第1674話・花火を前に

Side:山科言継


 津島天王祭の花火が終わると京の都に戻る。


 ここ数年で幾度となく来ており、半年前から滞在しただけであるが、本音を言えば戻らずここにおられたらと思わなくもない。


「院にとっては良き一年であらせられたであろう」


 広橋公と丹波卿と共に静かに酒を酌み交わす。吾の心中を察してか、丹波卿が相も変わらぬ飄々とした笑みで一言発した。


「失態、過ちを恐れず、恥ともせぬ。まず、これを見習わねばならぬ。吾らにはないものじゃからの」


 新しきことを試すということが、吾らにはいかにしてよいか分からぬ。失態があれば末代までの恥となる……とまでは言わぬが、誰しも失態など喜ぶはずがない。


「先人らの教えを否とし変える。これだけでも難しきこと。寺社もそうであろう。故にその時々の世に合った新しき教えの者らが幅を利かせる」


 広橋公の言葉が至極もっともだ。尾張とて、初めから上手くいったわけではない。ただ、京の都には久遠がおらぬ。皆をまとめ導き、光明となる久遠がおらぬのだ。


 教えを請うというなら相応の扱いが必要であろうな。じゃが、斯波も織田も久遠もこれ以上の官位を望んでおらぬ。すべては吾らが朝廷や公卿の積み重ねの結果であろう。


「かの者らは寺社を超える者らよ。主上ですら仏道では信徒として見ておる寺社を超える。つまり、寺社以上の配慮を見せねばならぬ」


「山科卿、さすがにそれは……」


 少々言葉が過ぎると思うたのであろう。広橋公が驚き言葉に詰まる。されど神仏の名を背負う寺社を超えて、従えておるのも事実。左様な覚悟を吾はせねばなるまい。


 院はまず御身と院の在り方から変えられるつもりだ。それならば主上と共に出来ることがある。


 朝廷を穏やかに変える。出来るか分からぬが、やらねばなるまい。




Side:久遠一馬


 今日は信濃から花火見物の団体さんが那古野の視察をしているそうだ。学校・病院・工業村の高炉も見学予定になる。


 北畠や六角、それと新規の臣従組の尾張見物は恒例行事と化していて、見学ルートや説明を担当する人まで最近はいるほどだ。


 領地で生きて田畑を耕している人たちに世の中を見せる。これの影響が大きいんだ。


「それはまた驚きですね」


 具教さんが久しぶりに那古野の屋敷に来たけど、晴具さんが家中の所領問題を明確に口にしたようで家臣たちが戸惑っていると教えてくれた。


「父上に限って焦りておるわけではあるまいが、そなたと近しくなった者は皆が我先にと変わり前に進もうとするな」


「私もどちらかといえば止めている側なんですけどね。世の中が変わるのが早いんです。もう少し地道にゆっくりでもいいと思っています」


 晴具さん、陰に日向にとお世話になっているからなぁ。かなり突っ込んだ相談もしている。さらに久遠諸島への旅で思うところがおありなのだろう。


 一番の懸案である領地問題を動かす覚悟を決められたのかなぁ。


 六角からも義賢さんから少し会いたいと打診されていて会う予定だ。両家とも上手くいっているけど、相談することは山ほどあるんだよね。


「上手くいくと思うか?」


「やるのであれば上手くやらねばならないと思います。俸禄と負担、ここをしっかり考えるべきかと。具体的には個別に助言出来るかと思います」


 具教さんも当主になったんだなと実感する。変わる必要性を具教さん自身は理解しても、家中、とりわけ身分が低い者や隠居している長老なんかには理解していない人も多いのが事実だ。


 大湊から尾張は定期船が運航しているので、以前と比べて人の行き来は多い。とはいえ領地から出ない人たちは、未だに領地の中が世界のすべてと言っても過言ではない。


 まあ、織田農園と賦役が続いているので北畠でも徐々に領地や村単位の暮らしから変化を始めているんだけど。世の中の変わるスピードが早いんだよねぇ。


「大湊と宇治と山田。ここが一段落するともう少し楽になるはずですよ」


 北畠家の財政状況には口を出したくないんだけど。無い袖は振れないし、寺社や商人からの借金でなにかするのはあまり勧めていない。


 とはいえ今の伊勢湾沿岸の経済規模は史実と比較にならないほど大きい。伊勢神宮の権威も使えるし、大湊、宇治、山田の整備も順調なんだよね。そう思うと領地問題に手を付けるにはちょうどいいタイミングなのかもしれない。


 商人組合、これに大湊が領外でありながら参加しているので、宇治と山田も落ち着き次第参加かなぁ。それで利害調整が楽になる。


「いまさら戦で領地を広げて大きくなろうなどとは考えておらぬがな。それでも代々の土地だ。手放すと言えぬ者が多い」


 尾張なんかだと旧領に屋敷がある人、普通にいるんだけどね。大規模な城は維持管理と義務、それと権利などのバランスで面倒になり手放した人が多いけど、代わりに旧領に屋敷を構える。


 また小規模な国人や土豪の城なんかは、そのまま居住区域以外を織田家に明け渡している人もいるね。私邸では元領主一族が住んでいるものの、あとは公民館代わりになっているところとかもある。


 治安の安定と領内の小競り合いが消えたことで、城の存在価値が変わっている。目端の利く人だと、自分の城や屋敷で読み書き武芸を教えている人だっているんだ。


「そのうち変わると思いますけどね。尾張だと私たちが変えなくても変わっているところも多いですよ。元の実入りを超えている人も珍しくないですし。伊勢もどんどん豊かになりますから」


 尾張で武士の成功例は信光さんかなぁ。守山の澄み酒は有名だし。少し前から味醂とか醤油も造って売れている。


 あとはウチのやることを真似て上手く収入にしている人が結構多い。


 最後の覚悟だけだろうね。北畠家の皆さんに必要なのは。


「懸念は伊賀なのだ」


「ああ、あそこがありましたねぇ。ウチも縁がありますけど……」


 そういや北畠家、伊賀にも勢力下の地域あったね。ウチでも古くから友好関係にあって相応に経済的な利が回っている。ただ、あそこ守護家が一国をまとめていないからなぁ。


 要らないとは言わないけど。面倒事は御免だよね。ただ、北畠家に従っている伊賀の人たちとしたら、今の勢いがある北畠家からの離反なんて考えもしないだろうし。


 一緒に変えていくしかないだろうなぁ。こちらと友好関係があるところもそうなると動くかもしれない。


「それはウチも関わるのでね。少し話を詰めましょうか。手を出したくないんですけど、見捨てるとも言えないので」


「ああ、頼む」


 具教さんもそこまで維持したい様子ではない。ただ、離れる気のない人は面倒見ないといけないからなぁ。


 松平家の服部さんも出身だったな。あと甲賀出身の望月さんとかも縁がある。みんなで相談してみる必要があるね。


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