第1702話・変わりつつある悩み
Side:優子
今年の日本海航路を用いた交易もそろそろ終わる。新商品の目玉である甜菜から作った砂糖や毛皮などもそこそこ売れた。蝦夷の産物の価格改定に関する不満や文句も届いているけど、こっちは尾張に訴えるようにと言って終わりね。
他にも現地の者を脅すなり賄賂を渡せば、なんとかなると考えている人もいる。実際、それをやって横流しをした商人もいて、そちらの処分などもしていたわ。
「いくら儲けても食料がねぇ」
日本海航路の維持は必須だけど、寒冷地である奥羽は儲けるだけだと生きていけない。奥羽では、今年は米の割合を減らして稗を増やした。寒冷地向けの米を持ち込まない限り、この地での稲作はリスクが大きい。
穀物の年貢は備蓄に回すのが最優先となる。ただ、流通する穀物の価格もある程度抑えたいので、そこは考慮しないと駄目なのよね。
それと事前に分かっていたことだけど、この地域はもとの世界で言うところの黒ボク土なのよね。火山灰由来の土で、畑作には向くけど稲作をするにはリン酸やカルシウムが不足しがちな酸性土壌が多い。
無論、対策は分かっている。リン酸やカルシウム不足には鶏ふんを肥料として用いるべきでしょうし、酸性土壌には籾殻くん炭。いわゆる籾殻を炭にして田んぼに入れるべき。
ただ、それを普及させることに苦労をする。糞尿の直播きをしている時代だ。得体の知れないものを田んぼに入れることからして喜ぶはずがない。
津軽では幾つかの村で試験的にやらせていて、効果は上々だという報告がある。とはいえ奥羽全域でそれを導入するには、相応の量の肥料を確保しないといけないし、代金も払えるはずがないのでこちらで負担することになる。
そのうえで各村にやらせるんだけど。尾張でも数年を要したことなのよね。農業改革は。
「お方様! 戸沢が降伏をしたとの知らせが届きましてございます!」
「そう、良かったわ。ひとまずお祝いね」
いろいろと考え込んでいると、朗報が届いた。
私たちは今、八戸を拠点にしている。湊があるほうが移動しやすいことと、ここは雪が積もらないので冬場も動きやすいのよね。
浅利と戸沢が片付いた。これで奥羽での一連の戦に終止符を打つことが出来る。清洲の大殿からはあまり無理をするなと書状も届いているわ。東国統一は既定路線だけど、織田家としてまだまだ時が必要なのよね。
こっちも旧南部領が完全に臣従したとは言い難いし、八戸から南に行くと高水寺斯波がいる。こちらがどう出るのか。さらに南部家も大敗の割に大きな損害を出していないので、主立った者は健在のまま臣従をした。場合によっては再蜂起もなくはない。
もちろん、そんなことさせないけど。
ともあれお祝いね。季代子は忙しいだろうし、由衣子と私でご馳走でも作りましょうか。たまにはパァッと騒ぐのも悪くないものね。
Side:久遠一馬
清洲に向かう馬車の車窓から景色を眺める。黄金色の稲穂と田んぼもあるけど、街道沿いは家屋敷が増えていて、橋は石橋の橋脚に変わりつつある。
尾張国内の賦役は今も盛んだ。ただ最近は、大規模よりも中小規模での賦役が増えている。河川の堤防や決壊しやすいところの改善などから、遊水池の整備や田畑の区画整理など様々だ。
ここ数年で生産力が一気に上がったのは、知多半島だろう。水路整備も大部分が終わっており、水事情が多少改善したことで耕作地が増えた。無論、知多半島の水路は生活用水向けのものなので、田んぼのように水を大量に使うことは難しいものの、芋類や植林する若木などが特産になる。
ああ、これから冬になるけど、駿河や遠江など雪がほとんど積もらない地では、大根栽培を今年から本格化することになる。東では北条領の伊豆でも織田農園にて試験栽培の予定だ。
正直、尾張から東は開発が及んでいない地域も結構あったりして、将来有望な土地も多いんだよね。土壌の関係で向き不向きもあるし、肥料なんかの手配もいるけどさ。
馬車が清洲に入ると、鉄道馬車を一目見ようという見物人が多い様子が見えた。
「まだ見物人が大勢いるね」
「銭を出せば、誰であれ鉄道馬車に乗れると評判でございますからなぁ」
清洲の発展には、資清さんも少し誇らしげだ。史実の明治にあった文明開化もこんな感じだったんだろうか? 見物するために遥々遠方から来ている人も少なくない。各地を旅して歩くお坊さんとかは、清洲の光景に驚くとよく聞く。
早いところでは稲刈りをしているだろうし、そこまで暇な季節じゃないんだけどね。領民のみんなも少しずつ余裕がある人が増えているんだろう。
「とのさま!」
「おはようございます!」
おっ、清洲城に登城すると、西洋風庭園では、孤児院の子供たちが手入れをしていた。ここでは四季の花が見られるようにしている。そろそろコスモスが咲くかな?
「やあ、みんな。おはよう」
ここの手入れは今も孤児院の仕事のひとつだ。花の種とか提供しているのはウチだけど、織田家からはそれなりの報酬を頂いていて孤児院の運営費となっている。
孤児院の子供たちは増えることはあっても減ることはないからね。孤児を育てているとおかしなことをすると見られることもあるけど、仕事を頼むなどして協力してくれる人もいるんだ。
子供たちの笑顔はなによりだ。ただ、ウチの子たちに限らず、若い人は戦や小競り合いを経験していない世代が出始めている。
軽々しく争うのも困るし、命を大切にしないのも困る。とはいえ、戦うことを経験しておらず、逃げるような者が増えると困るのではないか? そんな議論が尾張にはある。
そういう意味では領民に武芸を推奨するなど、対策が献策として上がってくることもあるし、評定でも議論されているんだよね。
無論、現状では国を守るという価値観が一般的だ。領外との格差が大きいこともある。それに命を懸けても一族や村を守るという価値観も未だ根強いんだ。
移り変わる世の中で、人々をどう教育していくのか。織田家では早くもそちらのほうも模索が始まった。
当初は金色砲や鉄砲で武芸が廃れるなんて心配していた人もいたが、今ではそんなのがあり得ないとみんな理解している。とはいえだ。実戦経験者が減る中で、どうやって戦う意思と力を維持するか。試行錯誤は今後も続くだろう。
何人かは笑っていたけどね。戦わず戦いに備えるのは難しいって。
ただ、それでも隣人を信用出来ずに争う世の中よりはいい。みんながそう思ってくれていることに感謝したい。
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