第1707話・母となりて

Side:久遠一馬


 秋深まるこの日、千代女さんが元気な男の子を産んだ。


「あかご!」


「おいわいしよ!」


 オレは毎回ハラハラドキドキするけど、子供たちは喜びが大きいみたいだね。大武丸と希美はもう幸せいっぱいという感じだ。オレに落ち着きがないと子供が不安になっても困るので、努めて冷静に振る舞っているけどね。


 子供たちに勇気づけられている気分だよ。


「千代女、ありがとう! ゆっくり休んで」


「……はい」


 母子共に無事ならそれでいい。ホッとしつつ、まだ余韻が残るのか、少し興奮気味にも見える千代女さんを労わって休ませてあげよう。赤ちゃんは任せろというみんなが周囲にたくさんいる。子供たちにロボ一家、それに女衆と隙はない。


「おぎゃあ!! おぎゃあ!! おぎゃあ!!」


「ちーち、あかご泣いた!」


「うわ! うわ!」


 ふふふ、元気な赤ちゃんだ。突然、大きな声で泣くと、武護丸たけごまる武昌丸たけまさまるが負けじと泣き声を上げてしまい、輝や武典丸などの子供たちは、てんやわんやといった様子で楽しそうだ。


 例によってお市ちゃんが陣痛の段階から来ていて、慣れた様子で手伝ってくれた。今も泣き出した子供たちをなだめてくれている。


 本当に賑やかになったなぁ。元の世界だとあり得ないくらいの大家族だもんな。


 オレは、お祝いに駆け付けてくれる人たちの応対もしないといけない。あと各地の屋敷では恒例となった酒と菓子を振る舞うこともしているだろう。


 夫婦で子供の面倒を交代で見つつ子育てという経験が出来ないのが、少し寂しいかなとは思う。ただ、時代や価値観、立場が違うから仕方ない。


「おめでとうございまする」


 駆け付けてくれた人の中に尾張滞在中の蒲生賢秀さんがいた。


 なんか蔵人の一件でオレが子供好きだと知られているからか、他家よりお祝いしてくれる人多いんだよね。通常は嫡男とか次男三男とかでないなら、そこまで大騒ぎしないらしいけど。


 賢秀さんの場合、望月家の旧主である六角家の代表として尾張にいるからね。いち早くお祝いに駆け付けてくれたんだろう。


「ありがとうございます。母子共に無事でした。私はそれだけで十分ですね」


「某も、薬師殿が書かれた子を産む際の指南書を読ませていただきましたが、あれだけでも目を見張るものでございますなぁ」


 少し世間話をするけど。まさか賢秀さんが、出産の指南書を読んでいるとは。少し驚かされる。広く普及させたいからと、ケティが書いて書物として配布してあるもので、他国の人にも公開している技術のひとつなんだけど。


 まあ、狙って読んだというよりは、ウチの知識を学ぼうと許しがあった書物を片っ端から読んでいたことが理由らしいけど。


「古き慣例も為になるものは多くありますね。ただ、時の移ろいと共に間違いもある。私たちは、祈る前に人が出来ることを尽くしたいんですよ」


「確かに人が出来ることを軽々に神仏に頼るなど、いかがなものかとも思いまするな。領内の民が飢えぬようにと常日頃から支度をする。あれを学んでからというものの、某は己がいかに愚かだったかと恥じ入るばかり」


「言うは易く行うは難しという言葉の通りかと。今の世で備えられるのは難しいことですよ」


 六角家の皆さん。頑張って学んでいるんだよね。ただ、やはり焦りがあるか。結果から見ると備えをしていなかったのは良くないけど、言い換えるとそんな余裕がなかったとも言える。


 まあ、近江辺りはそこまで酷い飢饉とかあまりないからね。そういう意味では危機感も違うし事情も違う。一概に言えることじゃない。


 ただ、こうして顔を見て話をして相談してくれると、一緒にやれるように助言も出来るしね。こっちも助かる。


 こういう付き合いもまた子供たちの将来に繋がるだろう。生まれた赤ちゃんのためにも、オレは頑張るよ。




Side:千代女


 寝ぼけてしまったのでしょう。


 ふと目を覚ますと、あれだけ大きかったお腹が軽いことの意味をすぐに理解出来ず、焦ってしまい冷や汗が出てしまいました。


「お目覚めでございますか?」


 ああ、侍女であるせつの顔を見て、すでに我が子が生まれていることを思い出しました。難産でもなく楽だと思っておりましたが、思っていた以上に疲れて寝入っていたようです。


「私の赤子は……」


「今、かおり様がお乳をあげておられます」


 そうでした。子は皆で育てる。それが御家の掟でございました。夜の闇に赤子の布団が空だったことで、つい案じてしまいました。


「あら、起きたの? 元気な子よ。お乳もよく飲んだわ」


 かおり殿が赤子を抱きかかえて戻ると、私の心情を少し察したのか赤子の顔を見せてくれました。ちょうどお腹いっぱいとなり寝ているようです。


 いずこからか、騒ぐ人の声もします。赤子が生まれた祝いとして振る舞いをしたことで、一晩中飲み明かす者が出るのでしょう。


「先ほどまで殿もおられたのでございますが……」


 まさか殿が、私と赤子が寝ているのをしばらく見ておられたとは。せつも起こしてくれればいいものを。さすがに少し恥ずかしゅうございます。


「どんな大人になるのかしらね。兄弟姉妹で助け合って生きてくれればいいけど」


 恥ずかしさと安堵したことで布団に横になり、眠る赤子を見ながらかおり殿と少し話をします。


 日ノ本の者と殿やお方様がたでは、違うところが多々あります。子に対する考え方もそのひとつでしょうか。殿は妻子のためならば、地位もなにも要らぬとおっしゃるでしょう。


 血縁を持ち、他家と繋がりを持つことで家を残す日ノ本とは、まったく違う生き方をされております。


「ご懸念には及ばないと思います。きっと……」


 殿とお方様方を見て育った子が、その生き方を学び継ぐのは当然のことだと思えます。殿は出来る限り、各々が選べるようにとお心配りをされますが、継ぐべき者たちは継がねばなりません。


 それが家なのか生き方なのか。日ノ本と久遠家の違いはそこなのではと思えます。


「私たちも子を育てるのは経験がないから」


「皆で力を合わせて育てる。素晴らしきことだと思います。子たちもまた、それを学び、より良き形にしていくはずでございますよ」


 かおり殿の僅かに見える迷いに私は己の想いを伝えます。試行錯誤をするのだと殿はおっしゃいます。


 それはきっと子を育てることでも同じでしょう。


 守れるはずでございます。殿の信念は。日ノ本の者が面目を守るように、子たちは信念を守り、よりよき世をつくるはず。


 私にはそう思えてなりません。




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