
少し太めのうどんも味がよく絡んでいい。
長ネギでも入れて七味をかけると更に美味しくなるけど、値段の問題なんだろう。祭でも安いほうの値段だ。この味と値段なら上出来だと思う。
うん。一杯食べると、満足感がほどよくくる。さっ、次に行こう。
Side:ジュリア
武芸大会。この日の様子は様々だ。祭りと楽しむ者が多いけど、出場者たちは一族や己の人生を懸ける日となることで普段と違い真剣そのものになる。
大会の価値も回を重ねるごとに上がっているからね。
無論、実際の戦での武功の価値が落ちたわけじゃない。槍で首を挙げる機会が減ったとはいえ、その価値は未だ高い。ただ、平和な日常に慣れてきたことで、平時の功として武芸大会が重きを置かれるようになったんだろうね。
今年から新設した教導奉行という役職もあって、アタシも文官を従えるようになった。副官というわけではないが、まとめてくれているのは河尻左馬丞与一だ。
「羨ましゅうございますなぁ。あと十年若ければ……」
血が騒ぐんだろう。武芸大会に出たいと本気で言っている。
ただ、この男。当然ながら立身出世の話も一度や二度ではない。すでに大和守家の旧臣たちも、各々の生きる場を見つけて家中で対立や不満の話も聞かれなくなり、もともとの能力と立場から奉行職の候補として幾度も名が挙がったほど。
ウチのやり方を学び、目立つことはないが確実に仕事が出来ることで、部下に欲しいと頼まれたことすらある。
本人が隠居前の身で立身出世は不要だと断っているんだけどね。
「面白いかもしれないね」
「なにをおっしゃいまする。さすがに今の某では勝ち残れませぬ」
「いやね。そろそろ出場する者を分けるのもいいかと思ってね。男と女。元服前後の子と隠居するくらいの歳とかね。あと武士でない者も分けてもいいかもしれないね」
武芸大会は年々拡大傾向にある。今年も予選会が一か月前からあったほどだ。左馬丞の顔を見ていると、そろそろ先を見越して変えてもいいかもしれないと思った。
「それは確かに……。畏れながらお方様や塚原殿は別格。我らのような古き武士でも、今一度夢が見られれば、それに勝ることはございますまい」
日程や扱いをどうするか。考えることはあるし、今年はもう無理だけどね。来年を見越してひとつの検討をするのはいいかもしれない。
「続けることは大切だね。ただ、その時々に合わせていくのも必要だよ。まずは四十か五十歳で区切るのがいいかね」
私も不老化を止めている限りは、いずれ衰えがくる。塚原殿を見ていると当分やれそうだとは思うけどね。人と変わらぬ生き方をしていると、感じること理解することも多い。
かつての日々を懐かしむような者にこそ武芸大会に出てほしい。
「終わったら献策しようかね。たまにはアタシも」
「では皆と話をして素案をまとめておきまする」
「ああ、頼んだよ」
みんなに機会と可能性を与えたい。少し傲慢で甘いと言われそうだろうけどね。でもこれでいいと思っている。
アタシたちもまた生きているんだから。
Side:久遠一馬
武芸大会だ。すっかり一大イベントとなったなぁ。
ウチの屋敷には真柄さんと朝倉家御一行様が泊まっている。行啓と御幸のあった一昨年と昨年とは違い、今年は大きな意味はないんだけどね。どうやら朝倉家の若い衆を、武芸大会見物にと寄越したらしい。
義景さんからは丁寧な書状と、少なくない礼金が届いている。
噓偽りなく、朝倉家と斯波家を仲介する立場として期待されているんだろう。当然、義統さんからは許すとも言えないと苦しい立場だと教えられているしね。
尾張だと忙しくて朝倉征伐なんて誰も考えていないけど、それでも朝倉家に敵意はないと、暗にでも示し続けてくれないと困るんだ。そういう意味では、毎年負けても挑戦してくれる真柄さんが割と重要な役割を果たしている。
「朝倉殿はもう戦をする気なんてないんだろうね」
それと朝倉家。石見の銀など西国の品を日本海航路で手に入れて、尾張に売ることも、昨年くらいから積極的にしている。明の密貿易船の品なんかも同様だ。はっきり言うと、畿内に売るより利があるんだ。尾張は良銭が手に入るし、なにより尾張にしかない品を欲しがるからね。
「銭が無くば戦も出来ぬからな」
はっきりと言い切る信長さんに、周囲にいる者たちが困ったような顔をした。相応に身分がないとなんとも言えない話だよね。デリケートな問題だから。
実は武芸大会が始まる前に運営本陣に顔を出したら、信長さんと偶然出くわしたんだ。世間話を兼ねて朝倉家のことに話が及んでいる。
「蝦夷の品よりはありがたいのが事実なんですよね」
ウチが蝦夷を制したこともあるんだろう。それに銀や銅なんかはいくらあってもいい。極論を言うなら、同じ値段なら尾張に売る。そういう状況になりつつある。
「あの地が荒れると、守護様もお困りになられる」
そう、越前が荒れると朝倉征伐だなんて雰囲気になりかねないからなぁ。義景さん自身は、戦で単純に戦えばいいと思っていないから助かるんだよね。
おかしなもんだよね。因縁があるのに、争いになると困ると双方が思っているなんて。まあ、それが世の中と言えばそうなんだろうけどさ。
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