第1700話・小さな一歩
Side:久遠一馬
秋だ。穴山さんたち労働刑に処される者たちは、飛騨に行くことになった。
罰が厳しいという者もいれば、甘いという者もいる。武田家のイメージが若干でも変わったのは、晴信さんたちと会うことがあるごく僅かな人たちだけだからね。全体としてのイメージは改善してはいない。
信濃はウルザとヒルザが押さえているからいいものの、それがないと細々した問題が起きそうな気がする。
それと、ここのところは毎日のように京の都の一益さんから文が届く。
「今のところ何事もなく終えたか」
一部で不満が燻っていたようだけど、仙洞御所の落成法要は規模を縮小して終えたらしい。朝議のメンバーなどが異を唱えるとまた違ったんだろうけど、表向きは異議が出なかったようだ。主な理由は財政難になる。
そもそも、朝廷には相も変わらず、新しい式典や宴を大規模で開催するだけの余裕はない。尾張からの献上も、今まで出来なかった帝の儀式の一部再開や、公卿たちに分け与えるお金となっているものの、彼らが満足するほどでもない。
お祝の宴も関わった者たちを労うという意味で行われたようだが、質素倹約に励むという名目で、仙洞御所造営に関わりのない者は呼ばなかったようだ。と言っても三好や幕臣、公卿は相応に関わった者たちが多く、庶民感覚では盛大な宴としたようだけどね。
あとは個別にお祝いを受けていくことになるんだろうな。
お祝いの宴の縮小、これはいろんな事情が絡んでいるようだ。一番の難題は、すっかり若狭管領と呼ばれている晴元を呼ぶかどうするか。形式だけとはいえ三好は細川京兆家臣であり、そこは相変わらず晴元と氏綱で対立している。
氏綱だけど、仙洞御所には関わっていない。丹波守護職ではあるものの、義輝さんに儀礼以外では無視されているし。結局、関わっていない者を呼ばないということで、双方を呼ばないで済ませるほうが面倒は少ないと判断したようだ。
公卿でいえば近衛家なんかは、実は細川京兆と割と深いつながりがある。その繋がりを断ってもいないけど、晴元と氏綱の争いは細川内部で抑えて欲しいという名目で放置している。
一番の問題は晴元嫌いで有名な義輝さんの説得だったんだろう。なんか、義統さんに仲介を頼んではという話が一部であったようだ。譲位からの一連の出来事が尾張主導だけに、義統さんが頼めば収まると考えた人たちがいたらしい。
義統さんには将軍と管領を和解させた名声も入るし、譲位から仙洞御所造営とようやく落ち着きつつある都では、そろそろ対立を終わらせたいと考える人は多い。
まあ、それは幕臣が止めたらしいけど。義統さんが名声や地位を欲しているなら、いくらでも方法がある。それを割と拒んでいるのは分かるからね。幕臣も。清洲にも念のため幕臣から情報提供があったけど、丁重にお断りしたいと返答したし。
第一、義輝さんに和睦する気がまったくない。成立しない仲介をさせていいことなんてないからね。
そうそう、細川氏綱。彼に関しては特に目立った情報がない。長慶の主君として公式の場に出てくることもあるようだし、丹波守護として晴元派と氏綱派で割れている丹波において相応の統治をしている。
無能でもないし、傀儡でもない。ただ、晴元を追い落としてしまおうという気概もあまり見えない。義輝さんが氏綱を避けていることや、長慶が義輝さんの命令で動いていることも特に邪魔も非難もしていないようなんだ。
経歴を見てもそうだけど、慎重な人なんだと思う。晴元を見て、彼のようにはなるまいとしている気もする。すべて憶測だけどね。
まあ、義輝さんの権威と力が強くなりすぎて動けないだけという可能性もあるけど。
「前々から気になっていたけど、公方様の配下、足りないわね」
いろいろ情報を整理していると、懸念を口にしたのはメルティだった。幕臣、この時代だと側近衆とか奉行衆とか呼ばれているが。もともと足利家の体制は応仁の乱以降、争いの連続で機能していなかった。
かつてあった奉公衆という実働部隊もすでになく、義輝さんの父である義晴さんの時代には流浪の身だったほどだ。
そこに義輝さんが晴元を切ってしまい、晴元派の幕臣や側近を晴元と一緒に遠ざけたことが、今になって響いている。
京の都では三好が、近江では六角が支えているが、所詮は他所の家臣なんだよね。言葉がちょっと悪いけど。
「分かるけど、こっちも人手不足だしね」
もう少し義輝さんの配下増やしたいんだけど、尾張も人を出すほど余裕がない。元幕臣の京極さんとかいるけど、手放せないし。
「いるじゃない。知識もあり、所領もないのに空いている人」
メルティらしいけど、問題を提起した時には自分なりの解決策を用意している。ただ、誰を使う気だ? 寺社関係か? 尾張ならいいけど、畿内で使うと面倒になるぞ。ただ、エルがすぐに察した顔をした。
「メルティ、まさか……。公卿、地下家を……」
「どうかしら? あっちの事情にそこまで詳しくないから、調査は必要だろうけど」
ああ、下級の公家かぁ。尾張に来たいという話も以前はちらほらとあったけど、義統さんが招くことをしないのと近衛さんたちが止めたから来ていないんだよね。
「このままだと騒ぎそうだし、誰かが管理するなら公方様がいいと思うのよね」
確かに、上皇陛下の改革についていけるとは思えないなぁ。家職、家伝に関しては誰よりも誇りを持っているものの、それ以外はやる気がないというか、やりたくない人も相応にいる。ただし、数が多いので使える人材はいるだろうなぁ。
公卿、あんまりまとめておくといいことにならないのは確かだろう。言い方が適切か分からないけど、働き口のひとつとして提案するのは悪くないかも。
「大殿と蟹江の大御所様に相談してみようか。あとは守護様が戻られてからかな」
まあ、細川一派を取り込むよりは安全だろうな。実務経験がないから不安もあるけど。そこは義輝さんと幕臣が要るならばということで、彼らに判断を任せるべきだ。
ぶっちゃけ尾張だと価値観と体制が違い過ぎることで、気位が高い人が増えてもあまり喜ばれないんだよね。上皇陛下の蔵人だった極﨟殿のこともあるし。
ただこれ、上級公家の影響力を落とすことも考慮した案なんだろうなぁ。地下家は、どっかの殿上家のひも付きだから。
この名目なら上級公家から下級公家を引き離せる。おそらくこっちが本命なのだろうね。上皇陛下をお助けすること最近ずっと考えていたし。
メルティらしいといえば、らしい案だ。
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