第1690話・漁村のいま
Side:とある漁村の領民
今日は夜明け前から忙しい。浜に久遠様がいらっしゃるからだ。
事前に所望されている魚介を獲る者や、浜を片付ける者、皆で支度をする。
「おし、このくらいでいいだろ」
浜に流れ着く流木やらなにやらとすべて片付けて、浜には砂しか見当たらないくらいになると、こっちの支度が終わる。幼い子も来られるんだ。ちょっとしたものでも手傷となってしまうからな。砂以外ないと言えるくらいまで片付けるんだ。
村にはゲルなるものがある。戦なんかでは家になるものだ。浜に誰かが来られる時には、それを組み立てて休める場を作ることまで支度する。
「魚は獲れただろうか?」
「案ずるな。駄目なら近隣から融通してもらうことになってる」
久遠様は魚がお好きだからなぁ。多く獲って血抜きをしておくことにしている。
近頃だと、夏になると、いろんなお方が浜で泳がれるので、その都度こうして支度をする。初めは久遠様の故郷でしていた潮湯治なんだそうだが、今では武士から寺社の坊主まで来ることがあるんだ。
村の浜は広さもそれなりにあるし、沖に出なくとも泳ぎやすいからと久遠様がよく参られる。昨年なんて、都の天子様を退いたお方が来られたくらいだ。
久遠様が浜に来られると、おらたちは浜と沖に出した船に分かれて、今日一日働くんだ。
周囲には警護の兵がおるが、海で流されたりする者が出ねえようにって、みんなで見守ることになっている。
あれこれと大変だが、賦役のようにひとりひとりに日当が出るうえに、村にも褒美が貰えるから喜んで働く。
久遠様はさらに昼に飯を食わせてくれるが、それがまた美味えからなぁ。
それが一番の楽しみかもしれねえ。今日はなにを食わせてくれるんだろうか。
Side:久遠一馬
周囲には警備兵やウチの護衛なんかもいるけど、近くの村の男たちが危なくないようにと見守っていて、沖に出過ぎると船で助けに行けるようにと待機している。
なんか、近くの漁村が海水浴に特化した村になりつつあるなぁ。
最初は浜を借りる礼金を出す以外は、全部自前でやっていたんだけどね。支度とか。資清さんの進言で、今は現地の人を使っている。
尾張だと夏には海水浴場なり川遊び場となる場所がいくつかあって、同じように近隣の領民が支度や、もてなしをしてくれるんだ。
今年は特に泳ぎに来る人が多いと聞いている。昨年には上皇陛下が海水浴に来られたからなぁ。あと学校の行事でも来る。子供から親に伝わり、家中の者を集めた行事、宴のような一環として海や川に来るんだそうだ。
土地と人を切り離しちゃったからね。武士なんかだと、一族や家中で集まる機会を設けようと考えている人が結構いる。仕事や役目が違うと、年に数回会うだけなんて人も出てきているからね。同じ領地に住んでいた頃と環境が変わったことで、家中や一族の結束を保つためにみんな試行錯誤している。
「ああ、美味しいね」
昼時、浜焼きと海鮮鍋などをみんなで食べる。魚も新鮮なうえ、血抜きとかしているので美味しいんだよね。
「これに麺を入れてもおいしゅうございます」
「あっ、ほんとだ」
海鮮鍋に茹でた麺を入れるらしい。地元の人に勧められたので食べてみるけど、海鮮の出汁が麺に絡んで美味しい。
「平手様がお越しになられた際にお教えくださいました」
麺はラーメンのものだな。政秀さん、ラーメン好きだからか。というか近くの村の人、麺を作れることにびっくりする。麺とかは西国にはうどんもあることから、ウチも秘匿しないで地元の人には教えるようにしているけどさ。
海水浴に来た人が望むと、焼きそばとか明麺と言われるラーメン系とか、うどんやそばも提供しているらしい。どうもいろいろ働いて褒美を多く貰おうと頑張っているようだ。
ウチも食材の下ごしらえとかは頼んでいるしなぁ。
商機になると踏んだんだろう。商人とかも関わってひとつの産業になっている。麺とか粉料理は尾張だと普及していて、製粉商人までいるからな。
尾張の人はたくましいなとしみじみと思う。戦国時代なんだけど、ここだけ意識が変わっているのが末端まで分かるとは。
Side:朝倉義景
「そなたの義父は偉大だな。戦場でなくとも朝倉において勝る者はおらぬ」
尾張の宗滴から文が届いたが、さすがに我が目を疑ったわ。まさか久遠の本領に招かれて行ったとは。
もはや敵とは言わぬが、斯波との因縁は終わっておらぬのだぞ。いかに久遠殿と友誼があるとはいえ、斯波の若武衛殿や織田の者らと共に同行を許されるとは。真似出来る者など他にはおるまい。
「某も驚きましてございます」
宗滴の後を継いだ孫九郎も信じられぬ様子か。
かつては守護が京の都におり、天下の政をしておったと聞き及ぶが、戦をせずとも世は動き、政は進む。尾張を中心に世が動くならば、尾張に人を置くのが最良ということか。
「蝦夷との交易も内匠頭殿が制した。なにか困りし時は知らせてほしいと書状も届いておる。美濃と海から攻められることすら、あり得ぬと笑えなくなったな」
世の動きは宗滴が示した通り、尾張を中心に回りつつある。公方様は京の都と尾張の中間にある観音寺城におられ、畿内から東は争いすら減りつつあるのだ。
ひとつ間違えると織田による朝倉征伐があろう。いや、ないのがおかしいとも言える。東は北条と友誼を持ち、西は六角、北畠と同盟にある。少し世を知る者ならば、何故、攻めぬのだと驚いておろう。
織田は戦で所領を広げる気がない。いや、国の在り方を変えておるのだ。要らぬ争いは興味すら持っておらぬ。
「真柄の倅は今年も尾張に行くのであろう? 今年も若い者を共に行かせるか。あの男に頼らねばならぬ日が来るかもしれぬ」
「それがようございます」
戦など出来ぬな。勝てるどころか面目ある敗北すら叶うとは思えぬ。若き宗滴が十人でもいれば、戦になるのかもしれぬがな。宗滴は隠居してしまい、ひとりもおらぬのだ。
こちらが鉄砲をひとつ揃える間に、織田は金色砲をひとつ揃えるのではあるまいか? 銭勘定など下賤の者がすることだと嫌う者がおるが、武士といえど裸一貫では戦も出来まい。
そもそも現状でも斯波に配慮ばかりされておる。家中の愚か者は朝倉を恐れておるのだと豪語する者がおるが、恐れなどするものか。弾正殿と内匠頭殿のような者が宗滴のおらぬ朝倉を恐れるなどありえぬわ。
わしはいかんとしても、宗滴が最後の余命を懸けて紡ぎ出した道を広げねばならぬ。
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