第1687話・変わる者たち

Side:穴山信友


「恐ろしきは織田か」


 御屋形様の条件で臣従をする。そう尾張に使者をだして程なくして、懸案であった織田領と近隣の寺社との品物の値が違う件が改まった。さらに領内の飢えた者に飯を食わせるように命じられ、少なくない雑穀や米や塩が見返りもなく届いたのだ。


 品物の値は喜んだ者も多いが、見返りなく届いた荷には恐ろしさを感じた者が多かろう。わしもそのひとりじゃがな。


「織田の策であろうな。御屋形様がかような甘いことをされるとは思えぬ」


「これで我らが裏切ろうものなら、今度こそ一族郎党根切りだな。裏切れぬように追い込んだとも思える」


 御屋形様からは、これ以上領内を荒れさせるなという厳命が届いておる。わしと同調して御屋形様から離反した国人衆が集まり、あれこれと話をしておるが、従う以外の道などないのは皆が理解しておる。それだけは安堵するわ。


「それより、まだ従わぬ者がおるのか?」


「年寄りは頑固だ。一戦交えても己が腹を切れば済むと思うておる者が多い。織田は違うと言うても信じぬ。謀だとさえ罵る者もおるのだ」


 織田は動くのが早い。弱き者が強き者を待たせて良いことなどないというのに。意地を見せねばと考える者がこれほど多いとは。


「秋までにはまとめねばならぬ。年貢を得たあとで所領を献上してみろ。欲を出して遅らせたと御屋形様のご不興を買うぞ」


 これ以上、遅らせることは出来ぬ。


 すでに、あの信濃が大人しゅうなり、まとまりつつあるのだ。北信濃は未だ織田に従っておらぬが、村上を筆頭に、誼を通じることで上手くやっておるというのだから驚きだ。


 村上など砥石勢が一戦交えて、軍勢を出したというのに、会談だけで収めてしまった。


 聞くところによると、村上は瞬く間に落とされた砥石城を自ら手放し、織田はそれに応じて品物の値を下げることで村上の面目を立てた。


 三河一向衆を大敗させる差配をしたと噂がある夜の方と明けの方。久遠の女の力量が噓偽りないことを示したのだ。誰も逆らわぬことで信じられぬほど変わりつつあるという。


 尾張では左様な信濃と甲斐を比べておろう。万が一年を越すようなことになれば、我らは面目どころか一族郎党の命すら危うくなる。


 駄目ならば従わぬ者は捨て置くしかあるまい。もとより御屋形様からは、そうご下命があるのだ。




Side:季代子


 ぽつぽつと反乱がある。意地、面目。それを口実にした売名。まあ、目的はいろいろあるわね。津軽は神戸殿が一気に鎮圧した。


「さすがは神戸殿ね」


 津軽にて最後まで南部に従っていた地域が、やっと落ち着くわね。土豪相手に火薬を惜しみなく使ったことにより、国人や土豪らは理解出来ぬと沈黙していたとか。


 北伊勢という地で、身を以って経験したことが生きている。彼らは春たちの下で戦をした経験もあるのよね。浅利と戸沢攻めを控えたこの時期に、時を惜しんだ判断は称賛に値するわ。


 あの地は出羽北部と陸奥北部、私たちのいる八戸と一帯を繋ぐ要所。それ故に任せたのよね。それなりの働きだと困るのよ。


「上の者が民への施しとして与えたものを奪うとは、奴らの頭は飾りか? 己らの面目の前に上の者の面目を考えぬとはの。石川殿の責を問うてもよいほどだ」


 いろいろ忙しいので共に八戸にいる浪岡殿も、今回の一件は少し呆れているわね。


 個人として私はあまり気にしないけど、斯波家代将としては民への施しを奪われ横流しされたのは許せない。許してはいけない。浪岡殿はそれをよく承知しているわね。


「女子供は助命の上で日ノ本からの追放ね。当家の開拓地に送る。あとは磔にするしかないわね」


「良いのか? 成り行き次第では、尾張の武衛殿が軽んじられかねぬぞ。武衛家はそれほど軽うあるまい」


「責は私が負うわ」


 一族郎党、磔でもおかしくない。いえ、それをするべきと言いたげね。浪岡殿は。政治的には正しい。ただ、私たちはどうしても、累罪というものに抵抗感が捨てきれないところがある。


「仕方ないの。では、わしと南部殿で助命嘆願をする。さすれば大きなお叱りは受けぬであろう。所詮は土豪の始末よ」


「浪岡殿……」


 驚いたことに浪岡殿が私を庇ってくれるとは。


「いいの? 尾張の御屋形様も大殿もご理解くださるわよ。表向きとして叱責くらいはされるだろうけど」


「配慮はお互い様であろう。庇わねば、わしが伊勢の本家にお叱りを受けるやもしれぬ。懸念は潰しておくべきことよ。お互いのためにの」


「感謝するわ」


 土豪の女子供などどうでもいい。なぜ助命するのか理解に苦しむと言いたげだけど、私の判断を尊重して最善の進言をしてくれた。


 上手いものね。伊達に名門を名乗り、面目の時代を生きていないってことか。


「奥州の者らが勘違いしても困る。平らげるのであろう? このまま奥州から尾張まで、すべてをな。ならば尚更、そなたの名に傷をつけられぬ」


「望むと望まないとにかかわらず、そうなるはずよ」


「であろうな。織田の治世はあまりに違い過ぎる」


 明言していないことまで察していたわね。東国統一。さすがにこの地でそんなこと言うと騒動になるから黙っていたのに。


 人というのは分からないものね。味方になる前は理解出来ずに右往左往するだけだったのに、臣従をして私たちのことを学んだ途端に驚くほど有能になるんだもの。


 理解力が一族郎党の未来に関わる。みんな必死なのは確かだけど、理解しようとする意志は、司令の元の世界よりもこの時代が上でしょうね。


 歴史が時代を作ることはない。時代とは常に人が作るものなのね。私も肝に銘じておきましょう。今後のためにもね。




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