第1676話・上皇陛下の花火
Side:久遠一馬
毎年改善しつつ祭りを運営している。それでも問題って尽きないんだよねぇ。今年なんて川舟が渋滞しているし。
あと職人衆が発案した屋形船が増えた影響で、津島近郊は屋形船が川岸に多数係留していて川舟の通行が難しくなっている。一応、事前に通行を妨げないように命じてあるんだけど。舟が多過ぎるんだ。
エルと顔を見合わせて悩むけど、こればっかりはね。元の世界だって祭りやイベントがあると、近隣に路上駐車などで問題になることがある。さすがに祭り当日に津島に来て、そのまま商いをして花火を見ようとする商人は少し見込みが甘いと思うけど。
「混雑する経験とかないと、こんなものなんだろうね」
「そうですね。それは仕方ないことかと」
津島は昨日から祭りに関係ない、商いなどの荷物搬入を禁じている。人の多さや混雑から、そうでもしないと上手くやれないんだ。こういう対策は去年もやったんだけどねぇ。領外だと知らない商人が未だに多いのが事実だ。
「久遠様! 食べてください!」
「ああ、ありがとう」
町中を歩くといろんな人から声を掛けられる。顔を少し見たことがあっても、名前を知らない人もいる。オレたちが歩いているとあれこれと貰うことも多い。
食べ物は例によってひとつかふたつ貰って、みんなで分けて食べるんだけど。フードファイターじゃあるまいし、そんなに食えないからさ。
「うん。美味しい。ピリッとするのは唐辛子かな」
「はい!」
香辛料、嗜好品の類なので、今もそこまで安くはないんだけどね。アクセント程度に入っていると味が引き締まって美味しい。
ああ、今年は似顔絵描きをしていたり、絵を売っていたりする絵師も結構多い。版画絵が多いかな。以前からある技術だけど、留吉君たちが売って以降、版画絵を売る人が増えた。黒の一色刷りが多いけど、その分技量次第と言えて人気がある人はすぐに売り切れるらしいね。
「怪しげなものを売る人は減ったね。まず見ないや」
「津島衆も変わりましたから」
ちょっと前には唐物と称した粗悪品を売ったりしていた行商人がいたけど、今はまず見ないな。その代わりというわけではないけど、京の都の織物とか露店で売るような品じゃない高級品を売っている人は稀にいるけど。
尾張の商人に売るより少し高くしても、買い手とすると商人を挟まない分だけ安くなる。目利きの出来る人が買っているみたい。
いいね。こういうところからみんなの頑張りと変化が見られると嬉しくなる。オレたちも負けないように次のステージへ向けて頑張ろう。
side:斯波義統
此度は京の都より公卿を呼んでおらぬことで面倒が少ないの。上皇陛下のお相手は、今川の客分である公家衆と姉小路と京極が上手くやっておる。
今川の客分の公家衆はよう働くと評判じゃ。今川としても弾正としても働けなど言うておらぬが、ある者は学校で師として働き始めており、またある者は太田又助がしておる郷土史の編纂を助けておるという。
評判といえば丹波卿も良いの。あえて公家と分からぬように白粉も塗らず、病院で医術を学び働いておるという。厄介になるようなら止めるつもりでおったが、それでは止めることも出来なんだわ。
院の御覚悟が周囲に伝わったこともあろうな。御自ら学ばれようとされておるほどだ。
寺社もまた大人しゅうなった。願証寺と無量寿院は同じ席におっても諍いのひとつも起こさぬ。親しく話すほどではないがの。この様子に驚く者も多かろう。
もうじき日が暮れる頃、あちこちと動いておった一馬が姿を見せると、院に新たなことをお見せしておる。棒パンと一馬は言うていたか。木の棒にパンの生地なるものを巻き付けて、己でたき火で焼いて食うのだ。
「かようなものがあるのか……」
「ほんの余興でございます」
戦場などで食うようなもので決して院にお見せするものではない。にもかかわらず一馬はこれを院にお見せしておる。
「朕も出来るであろうか?」
「はい。少しずつゆっくりと焼くだけですので。院がされるようなことではございませんが」
やはり院は自ら同じことをすることを望まれたの。一馬もそれを承知で見せておるのだがな。生涯に一度くらいは、召し上がるものを自ら作ることも良いのでは。そういう一馬に広橋公も山科卿も異を唱えなんだからの。
「おお、色が変わってきたぞ」
たき火で棒パンを焼き、まるで幼子のように嬉しそうに笑みをお見せになる院を、広橋公はジッと見守っておられる。鬼役が毒見をして冷めた飯を食うのが当然の御身分だ。かようなことは一馬でなくば決して勧めることすらするまい。
「もう良い頃でございますよ。少し熱いのでお気をつけてお召し上がりください」
「……ああ……、これが……、朕が作った味か。温かく焼き目がよい風味じゃ」
余興か。確かにその通りであろうな。されど、あの嬉しそうなご尊顔を拝すると、これ以上の余興などないと思える。
あとは花火が上がれば、申し分ない一日となろう。
Side:足利義輝
一馬ひとりおるだけで場の様子がまったく違う。相手をひれ伏させることなく上に立ってしまう。左様に思えるほどよ。
京の都では花火に呼ばれなんだことを嘆く公卿もおると知らせがあったが、愚かしいことだ。このまま院が戻らぬと言わぬか案じねばならぬほどだというのに。
一馬にその気があらば、院は朝廷を割ってでもこの国と共にあろうとなされるだろう。他ならぬオレだから分かる。人の上に立つというのに、なにひとつ己の思うままにならぬ身。気が付けば周囲の者がすべてを決めてしまうのだ。足利家も公卿と同じ立場故、オレも一概に公卿を責められぬがな。
「あれが、巻藁船か」
日が暮れると川に巻藁船が流れてくる。あれは一馬らが来る以前からあるものであるが、初めて見るとその姿に驚く者が多い。
川を流れる巻藁船の光に皆が見入る中、花火の刻限となる。
一筋の光が天に昇る。真似しようとしても未だ成した者はおらぬという。仮に成したとて久遠の真似事としてしか見られまい。この光景には、院ばかりか広橋公や丹波卿すら驚き、時が止まったかのように見ておられる。
「なんと……」
さらに地上の巻藁船と夜空の花火。これが揃う時こそ、津島の花火の見どころだ。
日ノ本の巻藁船と久遠の花火。これは決して相容れぬものではない。共に引き立てより素晴らしきものへと昇華させる。尾張のすべてがこのひと時に詰まっておると言うても過言ではあるまい。
打ち上がる花火も年を追うごとに変わる。熱田の花火もそうであったが、今年は色が違う花火が多い。
蚊取り香の匂いが花火と夏を思い出させる。尾張者は左様に言う者もおるのだ。
京の都は再び尾張を超えて、日ノ本一の町に戻れるのであろうか? 無論、今でも都は都だ。されど、尾張は権威や立場では下でもすでに都を超えておると思わせるのだ。
そう、まるで一馬のようにな。
オレは将軍として、朝廷と向き合わねばならぬ。難儀なことよな。
まあ、よい。今はこの時を楽しむとしよう。
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