第1695話・都という魔境

Side:滝川一益


 京の都は相も変わらずか。三好の苦労が知れるわ。


「まことか」


 此度は殿もお方様もおらぬことで、わしが殿の名代となり動かねばならぬ。都の現状について報告を受けるが、こちらは思うた以上に上手くいっておらぬようだ。


「はっ、仙洞御所の落慶法要が決まらぬことで公卿が戸惑うておりまする」


 院は、今までのように公卿に任せることを良しとせなんだというのはまことか。それはわし如きが口を挟むことではないが、仙洞御所が落成した祝いが終わらねば守護様は尾張にお戻りになることが出来ぬ。院が仕向けたわけではあるまいが、守護様は都におらねばならなくなる。


 京の都を望まぬ守護様を留め置くことになるとはな。殿が常々、政により他方に気を使われる理由がよく分かる。


 まあ、懸念しておっても仕方ないか。守護様にあるがまま報告をせねばならぬ。陪臣なれど、殿がしておられることは、わしがせねばならぬからな。


「いつ戻れることになるか、分からなくなっておりまする」


「致し方あるまいな。ただ、此度は上様もおるのだ。すべてお任せ致すべきであろう。わしは大人しゅうしておる。派手な宴も要らぬと言うてあるのでな」


 あまりご機嫌がよろしゅうないようだな。守護様とて、京の都におれば気が休まるまい。理解はする。わしを含めて上洛を喜んでおる者などまずおるまいからの。


 そのまま守護様のところから下がると、京極殿と姉小路殿と今後のことを話す。


「守護様はいささかお疲れだ。数日はお休みいただこう。目通りを願う者も多いが、我らが代わりをせねばなるまい」


 守護様と目通りを望む者は多い。されど、守護様があのご様子ではな。京極殿の言葉に姉小路殿も頷いたことで、守護様にはお休みいただくことになった。


 上様も公卿の相手などあまり望まれまいな。そもそも公卿の機嫌を取ったところで守護様にも上様にも大して利はない。礼儀として宴などはやらねばなるまいが。


 上様の側近衆ともよう話しておかねばならぬな。




Side:近衛稙家


 広橋公らが戻った。ようやったと安堵したいところだが、懸案はむしろ増えておる。


「蔵人の件、織田と折衝する者を残さなんだ吾らの不手際。とはいえ、これほど大事となるとはの」


 もとは院が望まれたこともある。あまり仰々しくせぬことを。吾らもまた、身分のある者が残れば、織田に負担をかけると懸念したこともあるがの。


 さりとて、あそこまで上手くいかぬとはの。武士を持ち上げろと言わぬが、院の権威を盾に押し通さんとするとは正気とは思えぬわ。


「武衛も参っておるが、おかしなことを言うといかになるか分からぬ」


「ああ、分かっておる」


 一番気を使わねばならぬのは武衛か。それは昨年から変わっておらぬ。弾正と内匠頭のことは無二の友と言うても憚らぬほど信じておるというのに、吾らのことは厄介者と見ておっても驚かぬ。


「して、院はいかな様子か」


「分からぬ。院の在り方を変えることをお望みであることは確かであるが、吾らにも詳細を明かしてくださらなんだ」


 広橋公の言葉に、吾も倅でもある関白も言葉が出ぬ。この一年でもっとも変わられたのは院かもしれぬな。長きにわたり仕えた蔵人を解任したばかりか、勅勘を賜るとは。さらに変わることを望まれておられる。吾もそこまでは考えもせなんだわ。


 変わるということがいかに難しきことか、ご理解されておられぬのであられようか?


 内匠頭は恐ろしき男よな。会う者、皆に変わることを望ませてしまう。尾張に御幸をされるべく取り計ろうたこと。間違いであったか?


 いや、遅かれ早かれ、吾らは尾張と向き合わねばならぬ定め。院や帝が尾張を理解せぬことで争うのだけは避けねばならぬこと。


「致し方あるまいな。世が変わられたことを隠しておくわけにもいくまい」


「父上……」


「最早、尾張を知らぬということでは済まぬのだ。友誼を深め、朝廷は前に進むしかない」


 あの男とだけは争うてはならぬ。院が内匠頭を信じ、余人を交えず拝謁を許したというのは悪うない。信を以って接する者を内匠頭は決して粗末にはするまい。


 この繋がりが、いずれ朝廷を残すことになろう。必ずや。




Side:久遠一馬


 なんというか思った以上に深刻な感じだ。穴山と小山田が臣従したけど、騒動もなく口論もなかったらしい。淡々と許して働けと命じて終わりだったとか。正直、これをきっかけに因縁とか不和が増えても困るんだけど。


 別に誰も処刑を止めてないんだけどなぁ。ただ、使える人は使っていこうというだけで。


「送るとすると奥州か、飛騨か」


「飛騨のほうがいいかもしれません。南部家など甲斐源氏の血脈は奥州にもあります。扱いが悪いと疑念が生まれかねません。飛騨ならまだ私たちの目が届くので……」


 働かせるのはいい。晴信さんが一族郎党を許す条件として、自分と父である信虎さんの追放に関わった者たちの大部分を労働刑にと決めたんだ。


 ただ、やっぱりそれなりの血筋と名前のある人たちなんだよね。特に穴山さんとか。若い小山田さんは許されたけど、同様の若い人以外は等しく労働刑になる。


 監視も必要だし、まさか甲斐で働かせるわけにもいかない。下手に面目を潰すと彼らの一族郎党の今後に関わるし、なにより織田が恨まれかねない。


 エルと相談するけど、やっぱり領民が避難している飛騨が無難か。


 罪人扱いしても誰も文句は言わないんだろうけどね。好き好んで恨まれ役になりたくないのも事実だ。


 日ノ本の外に出すという選択肢もあるか。こっちのほうが管理は楽なんだけど。まあ、晴信さんと相談かなぁ。


 謀叛とまでは言えないのが、彼らの扱いが難しい理由だ。同盟解消しただけ。その言い分も間違ってはいない。ただ、晴信さんが一枚上手で、織田に降ることで彼らの狙いを潰しちゃったから、許してほしいと出戻りしただけだ。


 歴史だと割とよくあるよね。情勢次第でコロコロと主君を変える風見鶏の人って。


 日ノ本の外への追放、尾張の感覚だと二度と戻れない死罪に準ずる厳しさだ。謀叛とまではいえない穴山一同には少し厳し過ぎる気もするんだよね。


「まあ、悪く考える必要もないか。甲斐が落ち着くし」


「ええ、大変な地ですが、懸念が減るのは事実ですよ。開発地域を絞って余る人は賦役に回すほうがいいです」


 彼らの行先は晴信さん次第だ。オレと担当の奉行で素案を出して、選んでもらう。そもそも武田家中の問題なんだ。オレたちに決定権はない。


 それよりも甲斐の統治が楽になったことを喜ぼう。山深いけど、山林は資源の宝庫でもある。近隣とバランスを考えつつ開発するなら有望な地になるだろう。


 楽しみだね。



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