第1712話・第九回武芸大会・その五

Side:久遠一馬


 大会二日目、各種競技は中盤に差し掛かっている。大会前半に多く行う領民主体の種目は団体戦が残っていて、こちらも朝から白熱して盛り上がっている。


 武芸大会くじ。これも年々収益が上がっている。おかげでくじの運営は、今もメルティを中心にウチでしている。公平公正な運営と利益還元。金融は信用が第一だ。実際、利益と還元率などはきちんと公表もしているからね。


 今年も盛り上がっているし、くじの売れ行きもいいだろう。


 あと、今年も蹴鞠を競技の間に披露する時間を設けている。去年やったことだけど、評判が結構よかったんだ。織田家中ではいろいろあって、京の都の評判が微妙になりつつあるけど、世間ではやはり京の都というと憧れのようなものもあるらしい。


 大会出場者は徐々に変わりつつある。以前は常連組でも、勝家さんのように役目を優先して出場していない人も増えた。ウチと親しい佐々兄弟も、去年あたりから出ていないね。


 特に決めごとがあるわけではないけど、大会で本戦出場すると役目や役職を与えられることが多い。腕の立つ者は、武官や警備兵として引く手数多だ。さらに領地が広がったことで、人を従えられる者の価値は上がっている。


 無論、望めば出場を許可するようにしているけど、立身出世すると役目を優先する人も多い。名声と地位、一度ここらを得ると、あとは仕事で働いたほうがさらに上に行けるからね。


「六角家からも数人勝ち残ったね」


 勝ち残った者たちのリストをジュリアと見ていると、ふと気づいた。


「そうだね。大会に慣れていないけど、腕利きが揃っているよ」


 今年は六角家中から大会出場者がいるんだ。当主、嫡男、次男あたりはいないけどね。その他の者で腕自慢の者たちを寄越したようだ。正直、名字は知っていても名前を知らない人ばかりなので、誰が誰だか分からないんだけどね。


 今年は六角家も大会に出資している。北畠家と同じく協賛者となったので負けても困らない者たちではあるものの、大会に家中の者を出場させている。


 事前に打診があった結果だ。こっちとしては大会を盛り上げるためには出場してほしい。向こうも面目に関わらない範囲で功となる場を与えることになる。


 警備兵として治安維持組織も、いずれは欲しいと言っていたからなぁ。同じ同盟相手の北畠はすでに少数の警備兵が誕生していて、大湊において治安維持をしているし。


 六角家からは迷いが消えつつある。義賢さんと数人の宿老は以前から覚悟があったけど、六角家としては未だに旧来の秩序と体制のままで試行錯誤をして迷っていたからね。それが変わろうとする意志が確実に感じられるようになった。


 これ、行啓と御幸の影響だろうなぁ。尾張の勢いと隆盛が止まらないと見た者が多いんだろう。


 経済としても同盟関係としても、重要な存在になったなぁ。武芸大会。初めは武闘派のガス抜きに運動会でもしようと思っただけなんだけど。




Side:真柄直隆


 危うかった。この武芸大会。年々勝ち進むことが厳しくなるわ。やはり共に鍛練する者が数多おる尾張勢が有利なんだな。オレも鍛練に励んでおるが、尾張勢との差は縮まるどころか開いているかもしれねえ。


「迷いはいかんぞ。剣が鈍る」


 控えの場で考えておると驚かされる。宗滴のじじいが、突然声をかけてきたからだ。気を抜いていたわけじゃねえが、まさか突然来るとはな。


 尾張に来てすぐに挨拶に出向いている。息災そうではあるが、もう戦には出られまい。そう思うくらいに年老いている。とはいえ、オレの迷いを見破るとは。衰えているとは思えねえな。


「そなたの迷いが、朝倉の迷いと言えような。誰よりも織田と対峙しておるそなたが、一番尾張を知る。知れば知るほど遠く感じ、近づけば近づくほど恐ろしゅうなろう?」


「はっ、その通りでございまする」


 オレの試合を見て迷いを察してわざわざ来られたようだ。さほど親しいわけでもねえんだがな。こういうところが、越前で未だにじじいを求めるやつがいる理由だろう。


「尾張者も必死じゃ。されど、必死さのわけが違うのだ、尾張はな。今、励まねば先はないと思う者が多い。武衛様がおり、弾正殿と内匠頭殿がおる。今やらねば、必ずや先々で困ると皆が理解しておるのじゃ」


「大義のためと?」


「そうであろうな。故に、教え導くことでも、鍛練でも惜しまぬ。なにより久遠家が率先して技や知恵を出しておる。惜しんでみろ。器が小さいと笑われるだけ。左様な尾張と対峙するのがいかに難しきことか。そなたほどの男でも苦労するほどなのじゃ」


 勝てないというのか? 越前にいるオレでは?


 朝倉の殿も、尾張に勝とうというお考えがないようにお見受けする。今年など若い者に世を見せてやりたいと同行する者を大勢付けられた。


 家中では斯波家とは依然として敵になる相手故に、風下に立つようなことをするのはいかがなものかと苦言を呈した者もおると聞くが、殿は聞く耳を持たなんだと聞いている。


 だが、オレは勝ちたい。戦は無理でも、己の技と力量だけでやれる試合くらいは……。


「若いそなたに背負わせたくはないのじゃがの。すべてはわしの不徳。もっと早う気づき、斯波家との因縁を軽うしておれば……」


 悔いるようなじじいなんて初めて見る。越前では並ぶ者がおらぬ朝倉宗滴でさえも、如何とも出来ぬことがある。尾張でオレはそれを学んだ。ひとりやふたりの英傑がいても尾張には勝てねえ。織田はそういう国を造ろうとしているんだ。


「悔いるならば、それは皆が悔いるべきものかと。隠居された宗滴様に悔いるようなことをさせる、己の不徳を申し訳なく思いまする」


 オレは知っている。残りの余生を懸けて、斯波家との因縁を軽うしようとしておることを。越前でふんぞりかえっているだけでもいいってのによ。


 久遠家は居心地がいいだろう。それでも敵地と言って憚らぬところに身を置く。それが決して生易しいものじゃねえのは分かるんだ。


「ふむ、十郎左衛門。大会が終わったら他の者を先に帰して、そなたは少し残り、しばし鍛練をして帰ればよい。そなたと供の者ならば雪が積もっても帰れよう。年内に帰れば父御も叱るまい。わしが内匠頭殿に頼み、殿と父御に文を書いておこう」


「宗滴様!?」


「今のままでいかんともならぬならば、変えねばならぬ。わしに出来るのはこのくらいよ」


 誰よりも越前を思い、家臣でもねえオレのことも案じてくれる。いい年して隠居したじじいに案じられる、己の不甲斐なさが苛立つほど情けねえ。


 勝ちてえ。なんとしても。己のためじゃねえ。宗滴のじじいに見せてやりてえ。越前にも先があるって姿をな。




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