第1675話・津島天王祭
Side:久遠一馬
津島天王祭の花火大会当日だ。オレたちも昨日のうちにこっちに前乗りしていて、今日は津島の屋敷で朝を迎えた。
津島を任せているリンメイもマリアもテレサも朝から忙しいようで、一緒に朝食を食べるとすぐに仕事をしてくれている。
花火を見ようという人が日ノ本各地から来ており、領民も多く集まる。宿泊場所や食事の確保から見物場所の問題など、事前に入念に支度をしているものの、当日は猫の手を借りたいほど忙しい。
上皇陛下は昨日から勝幡城を御座所としておられる。あと幕府軍として迎えに来ている六角義賢さんや義輝さんも公式に勝幡城にいて、一緒に花火見物をする予定だ。
ただし今回は勝幡城ではなく、巻藁船が見られる川辺での花火見物になる。花火と巻藁船の競演が、津島天王祭における花火の見どころだからね。特に反対する人もいないし、京の都の公家衆が来ていないので人も多くない。こちらの打診を広橋さんたちは喜んでくれたようだと聞いている。
いろいろあるし、思うところもある。ただ、精いっぱいおもてなしをして送り出したいというのはみんなに共通することだ。
「今日は混雑するからひとりで動いてはいけませんよ。あと町から出たり川には近寄らないこと」
「はーい!」
オレも見回りに行こうとしていると、孤児院の子供たちが屋台の荷物を運ぶところだった。テレサが子供たちに津島における注意事項などを教えているようだ。
ちなみに子供たちはお揃いの着物を着ている。目立つようにと明るい色の生地にウチの旗印である船が描かれた着物になる。
これ実は家臣から進言があったんだよね。ウチの子たちを一目で分かるようにしたほうがいいと。誘拐とか狙われる危険もないわけじゃないけど、それ以上にウチの子供と分かると領民や警備兵が守りやすくなるんだ。
恵比寿船と名称を変えた南蛮船の旗印が、ウチのものだとすでに周知されていることもある。余所者などから守る抑止力にもなるんだ。まあ、織田家中からも少し分かるようにしてほしいという意見もあったようだけどね。
元服前に働く子供は身分が低いと見られることが多いものの、それがオレの猶子となる子だと相手方も困るみたいなんだ。
津島天王祭では地元の子供たちも働くからね。同じ子供だろうけど、ウチの子供たちを領民の子と同じ扱いに出来ないと周りが気を使うらしい。
「オレもひとつ持つよ。一緒に屋台まで行こう」
「とのさま!」
ちょうどいいな。子供たちと奉公人の皆さんと一緒に荷物を運んで、まずはウチの屋台を視察に行こう。無論、大八車も使うけどね。軽いものは手持ちで運ぶんだ。
子供たちは歌を歌いながら歩く。みんな祭りが楽しくて仕方ないみたい。
「あら、我が殿も一緒なのね」
「うん。出がけに一緒になってね」
屋台の予定地では、リリーと共に牧場にいるプリシアが屋台の設置をしていた。ウチの屋台、年々規模が大きくなっているからなぁ。
飲食関係とお菓子など定番から、留吉君と雪村さんの版画絵など売り物も多いんだ。
最初にお祭りの屋台を出した時は遠巻きに見ている人ばかりで、無料で金平糖を配ってようやくお客さんが来てくれるようになったのに。今では朝から夕方まで人が途絶えることはない。
「じゃあ、みんな。頑張って」
「はい!」
荷物を降ろすとオレは津島の視察に行く。
まずは津島神社に顔を出すか。あそこにはお祭りの運営本陣や警備兵の臨時本陣もある。不測の事態はいつ起きるか分からないからね。意思疎通と情報の確認からしよう。
Side:織田信長
ふと、かずが尾張に来る前を思い出した。これほど諸国から人が集まることはなかったが、それでも賑わう祭りだった。
「若殿、津島に入りたいという船が数多、待っており騒ぎになりそうでございまする」
「海の商船は蟹江に行かせろ。美濃からの川舟は町の外で人を降ろすのみ認める」
「はっ」
オレは津島神社内にある運営本陣にいる。屋台でたこ焼きを焼いていた頃が懐かしいが、今はここの差配をせねばならぬ。
領内ばかりか伊勢大湊でも、今日は津島に船では入れぬと触れを出しておるというのに、知らぬ者が次から次へと船で来る。
事前に先触れがあった名のある者は船で津島に入ることを許しておるが、あとは船で入ることは認めておらんのだ。
「周知徹底か。なかなか難しきことだ」
「多くの者に
同じく運営本陣におるマリアが、オレの心中を察してか助言をくれる。
「よその地にて、いかなる触れがあるかくらいは確かめてほしいものだがな」
オレが当然だと思うことであっても、他の者は当然ではない。かずやエルたちに散々教えられたことだが、それでもよく知らぬ地で触れさえ確かめぬ者は、なにを考えておるのかと首を傾げたくなる。
仕方なきことか。理や正しき道を選ぶ者ばかりならば乱世などならぬ。
Side:とある商人
「少し飲むか」
「構いませんけど、今から酔うてしまうと花火を見逃しますよ」
町の賑わいが聞こえる中、津島でも一二を争うという遊女屋にわしは滞在しておる。値は他国ではあり得ぬほど高いが、ここは花火がよく見える上に飯も美味い。さらに女もおるからな。他国の豪商や身分あるお方もおるようだ。
「ちびちびと舐めるくらいだ。あの梅酒がいいな。そなたの分も頼んでよいぞ」
「あら、左様でございますか。ならばすぐに」
女にも酒を許すと嬉しそうにしておるわ。かようなところは他国と変わらぬな。とはいえここでおかしなことをすると、織田領から追放されるとさえ言われる店だ。余所では手に入らぬ酒や食い物があることから、織田家と昵懇の遊女屋なのだろう。
「にしてもこの国は凄いの。かつて栄華を誇った周防は山口もわしは見たが、この国はすでに周防を超えておるわ。日ノ本の夜明けは尾張から。亡き大内公の遺言もあり、西国では左様に言われておるぞ」
「うふふ、ならば尾張の夜明けは久遠様の地からと言いましょう。極楽のような地であると聞き及びますわ」
ほう、なかなか面白きことを言うわ。遊女だというのに。
ただ、ここの遊女は皆、文字の読み書きが出来る。料理の品書きなどを読んでおるからな。
聞けばそれもまた尾張では当然のこととか。遊女らも文字の読み書きや算術など学問や習い事を学び、客が取れなくなっても生きていけるようにしておるそうだからな。
「よう攻められぬの」
「久遠様の恵比寿船に勝てる船はございません。それに……、久遠様に手を出すような愚か者は仏の弾正忠様が必ず成敗されます。尾張では左様に言われておりますわ。一声かけると万の兵が即座に集まる。それが尾張でございます」
この女。仮に自らを望まれれば、遊女の身でありながら槍を持ち戦場に馳せ参じると確固たる信念のある目をして明言した。
その強き目に驚かされる。
「羨ましき国よ。この国だけだ。他国で商いをして信じてよいと思えるのはな」
久遠様から昇る日は、いずこの者まで照らしてくれるのであろうか? 願わくは我が故郷も照らしてほしいものよ。
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