第1699話・難題

Side:久遠一馬


 武芸大会で農産物の展示会というか、なんかイベントをする。この方向性は評定で反対意見もなかった。


 大根は「大根どきの医者いらず」とことわざが作られるぐらい栄養改善や飢えに貢献する。この大根のように地域の活性化や生活改善などに大きな武器になる作物もあるかもしれない。地域で地産地消している作物が売れるかもしれない。土地の垣根を取り払っているオレたちの価値観が広まった証だろう。


 正直、失敗してもそれほどデメリットがないこともある。農産物の担当である農務総奉行の勝家さんは、今から準備をすることの大変さに渋い表情をしていたけど。


 まあ、オレからは芋類など、一部を秘匿する作物として除外をお願いしたけどね。馬鈴薯ことジャガイモとかは、芽に毒があるから迂闊に広まると危ないしさ。戦略物資となるものは当然外に出せない。


 季節は秋に差し掛かっている。


 やはり甲斐や、火山の噴火の影響がある北美濃や飛騨は米の収量が良くない。特に甲斐は穴山と小山田が臣従をしたことで、ほぼ全域で織田領となる。一部、強固に従わない武士や寺社がいるものの、大勢に影響はなくこちらで考慮する気もない。


 新領地、どこも大変なんだけどね。なるべく飢えないようにしたい。ただ、穴山と小山田の臣従が遅かったことから、該当地域は、今年の検地は無理だろう。例年通りに税を徴収するだけでも苦労をする。


 いつものことながら、国人土豪のすべてが理解して従ったわけではない。聞いていないと反発をする者も多いだろう。


 賦役をやらせて食わせないといけないけど、あの地域、風土病に難があって行きたがらない武士も割と多い。一応、川や沼に田んぼなどの、水場に入らなければ危険性は多くないと報告が上がっているものの、迷信や噂を信じる人も多い。


 あと風土病対策で集団移転をさせた地域もある。ただ、その跡地も定期的に監視しないと勝手に住み着く者がいるんだよね。


 甲斐出身者を尾張で教育して送り込む方向で検討していて、甲斐代官も結局晴信さんになる予定だ。


「上の者は勝手に因縁を作って自分たちだけ和解して終わるけど、下の者とすると納得しないよね」


 頭を悩ませる報告書が上がってきた。信濃・駿河・遠江の領地にて、甲斐が未だに恨まれているというものだ。


 上は朝廷から寺社や武家、みんなそうだけど。自分たちの都合で戦をして血を流すわりに、体裁だ権威だと名目を付けて自分たちだけ和解して終わってしまう。


 肉親を失い、奪われ虐げられていた人たちは、力で押さえつけられて従うしかないけど。決して喜んでいるわけではない。


 甲斐への賦役や警備兵としての赴任を拒絶したりすることも多く、また甲斐と繋がる街道整備も他の地域と比べると地元の抵抗が多い。結果として甲斐が周囲と連携して動きにくい状況になってしまった。


「そういう世でございますからなぁ」


 ついつい愚痴ってしまうが、エルは無言で資清さんが仕方ないと言いたげに言葉を掛けてくれる。オレも自分の思惑で動くからね。決して非難する資格はない。


 ただ、地位や権威のある者が責任を取らないこの時代のやり方には、未だに抵抗がある。朝廷も公家も寺社も特にそうなんだけどさ。だからオレは必要以上に彼らを立てる気もないんだけど。


 晴信さんや義元さん個人としては理解するけど、彼らの残した恨みは後の世まで残るだろう。それにいつか気付いてほしいね。




Side:六角義賢


 天下の政か。武衛殿が拒絶したわけが今なら分かる。東国を見下し、武士を下に置く。己らの祖先がいかに尊き者だったか知らぬが、世を乱し、乱世となった責は負わぬというのに、かつての栄華を夢見てあれこれと求めることばかり。


 内匠頭殿が捨て置くわけだなと納得してしまう。情け深く自ら危ういと察しても助言をしようとする男が、朝廷と公卿には関わりたがらぬ。此度の仙洞御所造営の祝いにも来ておらぬことから、それは明らかであろう。


 公卿の中には仙洞御所の祝いにて献上が増えると期待しておった者も多く、己らにもなにか下賜されて、贈り物も届くのではと待っておった者もおるとか。


 いや、正確には祝いは届いておるはずだ。わしも献上品を届けており、斯波と織田も北畠も同じはず。ただし、帝と院は今のところ、それらを公卿に下げ渡しておらぬ。実のところ、仙洞御所造営に励んだ者には祝いを下されるようだが、働いておらぬ者には出さぬのだとか。


 これは上様が仙洞御所で院に拝謁してお伺いしたこと、まだ知らぬ者も多いようだがな。


「帝と院は慣例に囚われぬ形を模索し始めたようだ。皆に各々の言い分があろう。帝と院も公卿に満足な禄を出せぬ負い目から、今までは先例に任せ公卿を重んじておったが、尾張で禄を出さずとも働く公卿を見たからな。さらに図書寮の一件も数年前からあったが、それすら働かぬ公卿がおることをご不快に思っておられるようだ」


 上様のお言葉に同席する皆が言葉を発せぬ。ここ武衛陣には北畠殿とわしもおり、武衛殿と滝川彦右衛門殿もおる。今後のことを少し話したいと上様が集められたのだ。


 図書寮か。やはり久遠の策がものを言うのか。


「あれは、一馬らが朝廷と公卿のために苦心して献策したもの。誰の利も奪わず、後の世のために今あるものを残したいとな。少なくともわしや弾正や一馬には利などございませぬ」


 少し疲れて体調を崩しておると聞き及んでおったが、武衛殿も顔色はあまり悪うなく安堵した。


「それを理解しておるのだ。帝も院もな。故に未だに大きな動きがないことに落胆されておる。尾張では僅かな月日で学校が建ち、病院が建った。それを直にご覧になられたからな。ああ、帝と院からは、武衛、そなたを案じる言葉があった。さらに院からは、療養がいるならば速やかに帰国せよとの下命もいただいた」


「もったいないお言葉でございまする。されど、それには及びませぬ」


 武衛殿の体調は少し騒動になりそうであったからな。今、武衛殿になにかあらば、再び都が乱れるのではと案じる者が上は帝から下は町衆まで多い。


 武衛陣には見舞いの品があれこれ届いておると聞き及ぶほどよ。


「さて、懸案は多いが、皆で力を合わせて乗り切るぞ。分かっておるはずだ。守るべきはなんなのか。愚か者に道を塞がれるわけにはいかぬ」


 頼もしき上様のお顔に、ふと父上を思い出した。旅に出る上様を案じつつ、戻られるのを待っておったのだ。


 今の上様を父上が見れば、さぞ喜んだであろう。そう思えてならぬ。




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