第1673話・それぞれの初夏
Side:ウルザ
私とヒルザは主立った信濃衆とその妻子などを連れて尾張入りした。花火を見せるためだ。
信濃は大きな懸念がなくなりつつある。無論、大小様々な問題はあり、私たちがかの地を離れるのはまだ無理だけど。年に一度は尾張に来て花火を見て新しい治世を学ばせるためよ。
旅などしたことのない者も多い。また女子供は歩くのも時間が掛かる。ただ、治安と街道がだいぶ整ってきているので、今回の尾張入りが実現したのよ。
道中も人の往来が思った以上にあった。沿道の村や寺社では旅人を泊める旅籠の役割を果たしていて、中には客引きをしているところさえあった。
私たちは大人数になるので物資輸送などに使っている寺社に泊まってきたけど、きちんと従うところは余計なことを考える暇がないくらい忙しいらしいわ。
「うわぁ……」
「凄い……」
そんな長旅に少々疲れた表情を見せていて子供たちが、海と、蟹江の港にあるウチの船に驚きの声を上げた。
「帰る前に乗せてあげるわ」
争い因縁がある者も中にはいる。ただ、もう勝てないと思わせることで大きな反発はない。少しでも新しいものを見せることで、信濃は今後も変わっていくはずよ。すでに甲斐にだけは負けたくないと皆で励んでいるけど。
「ありがとうございます!」
大きな船に乗れると喜ぶ子供たちに皆も嬉しそうね。今日の宿は、蟹江にある織田家経営の旅籠よ。雑魚寝をすると二千人以上泊まれる宿になるわ。
蟹江はもともと町などないところから寺社が少なく、他の地域のように寺社に泊まるなんてことも出来ない。そこを考慮して織田家で運営する旅籠や店が幾つかある。
元はウチが支援して始めたことなのよね、これ。津島や熱田にはウチの関係者が経営する店が幾つもある。清洲の八屋ほど有名なところはないけど、お手本となる店を作ると、商人もすぐに学んで類似する店を作るから尾張は特に発展しているわ。
信濃衆には、花火大会まで尾張見物をしてもらおうかしらね。
Side:季代子
南部領の平定がほぼ終わった。寺社はまだだけど、そっちはどうせ時間が掛かるので急ぐ必要もない。結果として臣従を拒んで戦になったところはない。
理由は様々あると思う。大敗した戦や三戸の右馬助殿の降伏と浪岡殿の臣従。
まあ、これからが大変なんだけど。領地召し上げ。これも口だけではと思う者が未だ多い。新しい統治体制を教えて理解させて信じさせる。これだけでも苦労なんて生易しいほど難しい。
「お方様、やはりこのままでは降れぬようでございまする」
森三左衛門殿が報告を持ってきた。残る懸案と言える浅利と戸沢のことだ。浪岡殿や右馬助殿も動いて詫びを入れる形での停戦も模索していたけど、上手くいかなかったようね。
「我らの政はもとより、荷留のことも納得しておらぬ様子。理解出来ぬと言うべきでございましょうが」
両家に使者として出向いた楠木殿の言葉がもっとも適切なのだと思うわ。こちらのやり方も戦力もなにもかも理解の範疇にない。
忍び衆の報告でも両家は戦前から安東家の謀かと疑っていたほど。荷留、正しくはこちらの関与する品物を敵方に売らないというだけ。別にこの時代でもある方法よ。ただし徹底されることがまずない。徹底出来る力を理解してないのか、理解したくないのか。
「仕方ないわね。けじめをつけないと誰のためにもならないわ」
詫びを入れることで現状維持でも良かったんだけど、荷留が気に入らないと騒いでいると。彼らからすると日本海航路を制されて荷留までされたら生きていけない。もしくは臣下の者に示しが付かないというところでしょうね。理解していないのは下に行けばいくほど多いはずだから。
夏場、この季節も飢える時期になる。春に収穫した麦などがあるところはいいけど、そうでないと主食となる穀物が尽きる頃。両家の領地も決していい状態ではないらしい。
現状でも力の差があり過ぎて相手からは動けない。本音まで知ることが出来ないし、分からないけど。戦で決着を付けないと相手も降れないのよね。
文明の発展が遅れている人口過疎地で、これ以上、人を減らしてもいいことなんてない。さっさと決着を付けましょう。
「陣容はいかが致しまするか?」
「任せる。南部家の参陣も望むなら許す。ただし、雑兵は要らないわね。将は知子で三左衛門殿もお願い」
「はっ、畏まりましてございます」
大殿はあまり急激な拡大を望んでいない。とはいえ両家は降さないと斯波と織田の面目にも関わる。これが終われば、ようやく落ち着けるかしらね。
Side:久遠一馬
清洲の町を馬車で走ると、景色が戦国時代から江戸時代くらいになったなとしみじみと思う。
川舟で運ばれた荷が大八車に積まれて運ばれていく。
着物もオレたちが来た頃と比べると、上質なものや色鮮やかなものが増えている。違いがあるとするならば、髪型かな。男性は髷を結っている人が多いけど、月代を剃るような習慣は尾張辺りでは見ない。
オレは今でも髷を結っていないし、ウチの関係者でも日ノ本の人以外は髷を結ってないからね。最近では髷を結わない人もちらほらと見かける。
女性に関しては、史実の江戸時代でお馴染みの髪型。あれも髷の一種なんだけどね。あれが生まれる前に髪型の自由化が起こりそうな感じだ。
ハサミがそこまで普及していないことで髪を切るという習慣は未だにないものの、パメラの影響だろう、ツインテールとかそれモドキな髪型は尾張だと割と見かける。
ケティとかメルティは髪の長さがこの時代にしては短めであることから、たまに真似て短くしている人もいるけどね。尾張以外だと出家したのかと誤解されそうだけど、ここだとそんなこともない。
清洲では、町の入り口でそんな光景を呆けたように見ている旅人の姿が風物詩となりつつある。
「町中での刃傷沙汰も減ったね」
「ええ、昼間は暇な人もあまりいませんので」
近所の子供たちだろう。沿道で遊んでいた。木の棒で地面にお絵描きでもしているような感じだ。危ないからと遠くに行くなと言うことは今でもあるけど、迷子は保護されることも多くなった。
エルと顔を見合わせて、互いに笑みを浮かべた。
夜に酔っぱらいなどが喧嘩をすることはあるものの、昼間から酒を飲んで暴れるような人はあまり見かけない。なんだかんだと理由を付けて争う時代だけど、刀を抜いたら武士であっても許されない。ちゃんと処罰されることで治安は劇的に良くなった。
馬車や荷車の交通ルールも暫定ながら分国法で定めた。身分や右折左折の際の優先順位をきちんと決めたことで大きなトラブルはない。
清洲で昼間から騒ぎを起こすとすれば、たいていは余所者だ。そういう意味では領民はまたかというような感じで、女子供が巻き込まれると助けに入る人すら今ではいる。
こういう目に見える成果があるって、いいことだなと思う。
ちょっとしたことなんだよね。オレたちからすると。でもそれが難しい時代なんだ。
たまにはのんびりと清洲を散歩でもしたいね。
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