第1689話・覚悟の果てに

Side:久遠一馬


 今日は今年初めての海水浴だ。メンバーはウチのみんなだけだけどね。信長さんや信秀さんたちは仕事もあったりして、スケジュールが合わなかった。


 本来なら、もっと早い時期に来ていたんだけど、今年は帰省や上皇陛下がおられたこともあって、なかなかみんなで来られなかったんだ。


 ああ、砂浜の一角には露店や屋台が出ている。海水浴と言っていいのか分からないけど、海に遊びに来る人が結構いるらしい。


 オレたちや織田家が何年も前から来ていることで、年々海で泳いだり余暇を過ごしたりする人が増えていたこともある。あと昨年には上皇陛下が来られたことも無関係ではないだろう。


 砂浜、もとは漁師さんたちが使っていたんだけどね。手間賃を払って船とか漁具はどけてもらっている。来る人が増えたことで、それも収入源として漁師さんの暮らしに役立っているみたい。


「子供たちは元気だなぁ」


 まだ歩けない子も多いけど、歩ける子は元気に砂浜を駆けている。孤児院の子供たちとオレや家臣の子供たちが、みんなで遊んでいる姿は見ていていいものだ。


 お昼は魚介料理にする予定だが、これも事前に伝えてあるので近隣の漁師さんたちが用意してくれる。


 尾張だと漁村もここ数年で随分と変わった。ウチが持ち込んで普及させた大型の網もあるし、船も網に合わせて以前と比べると大型化しているそうだ。豊漁だと近隣の海岸や空いた土地では片っ端から干物にする光景が見られる。


 仕事としての選択肢は、賦役もあるし、水軍や蟹江でも人手を求めているので、末端の漁師などの待遇は良くなっているそうだ。


「ええ、微笑ましいですね」


 いつもと違い、妊娠中のセレスと千代女さんが、天幕代わりに張ったゲルの下でオレと一緒にいる。もちろん、産後まだ間もないお清ちゃんとかおりさんも一緒だ。


 セレスは妊娠して少し心境の変化もあったように見える。オレもエルたちもいろいろな経験を重ねることで変わっていることもあるからね。


 波の音と潮の香りに人の賑わい。これだけで飽きずに一日中楽しめる。


 しかし、ウチの妻たちは出産に関わらず体型とか変わらないなぁ。肉体の不老化措置を止めていることで、気を付けないと体型とか変化するはずなんだけど。


「クーン」


「ロボ、ブランカ。お前たちものんびりするほうがいいか」


 ふと気づくとロボがオレの横で海を眺めていた。前は砂浜に駆けて行ったんだけどね。年齢と共に落ち着きを持つようになっている。ロボ一家でも若い子たちは砂浜を駆けまわっているけどね。


 些細な日常も常に変わり続けている。そんな些細な変化を見つけるのが楽しみなんだよね。


 今日はどんな変化があるんだろうか。




Side:北条氏康


「臣従の話はなかったか」


 駿河守の叔父上が戻った。土産話があれこれとあるようだが、まずは臣従と東国平定の話がなかったことに少し驚く。今こそ動くべき時と思うたのだが。


「当家の飢饉の備えが足りぬことは懸念をもっておりました。六角や北畠に対しても同様で、飢饉で領内が荒れるのをなにより望んでおられぬ様子」


 今ある領地を治めることをなにより大事とするか。されど、これ以上、織田とそれ以外の領地に格差が広がると争いにしかならぬぞ。


「まあ、まずは懸念は潰すべきであろうな。備えをさらに増やすか」


 関東も僅かながら変わりつつある。関東のことは関東で決める。西とは違うのだと考える者は未だおるが、それが通じなくなりつつあるのだ。


 まだ知らぬ者も多いが、東国にとって頼みの綱でもある北の海の航路を久遠が制し奥羽にも織田が入った。西は越中を除き織田の地となったのだ。


 織田は敵と見なした者には荷留や品物の値を上げており、西からの品が手に入りにくくなる。頼みの寺社ですら、敵に回したくないと織田の要請を聞き届けてしまうのだ。


 手も口も出すな。されど、品物は今まで通り寄越せ。左様な勝手を望む者があまりに多いが、今までの様子から織田が聞き届けることはあるまい。


 かつて織田が関東に来た際に戦を仕掛けた里見など、未だに許されず荷留をされたままだ。絹織物など関東で手に入らぬ品は、越後におる上杉に頭を下げて、ようやく暴利とも言える値で手に入れておると聞く。


 それでも尾張物だけは手に入らぬようで、里見では尾張物を持つことを禁じておるのだとか。手に入らぬとは言えぬことを禁じたという体裁で誤魔化す。愚かしいが哀れでもある。


 肝心の上杉もいつまで持つのやら。長尾が助けておることで上野では勝つこともあるが、織田と争えば、たちまち里見の二の舞いであろう。


 もっとも長尾が織田を敵に回すか、わしにも分からぬがな。上杉は尾張物も里見に融通しようとしたものの長尾が止めたと聞く。その分、越後の青苧などを暴利で売っておるほどよ。あそこは上杉より手強いかもしれぬ。


「やはり伊豆がよろしいかと。内匠頭殿とも話しましたが、あの地ならば奪われる懸念も少のうございます。織田農園も進んでおり、備えとして兵糧を増やすといえば異を唱える者もおりませぬ」


 攻めて平定しろというではなく、今ある領地を飢えさせるなということか。異を唱えるわけにいかぬな。


「まさに宗瑞公のようだな。民を治めることで国を変えてしまう。いや、宗瑞公以上か」


 内匠頭殿か。恐ろしき御仁だ。人の好さげな顔をして世を平らげてしまおうとは。


「良かろう。すぐに取り掛かれ」


 叔父上と話をして詳細を詰める。織田は迅速を尊ぶ。秋までには形にして、今年の秋の刈り入れから米の備えは増やさねばならぬ。


 内匠頭殿がわざわざ言及したということも気になる。あまり他家に口を出す男であるまい。それだけ織田における懸念が深刻だということであろう。


 幸い、伊豆は織田領や久遠領との交易で賑わっており、領内で一番変わりつつある。上野辺りは捨ててもよいが、あの地は宗瑞公が切り取った地だ。織田に降る時まで残したい。


 にしても、織田は甲斐を手に入れておるが、貧しさから喜んでおらぬのであろうな。金が採れるものの飢饉が多すぎるのだ。あの地は。


 まあ、求めるものさえ分かれば、こちらも動きようがある。所領の増減より飢えさせぬことを重んじればよいのだ。


 わしとて、ただ無駄に時を過ごしておるわけではない。


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