第1672話・変わるということ

Side:久遠一馬


 島に行った人たちに少し変化がある。具体的に独自の改革案を考え、進言しようとしている人がいるようだ。試行錯誤、失敗してもいいから試すということを考えてくれるのは本当に良かったと思う。


 この時代だとどうしても失敗とか恥だと思う人が多いからね。


 あと、上皇陛下のほうの反応だけど。こちらはまったくない。虫型偵察機の情報だと口伝のみで報告をしており、広橋さんでさえ教えられていない。上皇陛下のお覚悟を表しているんだろう。


「思ったほど分散されてないか」


 津島天王祭を前に尾張は見物人が増えているけど、花火大会を二度開催することで混雑がどの程度軽減されるか見守っていたものの、あまり人が減っていない。


 理由はいくつかある。津島と熱田で交互に開催している花火大会だが、本来なら今年が津島の番だからだ。去年は上皇陛下が来られたことで二度開催して、今年からは混雑解消も兼ねて毎年二度開催することにしたものの、それの周知は領外にはされていないから当然だろう。


 領内も二度見に来る人は多くないものの、機会が増えただけ見に来る人が増えているのが現状らしいね。領内だと関税がかからないことで、貧乏旅行であっても来ることが出来る人は多いからな。


「経済的に見るとメリットは大きいですね」


 経済効果、これ暫定でも数値化出来るのは未だウチだけだ。エルが暫定の資料をみせてくれるけど、確かに凄い。デメリットである悪銭鐚銭が集まる件は、もう仕方ないと諦めて供給していくしかないね。


 朝廷や幕府に貨幣を鋳造して管理する力はないし、逆に言うと、今のうちにこちらで主導権を握ってしまうべきだ。


 割を食うのは西国かなぁ。尾張から遠い分だけ大変そう。そこは注視するしかないね。


「殿、そろそろ登城されませぬと……」


 ああ、もうそんな時間か。今日は清洲城で願証寺の証恵上人との茶会があるんだ。花火大会と上皇陛下のお見送りなどもあり清洲に来ている。


 他にも六角家の義賢さんとか、具教さんもすでに尾張入りをしている。花火大会が終わってお見送りの宴とかをして御還御されるからね。義賢さんは幕府軍として護衛の役目もあるし。


 外交日程もあるんだよね。さすがに出ないというわけにいかない場が結構ある。


 頑張ろう。




Side:北畠具教


「面白き地であったぞ。いかにして生きるべきか教えられたわ」


 津島の花火を前に蟹江の屋敷におられる父上のところに参ったが、上機嫌で久遠の本領について皆に語りだされた。


 此度、主立った者らを連れて参ったからか、皆、静かに聞いておるものの、あまりに上機嫌な父上に戸惑う者もおる。


 正直、以前と比べると父上も変わられた。かつてならば、わしが久遠の本領に行きたいなどと言おうものならば、お叱りを受けたであろうからな。それが今では嬉々として旅を楽しまれておるのだ。わしでさえ信じられぬところがある。


「それは、ようございました」


 まあ、隠居されたのだ。思うままに生きられるのは良いことであろう。


「北畠もそろそろ変わらねばならぬと思うわ。いつまでも所領に拘るままでは先がない。無論、今まで尽くしてきたそなたらから所領を召し上げるなど出来るはずもない。なればこそ、己の力で生きたい者がおるならば遠慮は要らぬ。好きにすればよいと思うぞ。すでに家督を譲ったのだ。わしが命じるわけではないがの」


 楽しげな笑みを絶やさぬ父上の旅の土産話に一同は少し気が緩み始めていたが、そこで父上が語る一言に皆の表情が一変する。


 かような話をするなど聞いておらぬのだが……?


「大御所様、お戯れを……」


「すまぬの。されど、これだけは言うておく。わしはもう伊勢には戻らぬ。己が所領を守り変わらぬままでありたいならば、己が力でこれからは生きる覚悟を持て」


 古参の者が父上の本音を窺うように声を掛けるが、父上の顔がかつての威厳ある様子に変わり厳しき言葉を口にされた。


「無論、困った時は助けよう。されどな、わしは内匠頭らと豊かな地をつくりたいのじゃ。そなたらが望まぬならば無理強いは出来ぬからの」


 すぐに楽しげなお顔に戻られたことで少し安堵する。とはいえ、これでは誰も異論を唱えることが出来まいな。


 南伊勢の所領に興味がない。自らは一馬らと新しいことを始める。そこまで言われてはな。


「そうじゃ、土産に珍しき酒を貰うての。今宵は皆で飲もうぞ」


 父上が所領を守り、わしが新たなことをするつもりが、いつの間にか逆になってしまったな。一馬の恐ろしきところよ。関わる者をすべて味方にしてしまう。


 しかも、織田と久遠と共にある父上に逆らえる者などおらぬというのに。左様なところをわざわざ示してまで家臣らに変われと望む。こういうところはわしも及ばぬところよ。精進せねばなるまいな。




Side:六角義賢


「大儀であったな」


「ははっ!」


 尾張にて蒲生下野守から久遠の地について聞くが、やはりかの地は日ノ本の先を行くか。以前、上様からお聞きした話と変わらず、いや、あの時よりさらに先に進んでおるということか。


「上手くいかぬこともあり、それでも試してゆくか。道理でありまするな。それを見せたということが内匠頭殿らしい」


 平井加賀守が言う通りかもしれぬ。失態や間違いも隠さず糧とする。久遠の教えだとわしも聞いたが、その通りにしておる。


 己の上手くいかぬことも隠さぬことで内匠頭殿は皆に信じられる。


「つきましては某からひとつ。そろそろ所領のこと、我ら皆で考えねばならぬ頃かと」


「甲賀ばかりか北近江も落ち着いてきたからな。頃合いか」


 宿老を含めた皆が下野守の言葉にいかんとも言えぬ顔をしたが、後藤但馬守が致し方なしと容認するように答えた。こればかりはわしでさえ口を出すのが難しい。


 確かに北近江もようやく落ち着きつつある。甲賀ほど上手くいっておらぬが、蜂起するほどでもなく食うためにはと従う者が増えておるのだ。


 尾張を見て焦るのは皆同じ。尾張は久遠に倣い、今よりもさらに先に行こうとしておるのだ。我らだけ後れを取るわけにはいかぬ。


 とはいえ所領はな。分かっておってもなにかあと一押しがいる。


 これは、内匠頭殿に知恵を貸してもらわねばならぬことかもしれぬな。




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