第1706話・武芸大会を控えて
Side:久遠一馬
武芸大会を前に六角家とひとつの合意に達した。
昨年、北畠が武芸大会への協賛金を出す形で、抱えていた悪銭鐚銭をこちらに提供しているが、今年は六角も同じ形での協賛金提供をしてくれることになった。
まあ、これは北畠同様に、六角が抱える悪銭鐚銭を額面通りに運用するための知恵であり、あまり表沙汰に出来ないが支援でもある。
「経済で一強過ぎるのも大変だよね」
「そうですね。面目第一な世の中なので……」
エルと顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまう。権威地位と経済力がまったく釣り合っていないんだ。主にウチのせいなんだけど。
もう経済はこちらで舵取りをして、両家とのバランスを保ちつつ共存共栄していかないといけない。やっているレベルが史実の国際政治と近い気分になるくらいだよ。
「これで、両家への助力を増やせるということ。六角と北畠には良き策かと思いまする」
「だね。それを理解するのはごく一部でいい」
一方、資清さんは安堵している。旧主ということもあるし、六角の関係が深まると資清さんが関わることも増えたんだよね。やはり故郷との縁は切っても切れないんだろう。
武芸大会の協賛金の返礼名目で同額かそれ以上の支援が可能になる。北畠で試していたけど、重臣クラスを除くと、気づく人がほとんどいないんだよね。
まるで元の世界の資金洗浄みたいだけど。六角領の貨幣価値、こっちでコントロールしないと誰も得しないんだ。
悪銭鐚銭はウチで鋳造し直して織田家に返す。信秀さんからは手数料を取っていいと言われているので、織田家とウチが共同で負担する形になるだろう。
近江を経済圏にしておく費用と考えると決して高くはない。さらに安全保障も加味すると、むしろ安い負担だね。
六角は比叡山延暦寺とも地理的に近いので、それなりに交流がある。経済的な繋がりは断てないし、断ってはいけないものだ。こちらの経済的利益が比叡山にも回るが、まあ仕方ない。敵対とかしていないし、いいお得意さんと言えば、そうでもあるんだ。
一方、ジュリアは別の報告にニヤリと笑みを浮かべていた。
「菊丸は承諾したか。あとは公卿がどう出るかだね」
地下家、下級公家を義輝さんの下で使う提案、前向きに動くらしい。義輝さんも幕臣も大きく反対する人はいなかったようだね。
肝心の義輝さんは一通りの仕事を終えたらしく、すでに観音寺城に戻っていて、静養に入るという形になっている。実際にはもうすぐ尾張に戻ってくるだろう。
義輝さんの権威が上がるたびに仕事は増えるからね。尾張を含めて、勝手をしていた者たちが勝手しにくくなりつつある。ただ、正直なところ室町体制って崩壊寸前だったから。今でも尾張と六角と三好で支えているくらいだし。
「こっちの影響はもう少し様子見が必要ね」
それと、最新の情報がついさっき届いた。それを見たメルティがしばし無言で考え込んでいたほどだ。
上皇陛下に関する続報だ。上皇陛下が処分した蔵人に関して、現状でどうなっているのか報告を求めたとのこと。どうもきちんと処分したとおりになっているかなど、当人と親族に内密に調査するように求めたらしい。
個人的には悪くない一手だと思う。公卿を頭越しにあれこれと命じると反発もあるだろうが、命じられた以上は逆らわないだろう。噓偽りを報告すると、次は公卿を使わない道をおそらく選ぶんだと思う。
それと、帝と上皇陛下が荘園について分配しない形で、新しい院政の形を模索し始めたようだとの報告もある。通常、上皇陛下となり院と呼ばれるようになると、独自の荘園を財源として持って帝よりも自由な立場で、時には政治までする。
ただ、今生の上皇陛下は政治を出来ないと知りつつ譲位なされた。そのうえで、帝と対立や争いになる懸念を潰そうと新しい形を模索しているんだろう。
具体的には仙洞御所と上皇陛下の費用を帝が出す形にするんだろう。この辺りは尾張の体制を熱心に学ばれていたからなぁ。尾張も統治は一元化して、斯波家、織田家とそれぞれに費用を計上して運営している。
モデルにしたのは仙洞御所が斯波家で、内裏が織田家な気がする。
しかし、内裏の内情まで情報が届くとは。織田家も変わったなと思う。情報源は武衛陣の皆さんと幕臣だ。どっちかというと幕臣の情報が凄いけどね。
義輝さんが上皇陛下の御身の安全のために随分と動かれたこともあって、以前より公家経由の情報が入るようなんだ。それがそのまま観音寺城と清洲に届く。
義輝さんが仙洞御所の人事に関わるために、公卿や公家にウチの品物を大盤振る舞いしたからね。その成果とも言えるけど。
あの人たち、ちゃんと負担した費用に見合う働きはするんだよなぁ。ウチが欲しがる情報とか内裏の動きをすぐに寄越しているし。
幕府の立て直しをしようとしているのも、気付いているんだと思う。まあ、朝廷の争乱とか誰も望んでいないから、それもあるんだろうけどさ。
折り合いをつけて争わないように励む。ちょっとしたきっかけだけど、上手くいくとほんといい形になる。このまま頑張ってほしいもんだ。
Side:六角義賢
「正道を歩みつつ先例に囚われぬ政をして世を変えるか。久遠の知恵に出来ぬことはないのか?」
上様は上機嫌で尾張に行かれた。武芸大会をご覧になりたいと楽しみにしておられたからな。しかも仙洞御所落成も無事に済み、上様の権勢はかつてないほど高まった。誰憚ることなく尾張に行けるというものだ。
ひとつひとつ見ても、まとめて見てもおかしなことなどなにもない。本来あるべき公儀の形に戻そうとしておるように見える。だというのにだ。確実に世が変わり、新しき世に近づいておる。
そればかりではない。今後を見据えて更なる近江への助力を成さんとしておる。
「常ならば、味方が増えれば増えるだけ悩まされまするからなぁ。ところが尾張は味方が増えると、取れる策が増えておるようにお見受け致しまする」
そうなのだ。平井加賀守の言う通りであろう。朝廷と上様。三好、北畠、六角。あと北条も味方か。これだけいると意思統一だけでも常ならば苦労をする。だが尾張はさらりとまとめてしまうように見える。
無論、尾張も苦労をしておるがな。なにひとつ難しきことをしておるように見えぬというのに、難しきことを成してしまう。
敵に回さずに良かったわ。父上はすべてお見通しであったのであろうな。
「我らも負けておられぬ。皆の者、頼むぞ」
「ははっ、畏まりましてございます」
内匠頭殿、あの御仁の恐ろしきところは、我らにも分かるように世を変えていくことだ。
わしだけではない家中の皆が、これならば出来るのではと思うことが幾つもある。所領のようになかなか手を付けられぬこともあるが、皆が出来ることから真似ようと励んでおる。
一切命じずに人を動かす。まさに天が遣わした者とも思えるわ。
もっとも当人に左様なことを言えば、違うと笑うてしまうのであろうがな。それでも人を信じ動かしてしまう。これを天命と言わずなんと言おうか。
皆が、新しき世を心待ちにしつつあるのだ。
この近江でもな。
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